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王子様はパートタイム使い魔  作者: 山岡希代美
第1章 森の魔女とワケあり使い魔
5/10

4.人の気持ちを学びなさい。




 リディにしがみつきながら、ツヴァイは悲壮な面持ちで訴える。


「リューディア! オレはひとりで眠っていただけだ。魔女を怒らせてはいない。どうして猫になっているんだ!」

「爪を立てないで。たぶん時間制限があるんでしょ。朝になったら一時的な呪いの解除は無効になるとか」

「なんだそれは!」

「ただの推測よ。呪いをかけたのは私じゃないんだから。とりあえず中に入って。外で名前を連呼されたんじゃたまらないわ」


 家に入って扉を閉めると、リディはツヴァイをテーブルの上に下ろした。お茶を淹れるためにキッチンへ向かうリディの背中に向かって、ツヴァイが不思議そうに尋ねる。


「おまえはリューディアではないのか?」

「そうだけど、その名前で呼ばないで。”真名まな”って言って私自身を示す大切な名前だから他人に知られちゃいけないのよ。真名がわかれば魔女の力を封じたりできるんだから」


 お茶を淹れて戻ってきたリディは、テーブルの上にふたつのカップを置いて席に着く。ツヴァイはカップの根元を両前足で押さえながら再び問いかけた。


「オレにはあっさり明かしたではないか」

「契約には必要なのよ」

「ということは、契約猫はみんな主の真名を知っているということか」

「でしょうね」


 カップに口を付けて軽く答えるリディに、ツヴァイは耳を後ろに倒して目を細めながら言う。


「猫同士でうっかり教え合ったりしてないか?」

「それはないと思うわ」

「なんで言い切れる。猫に真名の重要性がわかっているとは思えないが」

「重要性はわかってなくても、我が身に危険が及ぶことは契約猫だけじゃなく、猫全般に知れ渡ってるらしいわよ」


 ツヴァイは困惑した表情で首を傾げた。


「危険? 主から体罰を受けるのか?」

「違うわよ。レオンから聞いたの。契約の時に聞いた主の名前を主以外に漏らすと蛙になってしまうって伝説になってるんだって」

「なるほどな。裏切り行為になるからだな」


 納得して何度もうなずくツヴァイの頭をリディは目を細めて撫でる。


「そういうことよ。蛙になりたくなかったら真名で呼ばないで。リディって呼んで」

「わかった」


 ひときわ大きくうなずいて、ツヴァイは再びお茶を飲み始めた。普通の猫のように舌でピチャピチャ舐めるのではなく、人のようにカップに口を付けて静かに吸い込む。他人の品格をとやかく言うだけあって、猫になっても優雅で上品だとリディは感心した。

 ふいにツヴァイが顔を上げて問いかけた。


「じゃあ、グレーテも通称なのか」

「あたりまえじゃない」


 お茶を飲みながら淡々と答えるリディに、ツヴァイはお茶から前足を離して真剣な表情で詰め寄ってくる。


「なんとかして真名を知る方法はないか?」


 またなにかどうしようもないことを企んでいるような気がして、リディは目を細めてツヴァイに顔を近づけた。


「知ってどうするのよ」

「あいつの魔力を封じれば呪いが解けるんじゃないか?」


 名案を思いついたと言うように、ツヴァイは得意げに言い放つ。リディは呆れたようにひといきついて、イスの背にもたれた。


「それはどうかしらね。返って一生解けないんじゃない?」

「そうなのか!?」


 目を見開いて動揺するツヴァイの額を、リディはテーブルにひじをついてちょんとつつく。


「だって術者にしか解けないんだもの。術者の魔力が必要だと思うわ」

「ちっ……忌々しい」


 耳を後ろに倒して不愉快そうに顔を歪めるツヴァイの頭を撫でながらリディはなだめた。


「グレーテ様はあなたが働いてることをご存じなんだから、まじめに働いてればそのうち呪いを解いてくださるわよ」


 そう言ってリディがあごの下を指先でこちょこちょすると、ツヴァイは目を細めて首を伸ばす。ゴロゴロとのどを鳴らしかけて、ハッとしたように頭を退いた。


「おい。オレの正体を知ってるなら、あまり猫扱いするな」

「だって、あなた猫だもの。私、猫大好きだから猫可愛がりするわよ」

 

 それを聞いてツヴァイは、耳もひげもピンと立てて、目をクリクリさせながら嬉しそうに言う。


「そうか。オレが好きなのか。だったらおまえ、呪いが解けたあかつきにはオレの妻になれ」


 相変わらずの俺様発言に、リディは呆れたように目を細めてツヴァイの額をツンと突いた。


「人間のあなたのそういうところは嫌いよ。少しは人の気持ちを考えなさいって言ったでしょ」

「考えてるじゃないか。オレが好きなら結婚したいだろう」


 貴族とはこんなに話が通じないものなのかとあらためて驚愕する。

 言葉は通じているのに意味が通じていないことに虚しさを覚えて、リディは説明することを諦めた。


「あなたじゃなくて猫が好きなの!」


 きっぱりと言い切るリディを、ツヴァイは珍しいものでも見るように凝視してつぶやく。


「おまえは変わっている」

「あなたも十分変わってるわよ」


 言い返してリディは席を立った。

 朝ご飯も食べずに飛び出してきたというツヴァイに、先代黒猫のレオンが好きだった鶏肉団子と香草のスープをテーブルに出す。

 これはさすがにお茶のように上品に飲むことは無理なようで、普通の猫と同じように口を付けて食べていた。味が薄いと文句を言われるかと思ったが、何も言わずに夢中で食べている。猫になると味の好みも猫になるのかもしれないとリディは思った。

 ツヴァイの様子を見ながら、リディも同じスープに少し塩を振ってパンと一緒に朝食を摂る。食事を終えたツヴァイは黙って顔を洗い始めた。まるっきり普通の猫と同じ行動に、リディは思わず凝視する。視線に気付いたツヴァイが前足を耳に引っかけたまま不思議そうにこちらを向いた。


「なんだ?」

「……うん、猫なんだなぁって思って……」

「え……」


 言われて初めて気付いたのか、ツヴァイは慌てて前足を下ろす。


「ヤバイ。無意識に……。どういうことだ」


 深刻そうな様子を不思議に思いつつリディは軽く受け流した。


「別にいいんじゃない? 猫なんだから」

「よくないだろう! このまま猫になってしまったらどうする!」


 即座に言い返すツヴァイが何を心配しているのかわかり、リディは声を上げて笑った。


「そんなわけないじゃない。グレーテ様はいずれ呪いを解いてくださるはずよ。でなきゃ、今もあなたの様子を気にかけているはずないでしょ?」

「そうかもしれないが……」


 未だに深刻な表情をしているツヴァイに、リディは顔を近づけて意地悪く言う。


「それとも、一生許してもらえそうにないほど怒らせたの?」

「そんな覚えはない。確かに烈火のごとく怒ってはいたが、そもそもそこまで怒る理由がわからない」

「へぇ……」


 案の定という予想が的中し、リディは呆れたようにため息をついた。


「たぶん、理由がわかっていないことが問題だと思うわ」

「どういうことだ?」

「推測だけど、あなたが人の気持ちを考えないからじゃない?」


 図星だったのか、ツヴァイは気まずそうに顔を背け、ポツリとつぶやく。


「あいつの方こそ、オレの気持ちを考えていない」


 なにか売り言葉に買い言葉的な口論が原因ではないかとリディは推測する。いつになく気弱な様子に、それ以上追及するのはかわいそうになってリディは席を立った。


「後片付けが済んだら今日の仕事の段取りを説明するわ。あなたはそれまで顔洗ったりグルーミングしてて」

「しない!」


 力一杯否定していたのに、リディがキッチンから戻ってくると、ツヴァイは自分の寝床に丸くなって、伸ばした自分の後ろ足の太股あたりをペロペロと舐めていた。

 やはり無意識なんだろうか。指摘するとまた気にするだろうと、リディは素知らぬ顔で薬棚の前に行く。棚から薬を取り出しながら、背中を向けたままで声をかけた。


「ツヴァイ、配達の説明をするからこっちに来て」


 すぐにツヴァイはやってきて、ひらりと薬棚の前にある調合台の上に飛び乗った。


「まずは、これね」


 そう言ってリディはツヴァイの首に赤いスカーフを巻く。今日のスカーフには角に黄色い六芒星が刺繍されている。

 ツヴァイはその角を前足で引っ張りながら尋ねた。


「おまえ、このスカーフいくつ持ってるんだ?」

「あと二枚あるわよ。猫は狭いとこ好きだから、レオンも時々なくしてきてたの。予備はあるけど今日は帰る前に外して帰ってね」

「わかった」


 リディは布製の袋に通信符を十枚入れて、袋の口に通したひもを左右に引っ張り口を閉める。そのひもをツヴァイの首に回して結んだ。そして袋のすその両端についたひもをツヴァイのおなかに回して結ぶ。


「ひも、きつくない?」

「大丈夫だ」


 ツヴァイはそう言ってひらりと床に飛び降りた。背中に背負った布袋はちゃんと固定されているようだ。

 ふたりで戸口に向かいながらリディが尋ねた。


「じゃあ、配達お願い。アーレンスさんの家よ。覚えてる?」

「町長だったな。一番奥にある大きな家だろう?」

「そうよ。ちゃんと挨拶して代金を回収してね」

「挨拶が通じるのか?」


 ツヴァイが意外そうに目を見張る。リディはクスリと笑って入り口の扉を開いた。


「私以外の人にはにゃあにゃあ言ってるようにしか聞こえないわ。それでも猫が目を見て鳴いたら挨拶してるって感じるのよ」

「魔女には猫の言葉がわかるのか?」

「私には契約猫の言葉しかわからないけど、わかる人もいるみたいよ」

「そうか。グレーテならわかりそうな気もするが、この姿で話すのは屈辱だな」


 不愉快そうに吐き捨てて、ツヴァイは外に出た。そこで立ち止まってリディを振り返る。


「じゃあ、行ってくる」


 そう言って駆けだした。その姿を見送りながら、リディは手を振る。


「いってらっしゃい。初仕事頑張ってね」


 日が昇り霧が徐々に薄れていく。木々の隙間からのぞく朝日に目を細めて、リディは店の中に入った。




 初仕事を難なくこなし、お土産に小魚の干物までもらってきたツヴァイは、その後も配達の仕事を次々と片付けた。

 おじいちゃん猫のレオンはのんびりと歩くので、配達は午後までかかっていたが、ツヴァイは昼ご飯までにすべてを片付けた。人に戻すのが惜しいくらいの働きぶりだ。

 昼ご飯を終えて、ひとしきり顔を洗った後ツヴァイが尋ねた。


「もう配達は終わったな。だったら人に戻してくれ」

「だめよ」

「なぜだ。オレの仕事は終わったんだろう?」


 ツヴァイは不思議そうに首を傾げる。どうやら店の仕事というものをあまり理解していないらしい。


「日課は終わったわね。でもお店は夕方まで開いてるんだから、まだ終わってはいないわ。お客さんが来なくても、いつでもすぐ対応できるように店にいることが仕事なの」

「そうか。そういうものなのか」

「そうよ。それにあなた、ベッドから飛び出してきたんでしょう? たぶん今人に戻ったらナイトウェアのままよ」


 リディの指摘に、ツヴァイは途端にうろたえた。


「しまった! なにか着替えはあるのか?」

「あなたの着るものがあるわけないじゃない。着替えを届けてもらうように知らせておいたから夕方までには届くはずよ」

「よかった」


 ホッと息を吐いたツヴァイはひとつ大あくびをしながら体を伸ばす。そしてしっぽをゆらゆら揺らしながら自分のベッドに向かった。


「ヒマな時は寝ていていいんだったな。少し眠ることにする」


 そう言ってベッドで丸くなった。

 その後は夕方まで客はちらほらやってきたが、ツヴァイが配達に出るような仕事はなかった。

 感心なことにツヴァイは、客がやってくると顔を上げてリディに続いて挨拶をする。リディのまねをしているだけだとしても、客には愛想がいいと好評だった。

 先代のレオンは眠っているときに名前を呼ばれても耳をぴくぴく動かすだけで返事はしない。猫はだいたいそんなものなので、客に不評を買うことはないが、好印象を与えるのはいいことだとリディは思った。


 やがて日が傾き始め、リディが店じまいをするため扉を開けると、そこにはロバの鼻先があった。首を傾けてロバのうしろを見る。まわりには誰もいない。

 ふと、ロバの背に布袋に入った荷物が縛り付けられているのに気付いた。荷物の上には貫禄のある大きな長毛の黒猫が座っている。

 見覚えのある黒猫にリディは笑顔で歩み寄って頭を撫でた。


「ベルタ、久しぶり。また大きくなったんじゃない?」


 ベルタは嬉しそうに目を細めてにゃあと一声鳴いた。どうやらベルタはツヴァイの服を届けてくれたらしい。礼を述べながらベルタの豊かで艶やかな毛並みを撫でる。

 リディは他愛のないことを話しかけながら、ひたすらベルタを撫でた。




 外に出たリディがなかなか戻ってこない。外で話声が聞こえて、ツヴァイは扉の影から外を窺った。途端に鼻を近づけてきたロバに一瞬たじろいで身を退く。

 するとロバの背からからかうような甲高い声が降ってきた。


「おや、失言王子じゃないか。ちゃんと働いてるのかい?」


 ムッとしながらツヴァイが見上げると、長毛の黒猫が目を細めて見下ろしていた。見覚えのある黒猫は、王宮魔女グレーテの使い魔ベルタだ。いつもグレーテのそばにはべり、人の心を見透かしたようなそのふてぶてしい表情が、グレーテ共々人だったころのツヴァイは苦手だった。

 リディが言っていた通り、猫の姿になっていると猫の言葉がわかるようだ。想像していた通りふてぶてしい。ツヴァイは敵対心を露わにして、耳を後ろに倒し、背中もしっぽも弓なりに丸めてベルタにうなるように言う。


「何しに来た。憎まれ口を叩きに来たならとっとと帰れ!」


 ベルタは気にした風もなく、余裕の表情でおもしろそうに鼻をならした。


「ふん。すっかり猫が板に付いてるじゃないか。性格はあまり変わってないようだけどね」

「おまえに言われる筋合いはない!」


 ツヴァイの剣幕にリディが心配して割って入った。


「ちょっとちょっと、ツヴァイ、ケンカしないの」


 リディにひょいと抱え上げられ、胸元に抱かれて頭を撫でられる。不思議と気持ちが落ち着いてきた。その様子を見ながら、ベルタがおもしろそうに目を細める。反射的に前足を伸ばしてベルタを叩こうとするとリディにたしなめられた。


「こら! ベルタはあなたの服を届けてくれたのよ」


 そういえば、昼にそんなことを聞いていた。グレーテが寄越したのだろう。ありがたいが、あいつの世話になるのがなんとなく気に入らない。

 ベルタがロバの背中を前足で軽くとんとんと叩くと、ロバは反転して進み始めた。


「ベルタ、ありがとう。グレーテ様にもよろしく伝えてね」


 手を振るリディにベルタが振り返る。そしてツヴァイに言った。


「グレーテ様からの伝言だ。人間なんだから、仕事を通して人の気持ちをしっかり学びなさい。だとさ。あたしも時々様子を見に来るからね」

「二度と来るな!」

「こら!」


 ツヴァイの頭をリディがぎゅっと押さえる。ムッとしながら黙り込んで、ツヴァイはリディに抱かれたままロバの姿が見えなくなるのを見送った。





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