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王子様はパートタイム使い魔  作者: 山岡希代美
第二章 王家の事情
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3.困ったお祖父様



「じゃあ、また明日」


 そう言ってユーリウスはリディの頬に軽く口づけた。密かに様子を窺ったが、リディは特に不快な様子は見せず少し微笑む。


「えぇ。また明日」


 そんな風に普通の挨拶を返してユーリウスを見送った。

 挨拶のキスなら大丈夫なようだ。たったそれだけのことでユーリウスは上機嫌になる。それがまた顔に出ていたらしく、迎えの馬車の中でディルクが目を細めながら尋ねた。


「なにか、よいことでもあったのですか? 殿下」

「あぁ、たいしたことではない」


 努めて表情を引き締めながら、ユーリウスは適当にごまかす。ディルクはそれ以上追及することもなく、同じように表情を引き締めた。そしてユーリウスにとってはあまりおもしろくもないことを告げる。


「コルネリウス公爵がいらしてます。戻り次第顔を出すようにと陛下より仰せつかって参りました」

「そうか」


 おそらく世継ぎは自分の血を引くローラントをと国王に推しに来たのだろう。これまでも度々やってきては国王に進言してきた。

 現王妃アデーラの父であるコルネリウス公爵は、物心付いた頃からユーリウスにとっても祖父ではあったが、子どもの頃あまりかわいがってもらった記憶はない。なにしろローラントが生まれてからというもの、あからさまに扱いが違っていたからだ。

 毎日留守にしていることを指摘されるような気はする。だが、そこはローラントがうまく立ち回ってくれるだろう。先にローラントと話ができればいいのだが、公爵は城に来たらローラントとアデーラ妃にべったりなのだ。付け入る隙を与えないように、自分で話を合わせていくしかないだろう。

 先ほどとは打って変わって憂鬱な気分になる。大きくため息を吐いたところで馬車は城の門をくぐっていった。




 先にとりあえず服を着替えようと思った。なにしろ夕べ着て寝てから丸一日着たきりなのだ。

 だからわざわざ正面玄関ではなく通用口にこっそり馬車を回してもらったのに、二階の自室に上がろうとしたところでコルネリウス公爵と鉢合わせしてしまった。

 夕食には少し早い微妙な時間だ。いつから王宮にいたのかわからないが、公爵は帰るところだったのかもしれない。もう少し遅く帰ってくればよかったと思いつつ、ユーリウスは努めて平静を装いながら挨拶をする。


「お祖父様、出かけておりましたので挨拶が遅れて申し訳ありません。ユーリウス、ただいま戻りました」


 公爵の後ろでローラントが目配せしながら微かに笑みを刻む。どうやらうまく取りなしてくれているようだ。公爵は穏やかな笑みを浮かべてユーリウスに応えた。


「民の生活を学んでいるそうだな。民に混ざって意見を聞いてくるのは活動的なおまえに向いている。聞いてきた民の意見をローラントにも教えてやってくれ。たのむぞ」

「はい」


 言葉は柔らかいが、その裏には出しゃばらずに裏方に徹していろと腹の内が見え隠れする。ユーリウスは気付かぬフリをして微笑み返した。

 部屋に戻るのは後回しにして、ローラントと一緒に公爵を見送る。馬車の姿が見えなくなってユーリウスはあからさまにホッと息をついた。それを見てローラントがすかさず指摘する。


「兄上、また感情が丸見えです」

「オレがお祖父様を苦手にしていることは使用人にまで知れ渡っている。いまさら隠す必要はないだろう」


 使用人どころかおそらく公爵本人も気付いているだろう。

 吐き捨てるように言うユーリウスの後ろでクスリと小さな笑い声が聞こえた。ユーリウスが振り返ると、目が合ったディルクが首をすくめた。


「すみません」


 目を伏せたディルクの肩をポンと叩いて促す。


「一旦部屋に戻る」

「かしこまりました」


 公爵とのやりとりは夕食の時にでもローラントから聞くことにして、ユーリウスはディルクを従えて部屋に引き上げた。




 夕食後、ユーリウスは自室で国民から寄せられた書状に目を通していた。そばではディルクが寄せられた書状や贈り物を慎重に開封して中身を改めている。

 元々は改められた後の安全と判断されたものだけがユーリウスの元に届けられていたが、勝手に不要と判断されるのは不愉快なので、目の前で開封してもらうことにしたのだ。そのせいでディルクには危険が伴う仕事をさせて申し訳ないとは思っている。

 そしてユーリウスの希望でディルクは書状の内容までは細かくチェックしたりしない。以前はふるい落とされていた手痛い意見なども届くようになってユーリウスは満足していた。

 だが、ユーリウスの元に届く書状や贈り物の大半は有力貴族やそのご令嬢からの熱いラブレターだったりする。手痛いご意見を送ってくれた一般国民にこそ丁重な礼状を送りたいくらいなのに、有力貴族への返信で毎夜のように忙殺されるのがうんざりしていた。


 最後の一通を改めて、ディルクがユーリウスの前に置いた。


「以上です、殿下」

「あぁ」


 最後の一通は珍しく庶民からだった。封筒を裏返して送り主を見ると、ゼーゲンヴァルトの町長だった。毎朝顔を合わせる見知った相手に少し頬が緩む。息子は気に入らないが、町長は毎朝ツヴァイの頭をなでてチーズをひとかけらくれる気のいい奴だ。

 内容に目を通そうとしたとき、扉がノックされた。ディルクが応対に出て告げる。


「ユーリウス殿下、ローラント殿下が少しお話がしたいと仰せです」

「通せ」

「かしこまりました」


 頭を下げて入り口に向かったディルクは、ローラントを招き入れた後、自分は控えの間に下がった。

 ローラントがユーリウスの向かう机の前に置かれた椅子に腰掛けた。それと同時に、控えの間からディルクが現れてふたりの王子の前に湯気の立つ茶の入ったカップを置く。そしてすぐにまた控えの間に下がった。

 それを見届けてローラントが口を開く。


「兄上、お祖父様のことで、少し相談に乗っていただけますか?」

「なんだ? 食事の時にはいつも通りに猫かわいがりされただけだと言っていたではないか」


 ユーリウスの言葉にいつもは氷の無表情を貫いているローラントが珍しく眉をひそめた。


「からかわないでください。あの場で話すのはちょっとはばかられたんです」


 なにやら深刻な話のようだ。ユーリウスは手にした書状を一旦机の上に伏せて、ローラントを促した。


「聞こう」


 ローラントによると、城にやってきたコルネリウス公爵は、いつものように王に謁見して世継ぎはローラントをとプッシュした後、いつものようにローラントやアデーラ妃と歓談を楽しんだらしい。

 その時婚約者である子爵家令嬢との結婚を具体的に進めようと言われたのだ。

 子爵令嬢トルデリーゼは、ユーリウス、ローラント共に子どもの頃から交流のある、いわば幼なじみだ。

 子どもの頃から理屈っぽいローラントは活発で奔放なトルデリーゼにうるさいと一喝されてたまにげんこつを食らったりしていた。性格も正反対で顔を合わせればケンカばかりなふたりは相性もよくないとユーリウスは思っていたので、はっきりとものを言うふたりがあからさまな政略結婚を了承したのが意外でしょうがない。

 トルデリーゼの方はどうだかわからないが、ローラントは案外、公爵に強引に迫られ顔を潰すわけにもいかないのでとりあえず了承したのかもしれないと思った。

 そうだとしたら、結婚を具体的に進められるのは困るだろう。

 勝手に想像を巡らせて結論づけたユーリウスは、ローラントに同情して大きくため息をついた。


「それは困ったことになったな」

「そうなんです。私もトルデリーゼもゆくゆくはと思っていたので、婚約の話自体は快くお受けしたのですが結婚はまだ先のことと考えておりました」

「だろうな……って、え? なんだって?」


 頷こうとしたユーリウスは、サラリと流されたローラントの言葉に引っかかって身を乗り出した。ローラントは少し戸惑いながら言葉を繰り返す。


「結婚はまだ先だと思って……」

「そこじゃない。ゆくゆくはって?」


 ローラントは察したらしく、少し照れくさそうに問いかけた。


「ご存じありませんでしたか?」

「なにがだ」


 若干けんか腰に問い返すユーリウスに、ローラントはあっさりと明かした。


「私とトルデリーゼは互いに想い合っております」

「聞いてないぞ!」

「言わなくてもわかっていらっしゃると思ったのですが」

「わかるわけないだろう。おまえたちは会うたびにケンカしていたではないか」

「嫌いでケンカしていたわけでは……なるほど」


 そこで言葉を切ったローラントはユーリウスをまっすぐ見つめて小さく頷く。ユーリウスは気を削がれて怪訝な表情でローラントを見つめ返した。


「なにを勝手に納得している」


 ローラントはクスリと笑って言い放った。


「兄上、私からも言わせてください。人の気持ちを学んだ方がいいと思います」

「ぐっ……」


 ユーリウスは顔を引きつらせて絶句する。これで三人目だ。これほど指摘されるということはそうなのかもしれないが、納得はできずに反論する。


「オレのどこが人の気持ちをわかっていないというんだ。貴族たちの気持ちは先読みしてうまくあしらっているつもりだが」

「そちらは大変よくできていると思います。ですが、兄上は恋心や親心など人の情に根ざす気持ちをわかっていらっしゃいません」

「オレが冷酷な人でなしだとでも言うのか」

「冷酷というより、淡泊というか、無関心というか。他人に興味を示していないのでしょう?」

「う……」


 確かに他人はどうでもいいと思っている。ただひとりを除いては。

 ツヴァイを褒めながら頭をなでるリディの笑顔が脳裏に浮かぶ。ユーリウスは自然に笑みを刻みながらポツリと反論した。


「いや、すごく興味を引かれる他人はいるぞ」

「ゼーゲンヴァルトの魔女殿ですか?」


 間髪入れずに言い当てられて、ユーリウスは激しく動揺した。


「なんでわかるんだ!?」

「兄上はわかりやすいと申し上げたではないですか。魔女殿の話をするときの兄上は大変楽しそうです」


 相手がめざといローラントとはいえ、こんなにあっさり見破られるのは何かと問題がある。本気でポーカーフェイスを学ばなければならないと思った。

 だが、早い段階で城内に味方ができたのは幸いかもしれない。なにしろリディとの間には色々と障害があるのだ。


 まず、自分自身はどうでもいいことだと思っているが周りが許さない身分の差。今まで庶民が王室に輿入れしたことはない。どうしてもとなったら、誰か有力貴族の養女となってもらうしかない。となるとその貴族に王室は恩を受けることになる。色々と根回しも必要となる。とにかく貴族が絡むと面倒くさい。

 そして、その難関を乗り越えてリディがユーリウスの妻になったとしても、呪いのせいでユーリウスは日中黒猫になっている。魔女の使い魔をしなくなったら城外に出る言い訳がたたない。出かけていないのに姿が見えないとなると間違いなく騒ぎになるだろう。


 だが一番の問題は、リディの気持ちがほとんどユーリウスに向いていないことだ。


 前途の多難さにため息をついて、ユーリウスは腰を折られた話を元に戻す。


「オレのことはともかく、おまえの方はふたりで結託してまだその気はないと伝えればいいではないか」

「私は伝えましたよ。でも聞き入れてもらえなかったんです」


 ローラントも大きなため息をついて事情を説明した。


 コルネリウス公爵に結婚を促され、自分はまだ若輩者だし、結婚より前に学ぶべきことも多くある。順番からすれば、ユーリウスの方が先だからと言ってやんわりと拒絶したらしい。


「でもお祖父様には、あんな相手もその気もない者の結婚を待っていたら婚期を逃すと一蹴されました。さすがに兄上の了承も得ずに魔女殿のことを話すわけにもいかず、反論もかなわなかったのです」

「話したところで、庶民などと鼻であしらわれただろうけどな」


 自嘲気味に笑うユーリウスをローラントは不思議そうに真顔で見つめた。


「ゼーゲンヴァルトの魔女殿は一般庶民とは違うと聞いてますが」

「は?」


 思いもよらないローラントの言葉にユーリウスは思考が停止しそうになって固まった。あわてて頭を動かして考える。なにがどう一般庶民ではないというのだろうか。魔女だからだろうか。

 そしてふと思い出した。魔女は確かに一般庶民ではないと聞く。普段は庶民と変わりない生活をしているが、魔に関する不測の事態が発生した場合はそれに対抗する戦力となる。


「魔女軍の一員だからということか?」

「いえ、それとは別で、貴族の孫娘だそうですよ」

「はぁ!?」


 ユーリウスは今度こそ思考が停止した。





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