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【無限の器の冒険譚】  作者: 荒木刑
番外編:刹那の狩人
50/54

【冒険者リーオの仕事。魔族との邂逅・後編・】

何とか3月中に書き終えることが出来ました。

遅くなって申し訳ございません。今まで使っていた小説のデータが全部消えてしまって、前に取っておいたバックアップで、また一から書き上げる必要があったので随分と遅くなってしまいました。


今一度謝罪申し上げます。本当にすみませんでした。


と、言い訳と謝罪はここまでにして、今回はリーオと一狩と二人の視点で物語が進行していきます。

考えていたネタも全部消えたので、また一から後編を書き上げました。モチベーションもさることながらいろいろなことが重なってしまい、ここまで投稿が遅れてしまいました。

少し、内容に変な部分が見受けられるかもしれませんが、それも含めて楽しんでいただければと思います。



「……長閑なところだな、この村は。」



ワイバーン討伐の依頼があった村に続く長いあぜ道を進みながら、リーオが誰に言うわけでもなくぽつりと呟いた。

背の高い並木林に囲まれ、少し高くなった道からのぞく昼日に照らされ、少し色合いの淡くなった広大な茶畑が広がる長閑な風景を眺めるリーオの目が何かを懐かしむように細められた。



「そうだね。あれって『ベルモンド』かな?貴族御用達の高級茶葉。」

「あぁ、確かこの『ヒルビ村』が特産だったな。」

“王都ユーリアでアリシアさんからご馳走になった紅茶ですね。”

「そうそう。あれは美味かった。」

「…女の子とお茶したの?」

「茶会のお誘いを貰ってな。相手は貴族の娘さんだぞ?行かないわけには行かないだろう。」

「……そうだね。」

「…?まぁ、いい。そういえばシェラン、この前の…っと。」



リーオが何か言いかけた時、道の向こうから元気に駆けてくる子供たちとすれ違った。あまりに元気の良過ぎる挨拶に一瞬面食らったリーオだったが、すぐに嬉しそうに目を細めて挨拶を返した。



「?たびびとさん?こんにちわーっ!!」

「こんにちわーっ!」

「…あぁ、こんにちは。気を付けて走るんだぞー?」

「「はーいっ!!」」



子供たちとの一瞬のふれあいの後、綻んだ表情だったがどこか陰のある笑顔で子供たちを見送ったリーオの顔をひょこっとシェランが覗き込む。



「…何か嬉しそうだね?子供、好きなの?」

「……そうだな。あんな風に元気な子供を見てると、こっちまで元気を貰える気がしないか?」

「うん。確かに、子供の元気な姿って、見てるこっちまで元気を貰えるよね。」

《……ご主人、なんだかオジサンっぽい…。》

「失礼な奴だなお前。俺はまだ15なんだが?」

「…フフッ、確かに大人びてるっていえば大人びてるよね?リーオ君?」

「…やめてくれ気持ち悪い。お前が君付けとか、虫唾が走る。」

「あ、ひどーい!」



そんな騒がしいやり取りをしているリーオの視線が再び茶畑の方へ向けられる。今度は真っ直ぐ、何かを見据えているかのような真剣な目で。



「…本当に、懐かしいな。ここから見える景色は。」

「……確か、リーオの故郷だっていう『テノ村』も…。」

「あぁ、こんな農村だった。こんな、何もないような、ただただ自然に囲まれただけの場所。懐かしいな。」



木々の間から見える『平和』という言葉がぴったりの風景を眺めながら優しい笑みを浮かべるリーオの口元がグッと引き締められる。



「…守らないといけないな。絶対に失うわけにはいかない。」

「…うん。」



先程すれ違った子供たちの笑顔を思い出し、リーオの瞳に決意の火が灯る。



ワイバーンは魔物の中でも特に危険度の高い魔物だ。竜種に最も近い生き物とも言われている最大の理由は全身を覆う硬い鱗と凄まじいほどの獰猛性だ。自らがテリトリーと決めた一帯に入り込んだ生物全てを襲う。そしてそのテリトリーは雛が大きくなればなるほど広がっていく。


もしもこのままワイバーンを野放しにすれば近い未来この辺一帯はワイバーンの巣となるだろう。もしかしたらアリアドルまで被害が及ぶ可能性がある。


危険の芽は早いうちに摘み取ってしまわないと、本当に取り返しがつかなくなる。


ただでさえ近頃は魔物の活動が活発になってきている。残された時間はそう多くはない。


リーオの両拳がグッと力が籠る。握りしめられた拳から無色の竜力が溢れ出る。



「……少し急ごう。時間が惜しい。」

「え?う、うん、分かった…?」



蹴り出す足に『魔力撃(まりょくげき)((りゅう))』を使ってグンッと加速したリーオの背中を追ってシェランも『魔力撃(まりょくげき)』を足に使って加速する。

依頼の詳細を説明してくれるらしいヒルビ村の村長の家に着いたのはそれからほんの僅かだった。


優しく迎え入れてくれた村長に感謝の意を示しつつ、リーオ達は依頼の詳細を聞くことにした。



村長の話ではこうだ。


一二カ月前からワイバーンの鱗の欠片や足跡が村の北東にある森で見つかるようになった。そして今から数週間後にワイバーンに食い散らかされたと思われる動物の死骸が見つかるようになり、村人の目撃例も出てきた。このまま看過するわけには行かず、依頼を出したとのことだった。


ワイバーンの巣があると思われているのはヒルビ村から北東へ少し行ったところにある森の中。それもあまり村人が行かないような深いところにあるらしい。


今の時間から森の深いところにいるワイバーン達を掃討するのに、まぁ、ざっと計算して3時間もあれば何とかなるだろう。

聞いた情報から推測するに、ワイバーンの巣はあまり大きいわけではない。食べ残した動物の死骸があまり見つかっていないのなら雛が孵っている可能性も低い。まぁ、別に孵っていてもいなくてもこちらとしてはどうでもいいのだが、今後を考えれば雛がいない方が楽だ。



そう脳内で判断をつけ、シェランにアイコンタクトを取ると、シェランも同じ考えに至ったらしく、こちらの目を見て一瞬眉毛を上げた。


情報を聞き終え、村長の家を後にしたリーオ達はすぐさまワイバーン討伐に乗り出した。テノ村から出て北東に数十分行ったところで立ち止まったリーオが『魔力操作(まりょくそうさ)』と『魔力感知(まりょくかんち)』を使って周囲にいる生物全ての魔力反応を探る。



「………見つけた。」

「位置は?数はどの位?」

「…反応的に鑑みて、ここから東の所に集中してるな。多分3つくらいか。数は成体が6匹、幼体が3匹といった感じだ。恐らく孵っていない卵もある。早い内潰しておかないと大規模化する可能性がある。」

「…成体が6ってことは、ペアが3組いるっていう認識で良い?」

「恐らくはそうだ。時期的に発情期には入っていないはずだから、まだ気性的にも暴れまわるようなことはないと思う。」

「一緒に行く?それとも別れる?」

「別れた方がいいな。アイツ等は竜種に近いだけあって感知能力に長けている所がある。二人一緒に動けば奴等に気付かれる危険性が増す。」

「了解。『領域(ゾーン)』はかけておいた方がいい?」

「頼む。万が一逃げられた時の対処に使おう。」

「分かった。じゃあ、私が『領域』と『隠蔽(ハイド)』、『消音(サイレント)』を使っての隠密、リーオは逆に竜力を放出して巣まで近づく、と。」



二人の役割が決まり、狩りを行うための準備を整える。シェランは巣があると思われる地点を中心として空まで届く広い円を描くように『領域』が展開され、ワイバーン達の逃げ道を完全に塞ぎ、自分の身体と自分の魔導弓『(くれない)』へ『隠蔽』と『消音』をかけて狙撃の準備を整える。


リーオも背中側まで回されていたヴァールを腰元まで戻し、大きさも短剣状からいつもの直剣状まで引き延ばす。


これで地上はリーオ、空中はシェランといういつもの布陣が完成した。



「…よし、こっちは準備終わったよ。」

「あぁ、射撃は任せた。」

「っ……うん。任された。」



互いに拳を打ち合わせて、依頼『ヒルビ村近郊に発生したワイバーンの討伐』が開始された。




_____そして一時間後、村長への報告を終え、帰路に足ったリーオ達の姿があった。



「…案外、呆気ないものだったな。」

「そりゃあ、ただの魔物だからね。いくら竜種に近いって言っても、限度があるでしょ。」

「……そうか。そうなるのか…。」



物足りなさ気に、村長から預かった依頼完了の印が押された依頼書を丸めたものを片手で弄びながらリーオがふっと呟いた。


多少骨のある魔物と闘えると踏んでいたリーオだったが、彼が単身巣へ乗り込んで数十分程経ったところで依頼は完了してしまった。


別に、ワイバーン達が寝ていたり、餌を取るために姿がなかったわけではない。そこにはきっちり6匹のワイバーンがいた。『魔力感知』で見た通り、そこには木の上に様々な木々を使って作られた3つの巣があって、それぞれ3組の番が巣と卵を守っていた。そして別に抵抗されていないわけではない。単身巣へ乗り込んできた人間へワイバーン達は6匹全員で襲い掛かってきた。


あるものは鋭利な爪で、あるものは鋭い牙で自分たちの体躯の5分の1もない矮小な存在へ何の躊躇もなく襲い掛かってきたのだ。


しかし、彼らの幕切れは実に呆気ないものだった。一匹目は『一閃(いっせん)』で爪と首を真っ二つに、二匹目には『昇流(しょうりゅう)』で頭から身体を真っ二つに、三匹目と四匹目は『竜閃(りゅうせん)』による斬撃で首を切り落とし、最後に残ったワイバーンは空へ逃げようとしていたのをシェランが『剛射(ごうしゃ)』による一撃で撃ち落とした。


強者との戦いを楽しみにしていたリーオにとっては想定外のことだったのだろう。竜種に最も近いと言われるワイバーンがこんなに呆気なく終わってしまうものだったとは。



「…俺は、もう少し楽しい戦いになると思っていた。」

「……でも、残った卵を巣から落とすところは楽しそうだったよ?」

「俺はそこまで畜生ではない。変な言い方をするな。それに卵はお前が全部預かっただろう?」

「…んまぁ、せっかくのワイバーンの卵だし、高級食材でもあるし、アリアドルに戻ってギルドにでも売ろうかなと…。」

「それにお前が殺すのは可哀そうだとか言って、孵ってた雛も村に置いてきちまったし…いいのかあれ?」

「あぁ、うん。大丈夫だよ。暴れることが無いように『従属化(スレイヴ)』もかけておいたし。」

「…そっちの方が可哀そうじゃねぇか?」

「魔物使いとやってることは同じだよ。それに、あの村だって多少の守りは欲しいでしょう?いくら雛でもワイバーンが巣食っている所に他のワイバーンも魔物も寄り付かないから。魔物の中でも最上位にいるんでしょ?ワイバーンって。」

「まぁ、竜種に近いっていうくらいだからなぁ…あれで竜種に近いっていうのは納得いかないもんが…。」

「まぁ、いいじゃん!子供たちだって喜んでたでしょ?ワイバーンの雛を見て。」

「…まぁ、あの子たちの笑顔が守れんなら、いいか。」



ワイバーンの雛を連れてきた時の子供たちが浮かべた興味津々の笑顔を思い出しながら、リーオは渋々納得した様子だった。しかしいくら『従属化』をかけたからと言ってこれからずっと野生を取り戻さない保証はない。だが、シェランが言うには…



「大丈夫。この『従属化』は私の改良した『刻印魔法(こくいんまほう)』だから。一回刻んだこの刻印は私が無効化しない限り消えることはないんだ!最近作った自信作!」



と、胸を張って言っていたので大丈夫なのだろう。多分…。しかし刻印魔法とは、また珍しいものを創ったものだ。流石ユニークスキル『創造魔法(そうぞうまほう)』を持っているだけはある。魔法に関しては俺より何枚も上手だな。



「あ、そうだリーオ。今日の夕飯どうするの?野営するんでしょ?」

「あぁ、そうだな。さっき森の中で山菜とキノコは採っておいたから、あとは何か主菜になるものが欲しいな。その辺の森でウサギでも獲るか?イノシシでもいいが。」

「そうだなぁ…でもアリアドルに来るまでずっと野営でウサギとかイノシシとかクマとか狩って食べてたでしょ?今回は別のにしない?私クセのないお肉が食べた~い!」

「……なら、依頼で狩ったワイバーンの肉でも食べるか。一応空間の中に入れておいたし。」

「え!喉肉!?」

「お前が雛に構ってる内に色々切り分けて血抜きも簡単にだがやっておいた。」

「それ!それ食べたい!今晩はワイバーン料理だね!」

「分かった。何か考えておこう。」

「やた~!」



シェランが何故ここまで喜んでいるのかというと、ワイバーンは卵から肉に至るまでが高級食材として大陸中に流通している。貴族御用達の高級料理店でも取り扱われているくらいだ。しかし、流通量としては決して多いわけではない。ワイバーンは先程から言っているように竜種に最も近いと言われる魔物の中でも最強の魔物だ。そんなワイバーンを大陸中に流通できるほどの量まで狩れるほど腕の立つ冒険者なんてそうそういない。だからワイバーンの肉や卵は結構な高値で取引される。依頼中にシェランがワイバーンの卵を収穫していた理由はそれだ。


それに、ワイバーンは基本的に人族の手があまり入ることのない標高の高い山を主な生息地としているため、それほど狩る機会がある魔物ではないことも、高級食材と呼ばれることの一助になっているのだろう。


しかし、今思い返せばワイバーンの肉を使った料理は初めてだ。そう簡単に手に入るものではないから、料理するどころか捌くのすら初めてだな。取り敢えず血抜きはしておいたから、いつもの動物肉と同じ感覚で捌けば、まぁ、何とかなるだろう。


ステーキか、いつもの香草焼きか。一番美味いのは喉肉だと言っていた気がするから、そっちはステーキにするとして、後は……そうだなぁ…。


そんな風に、リーオが頭の中でワイバーンの肉を使って出来るメニューを考えている時、ふと横に広がる深い森の中から感じ慣れた力の放出があったような気がした。


突然足を止め、横に広がる森を凝視するリーオに、隣を上機嫌そうに歩いていたシェランも首を傾げながら足を止めた。



「…どうかしたの?」

「……ん?あぁ、ちょっと、な。気になって…。」

「……?」



すると突如、森の中から凄まじい爆音と魔力の放出が起き、その直後目を開けていられないほどの風圧と、上空へ昇る砂煙が森の奥から舞い上がった。


吹き飛んでくる小石や木の枝から身を守りながら、何事かと周囲の魔力を探る。そして、恐らくこの状況の原因であろうという強大な魔力の反応を、砂煙舞い上がる森の奥に感じ取ることが出来た。



「ッ!……リーオ、これは…!?」

「ッ……あぁ、特徴的な魔力反応…恐らく、魔族だっ!」




「_____刹那の極み…ッ!」



ドクンッ!


一際大きい心臓の鼓動の後、全身に流れる熱量の桁が跳ね上がる。一狩の纏っていた空気がピリピリと小さな稲妻が発生する程の熱を孕んでいた。


爛々と鋭い光を灯した一狩の瞳が、楽しそうに口の両端を吊り上げ、剣を構え直した魔族の姿が映り込む。



「アッハハハハハッ!!あぁ!期待以上だキリサメイチカ!さぁ!もっと僕を楽しませておくれよっ!!」

「……フー…ッ!!」



魔族の纏わりつくような視線を返すように鋭い光を灯した目を細め、姿勢を低く、抜き身を腰元に構え、一気に駆け出した。


一歩、体重を前へ。踏み出した右足に全体重を乗せる。


二歩、重心を後ろへ。蹴り出す足に意識を向ける。


三歩、抜刀。懐に入り込み、驚きに目を見開く魔族の首を刈る。



「___速いッ!」

「____『一閃』ッ!!」



スキル『縮地(しゅくち)』で駆け出した力と『魔力撃』による加速、全体重を切っ先一点に集中させて放った今出せる私の最大の一撃。しかし放った直後、「ギィンッ」という鈍い金属音と剣を握る右手に衝撃と痺れが走る。



…防がれた。でも大丈夫。それくらい想定済み。

手首と刃を上手く使い、魔族の剣と刃を滑らせるようにして鍔迫り合いの状況から抜け出す。そしてその流れた身体を利用して着いた右足を軸に、剣を両手で握り直し、重心を剣先に移して回転の勢いと遠心力、残っていた『魔力撃』の残滓全て、そして体重を乗せた一撃を態勢の流れている魔族の、無防備になった脇腹に叩き込む。



「____『昇流』ッ!」

「おっもいっ!?」



…また防がれた。あの態勢からどうやって…?剣だって、逆側にあったはずだ。それもあの一瞬じゃ持ち替えすらも出来ない場所に……いや、考えるな。今はありったけをぶつけるだけ。『刹那の極み(これ)』だって無限じゃない。残り時間のある内にやれるだけやらないと…!


回転の勢いを止めず、軸足はそのままに腰に差した鞘を左手で抜き、右手に持った剣に全ての闘気、殺気を込め、魔族の首目掛けて放つ。



「____…(このまま直前で軌道を…!)ゥガッ!?」

「…次は、鞘で攻撃かい?僕に打撃攻撃は効かないよ。」



後ろ手に持っていた鞘を吹き飛ばされ、態勢の崩れた右の腹部に魔族の膝蹴りがめり込む。押し出される空気と鈍い痛みに顔が引き攣る。受け身も取れずに吹き飛ばされ、二、三回転がりその場に蹲る。



「ッ…ガハッ!?…ゥア…ッ…。」

「おっとすまない。体術は加減が難しくてね。でも内臓は潰れていないだろう?」

「ゥグッ…カハッ…ハァ、ハァ、ハァ……ッ!!」



……ここまで力の差があるのか。

先程までのあれは、私の実力を測っていたということか。私ならあの膝蹴りで死なないと。それに、次の手が完全に読まれていた。『双憐(そうれん)』は、相手の注意を刃の方に向けなければいけないスペル。不意打ちに近い攻撃を相手に叩き込むスペルだから、さっきのように読まれてしまってはスペルとしての体を成さない。


先程の膝蹴りで恐らくあばらの数本は逝ってる。『魔法(まほう)(治癒(ちゆ))』の魔法陣を展開した左手で膝蹴りを受けた所を抑えながら、フラフラとした足取りで何とか立ち上がる。


呼吸をする度に折れた部分が軋んでいるのが分かる。転がっている時に骨の位置がズレたなこれは。欠片が肺に刺さっているのか呼吸をするだけで胸の中がチクチクと痛む。


でも、まだ戦える。両腕が千切れたわけじゃない。両足が砕かれたわけじゃない。まだ、動く。寧ろピンピンしている。せっかくの強敵との闘いなんだ。一分一秒を無駄にしたくない。


それで死んだとしても本望だ。いつ死んでもおかしくない世界。魔族に殺されたんだってなったらまだ納得できる。私の人生はここまでなんだって。


だから…。だから…!



「____まだ、やれる…ッ!」

「……フッ…フフフアハハハハハハハハハハハハハッ!最高だ!最高だよキリサメイチカッ!僕は未だかつて君のような命知らずに出会ったことがないよっ!」



狂ったように笑い出した魔族の濁り切った視線が向けられた途端、全身に冷たいものが通り抜ける。悪寒だ。全身が冷え切ってしまうと思えるほどの寒気。


そして、まるで金縛りにあってしまったかのように全身が硬直してしまう。全身がプルプルと小刻みに震えてしまうのを止められない。強張った右手に握った剣の剣先が定まらない。


……でも、やるしかない。今の私じゃコイツを倒すどころか一撃入れることすら困難だろう。でも、やるしかない。私しかいない。今ここでこの魔族を食い止めていられるのは。


足が竦むほどに怖い。恐怖と痛みで震える身体と心を叱咤し、剣を握る手にさらなる力を込める。『刹那の極み』も後数分しか残っていない。発動限界が来る前に何とかしなきゃ…!



「____スー…フー…スー…フー…。」



まずは深呼吸だ。落ち着こう。『魔法(治癒)』のお陰で多少マシになった呼吸で心と体を落ち着ける。竦む足と心が多少なりとも楽になってから、脇腹を抑えていた左手を離して、両手でしっかりと剣を握り、切っ先を魔族へ向け、今私に残った精一杯の勇気を灯した瞳で魔族の濁り切った目を見据える。



「……いい目だね。僕を倒そうと躍起になっていたさっきまでとは打って変わって、今自分に出来る精一杯をしようって覚悟した人間の強い目だ。そう、僕が求めていた強者の目。」



魔族はそこまで言うと、後ろ手に持っていた剣を前へ持ち直し、その切っ先を一狩の方へ向けて再び口を開く。



「……もう、加減はしないよ。今の君には失礼に当たってしまうだろう。キリサメイチカ。」

「っ……認めてくれたっていうことなら、光栄だよ…ッ!」



攻め手は緩めない。



その精神で、身体がまだまともに動く内に出来るだけ損傷を与えなければ。『刹那の極み』の効果で敵を殺すことしか思い浮かばない、「どうすれば目の前の敵を殺せるのか。」だけがぐるぐると回る頭で考えながら必死に攻撃を繰り返す。


全ての攻撃に『魔力撃』を乗せて、急所のみを狙って攻撃を繰り返すが、その尽くを撃ち落とされ、それでもなお消えることのない『衝動(しょうどう)』に身を任せ、一心不乱に攻撃を繰り出し続ける。



「くっ!フンッ!くそっ…ハァァァァァァッ!!!」

「………うん、及第点はあげられるかな。」



涼しい顔で一狩の攻撃をいなし続ける魔族が口を開いた。一狩の一挙手一投足を流し目で見ながら少し考えるような仕草をした後、再び口を開く。



「……うん、そうだね。及第点止まり、かな。」



ギィンッ


凄まじい金属音が周囲に木霊し、突然のことに驚き顔を上げた一狩の身体が宙に舞った。振り下ろしていたはずの右腕は頭上まで跳ね上がり、凄まじい痺れを孕みながら先程起こったことを如実に表してくれていた。



_____そうか、弾かれたんだ。あの全身全霊を込めた攻撃を。あんな一瞬で。呆気なく。



呼吸を忘れた攻撃の連続で酸欠気味になった頭で呆然と考える。まとまらない思考を『直感(ちょっかん)』と直結させ、次に来るであろう魔族の行動を予想する。



追い打ち。いや、あの魔族の行動理念的にそれはない。なら、なんだ?



半分閉じかけた視界の端で、私の方へ向けられた魔族の手に可視化出来るほどに膨大な量の魔力の流れが集結していくのが見えた。



____魔法だ。



次に来る攻撃は魔法。それも今まで私が見たとこも受けたこともないような強力な魔法。そして今の自分に取れる行動は二つに一つ。魔力による防御を張って耐えること。態勢の崩れた、それも防御も取れないこの状況で出来ることはこれしかない。



耐え忍ぶこと。



魔力渦巻く魔族の掌を凝視しながら尽きかけたなけなしの魔力で全身を包み込み、急所を守るように態勢を固める。そんなことをしている私を見ていた魔族の口元が不気味に吊り上げられる。



「…あぁ、気付きはしたんだ。そしてそれは最後の抵抗だね?じゃあ、諦めて死のうか。大丈夫。一度死んでも生き返らせてあげるよ。次は人間ではなくて、魔族として、ね?」



直後、魔族の掌に集まっていた魔力が大きな緑色の魔法陣を形作った。今まで見たことのないような不気味な文字の羅列が何重にも積み重なったその様を見て、私の本能は初めて明確な『死』を覚悟した。



「_____『原初の風(エア)』。」



瞬間、巻き起こったのは爆風。吹き荒れた暴風は周囲の地形すら巻き込み、巨大な竜巻となって一狩を、そして発動した魔族すらも巻き込み、天高く立ち昇り、最後に膨大な魔力と爆音を響かせながら、森全体を吹き抜ける暴風となって搔き消えた。


先程の暴風に巻き込まれたはずの魔族は何事もなかったかのように平然と着地し、色のくすみきった右手小指の指輪が砕け散る様を見ながら静かに口を開いた。



「……うん、やっぱり大魔法ともなれば『奉玉(ほうぎょく)指輪(ゆびわ)』も壊れるか…ちょっと惜しいことしたかなぁ…?」



そう呟き、先程自分が着地すると同時に「ドサッ」という音を立てながら地面へ叩き落された一狩へと視線を向け、少し驚いたように目を見開いた。



「…っと、生きていたんだ。あの『原初の風(大魔法)』を受けておきながら、人の形を保っていることにも驚いたけど、人の身で在りながら、まだ生命を保っているなんて…アハハハッ!キリサメイチカ!やはり君は素晴らしい存在だ!やっぱり僕は君が欲しい…!さぁ、まだ形を保っている内に魔族へと変容させてしまおうか…。」



今にも消え入りそうな程にか細く荒い呼吸を繰り返しながら、近づいてくる魔族に反応して、光のなくなった目を薄く開き、ズタズタになった身体をなけなしの魔力で必死に守るその姿を見た魔族の口元が愉悦に吊り上げられる。


濁り切った目で倒れ伏す一狩の元へ近づいていく魔族の足元を魔力の弾丸が掠める。



「ッ!?」



驚きに目を見開きながら後ろへ飛び退き、弾丸が発された方へ怒りで血走った眼を向けて今までに聞いたことのないような淀み切った声で叫ぶ。



「誰だッ!僕の邪魔をするのはッ!?」

「_____なんだ、外れちまったのか…。」



そう呟きながら、ゆったりとした動作で森の陰から出てきた人影を見て魔族の目に恐怖の色が差したのが分かった。


圧倒的なほどの重圧。まるで上から巨人の如き力で抑え付けられていると錯覚してしまう程の重圧が『彼』の全身から放たれていた。


彼が誰なのかなんてわからない。ただ、今この時ここにいる生物全ては、彼の立ち姿に世界最強の生物である『竜種』を重ねていたことだろう。



「____竜…!」

「?何言ってんだお前。まぁ、いい。んで、魔族がこんなところに何の用だ?その人間を狙っての事なのか、何か別のことを企んでるのか…今はそんなことどうでもいいか。さっさと消え失せろよ。邪魔だ。」



ズンッと、彼から放たれる重圧がさらに重くなった。普通の人間や魔族だったら失神してしまう程に高められた重圧の中、魔族は恐怖に染まりかけた自分の心を叩き起こし、敵意の籠った視線を彼に送った。



「っ……ッ!」

「ほう、まだやる気があるのか。『火竜(アイツ)』から教わった『重圧(これ)』も案外役に立たないな…まぁ、いいか。おい、魔族。これ以上ここに居座るっていうんなら、やるか?俺と。」



腰に差した見たこともないような形の剣の柄に手を添えながら鋭い眼光を放つ彼の姿に魔族の足が竦む。迎え撃とうと構えた剣先が定まらない。震えた手がいうことを聞かない。


初めての体験に驚きと恐怖を隠せない魔族が、様々な感情の嵐で震える唇を開いて、感情をかみ殺した声で問いかける。



「……貴様、名前は…?」

「そちらから名乗るのが礼儀ではないのか?下級魔族。」

「ッ!…… ≪パンドラ=ブラッドハーツ≫…だ…。」

「あぁ、やはり下級か。階級名がないってことはそう言うことだろう?」

「……こちらは名乗った。貴様は…?」

「それは失敬。俺の名は……リーオ=クシィだ。これからよろしくしたくないものだな。」


次回は4月中...?もしかしたら5月まで伸びるかもしれません...。

予定は未定です...。


次回もお楽しみに

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