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【無限の器の冒険譚】  作者: 荒木刑
第三章:無限の器、竜を廻る。
44/54

【壊れた心。取り戻した感情】

案外早く書き上げられました。

今回はまぁまぁのシリアス回になるので、ちょっと注意?かもしれないです。

物語は進んでる...?と思います。多分...。


9月中はこれがラストかもしれないです。10月に入るとまた忙しくなるので投稿ペースは落ちます。ご了承ください。

しばらく考え込んでいたリーオは、「少し、外の空気を吸ってくる。」と言い残し、霧に満たされた鍾乳洞を抜けると、誰にも悟られないような最小の出力で自身に魔法『隠蔽(ハイド)』を掛け、周囲に満ちる霧に紛れて、誰もいない場所を探して彷徨う。


頭の中では水竜の『君には資格がない。』という言葉が反響し続け、その度に爪が食い込んで血が垂れてくる程強く握り締めた拳から、怒りの紅い炎が噴き出す。



「……ハァ…。」



こうして一人考えていると、いかに自分が人間として、生物として空っぽだったってことを強く感じるな…。普通だったら悔しくて、悲しくて涙の一つくらい流れてもおかしくない状況なのに、それなのに、今心の中でせり上がってくるのは自分自身への強い『怒り』だけ。


その他には何も感じない。何も、ない。ただただ空っぽの心の中でちっぽけな怒りの炎がちりちりと燃え上がっている。



「……確かに、空っぽだなぁ…俺。」



霧で真っ白に染められた空を見上げ、誰に言うでもなく小さく独り言ちる。


力を込めすぎて無意識のうちに竜化させかけていた右拳を開き、漏れ出る紅い竜の炎とぽたぽたと流れ落ちる真っ赤な血をボーっと眺め、その場に座り込む。


穴が開いた右拳から全身に籠った熱が吐き出されるのを感じながら、先程からずっと感じてる背後の気配へ声をかける。



「……何の用だ、シェラン。」

「…あはは、やっぱりバレちゃったか…『隠蔽』と『不可視(シャットオフ)』使ってたはずなんだけどなぁ…?」



悪戯がバレた子供のような声色で姿を現したシェランに、リーオは虚ろな視線を向ける。その視線に一瞬ビクッと身体を震わせたシェランだったが、すぐに持ち直し、あっけらかんとした様子で口を開く。



「…い、いやぁ、リーオ落ち込んじゃってるかなぁ?って思って…さ。」

「…そうだな。多分、落ち込んでいるんだろうな、今の俺は。」



そう呟くリーオの虚ろな瞳が、シェランに向けられる。

それは例えるなら『深淵(しんえん)』。何もない伽藍洞としたリーオの心象世界が具現化されているような見ているだけで自分まで空っぽになってしまうと錯覚してしまうほどの、『()』。



「……どうした、シェラン?」



コテンッと首を小さく傾げるリーオが、シェランは心から恐ろしく思えた。


彼は今、何を考えているのだろう。私は今まで『何』と旅をしてきたのだろう。


怖い。これ以上彼と関わり続けたら、自分の心の中まで空っぽになってしまう。


早く逃げよう。洞窟の中へ帰って、いつものリーオに戻るまで待とう。


そうだ。そうしよう。



…………ダメ。ダメだ。


待っているだけじゃ、何も出来ない。誰の助けにもなれない。


リズヴェーン大森林で学んだはずじゃなかったのか?待っているだけじゃ、自分の意志でなさなければ、大切な人を助けられない。


悔やんだはずじゃなかったのか?リーオに背負わせてしまったことを。


今やらなきゃいけないんだ。私が、今。出来ることをしなければならないんだ。


ヴァールさんやアゲハちゃん、ウォーじゃない。他でもない、私自身が。



「…っ……っ!」



震える身体を叱咤し、怖気づきそうになる心に『竜星(りゅうせい)』を撃ち込みながら、不思議そうにこちらを見つめるリーオへ、一歩ずつ、一歩ずつ近づいていく。



「…シェラン?」



虚ろな瞳が私の目を射貫く。底冷えするような恐怖感が強くなる。跪きそうになる両足を必死に動かし、少しずつ少しずつリーオとの距離を詰める。



「……?」



そして、ようやく私はリーオの目の前に立つことが出来た。


圧し潰されそうな威圧感に、涙が出そうになる。両膝の震えが止まらない。


でも、表情に出してはいけない。気づかれてはいけない。努めて笑顔で、座り込んだリーオの前に私も腰を下ろし、ぎゅっと抱きしめる。



「……は?」



間の抜けたリーオの声が、息が耳に触れ、ちょっとくすぐったい。

そのまま子供をあやす様に、背中と頭を優しく撫でる。少し濡れている髪の感触と、いつも以上に熱いリーオの体温が直接伝わってくる。



「おいシェラン!何をして…!?」

「大丈夫。大丈夫だよ、リーオ。」



努めて優しく、あやす様な声色でリーオに話しかける。


状況が飲み込めないリーオの困惑したように身を捩って逃れようとするが、両腕に力を込めてリーオの身体を抱きしめる。



「っ…シェラン!おい!」

「リーオはさ、一人で抱え込みすぎるんだよ。もうちょっとさ、私たちに打ち明けてくれてもいいんじゃないの?」

「…それとこれとは話が違うだろ!?いいから離せって…!」

「いや、離さない。絶対に離さないよ。」

「シェラン…!」



今、抱きしめている腕を緩めたら…リーオを離したらダメな気がするんだ。だってこれは、私にしかできないことなんだもの。ヴァールさんにだって、アゲハちゃんにだってできない。



「…ねぇ、リーオ。旅、楽しい?」

「ハァ!?そんなこと答えてる場合じゃ…!」

「答えて。旅は楽しい?リーオは、どんな時に楽しいって感じる?」

「……分からない。旅は俺にとって、ただの過程に過ぎない。俺は、苦しんでいる人を助けたい。俺と同じ苦しみを…悲しみを味わってほしくない。だから、俺は…俺は…!」



リーオの身体が震える。それは激情によるものなのか、怒りによるものなのかは分からない。今リーオの中にある感情は、火竜から受け取った『怒り』だけ。


それ以外の感情は、ない……いや、多分そうじゃない。分からないだけ、分からないだけなんだ。リーオは、感情がないわけじゃない。ただ、自分の中に沸き上がった感情がどれなのかが、分からない、ただそれだけなんだ。


自分の感情に疎い。誰かの苦しみや悲しみ、怒り…それは感じ取ることは出来る。でも、自分のことになると、途端にそれが分からなくなる。


どうしてそうなったのかは分からないけど、多分そうなんだ。



「…私はね、楽しかったよ?リーオ達と旅をするの。」

「………。」

「…私さ、リーオ達と出会う前…正確に言うと『()とし子達(ごたち)との戦争(せんそう)』の終結後からずっと一人旅をしてたんだ。リーオ達とはその過程で出会ったんだけど、楽しかったよ?次の町まで続く街道をバカ騒ぎしながら歩いたりさ、野宿の時に作った料理をみんなで食べたり、みんなで一緒に水浴びしたり…私、とってもとぉっても、楽しかったよ?」

「………。」

「…リーオは?リーオは、私達との旅、どうだった?」

「……お、れは…俺は……っ…。」

「ゆっくりでいいよ。ゆっくり、落ち着いて。焦る必要はないんだ。私は、ずっとここにいるから。ね?」

「……ありがとう、シェラン……俺は…俺は、多分…多分、楽しかった…んだと思う。」



口籠るようにして言葉を飲み込んでいたリーオは、私がぎゅっと抱きしめてあげると少し落ち着いたようで、ぽつりぽつりとたどたどしく言葉を紡ぎ始めた。



「…シェラン達と旅をしていて、思ったんだ。俺はさ、村を出てからヴァールに出会うまでずっと一人で旅をしてきた。その途中で、師匠に出会って、剣を教わって、ヴァールに出会って、認められて、『契約(けいやく)』を結んで、『黒銃(こくじゅう)』とアゲハと出会って、それでようやく、真面に戦えるようになったって、思って…でも、俺一人の力なんかじゃ、苦しんでいる人たちの助けなんかにはならなくて…ちっぽけだなって、思い上がりも甚だしいなって…無限の器だって言われてもさ、よく分からないんだ。胸にあるこの紋様を見る度にさ、『俺みたいなちっぽけなガキ一人に、何ができるんだ?』って思うんだ。こんな心が空っぽの人間のガキ一人が、苦しんでいる人たちを助ける?俺と同じ苦しみを味わわせたくない、だって?笑えるよなぁ…?自分の感情すら感じられない、とっくの昔に壊れた子供が、何を思い上がって…本当に、滑稽だよなぁ…?」



言葉を紡いでいくにつれ、リーオの身体の震えが酷くなり、光が戻りかけていた目は再び虚ろのなっていき、話している声もどんどんと低く、抑揚がなくなってなっていく。



…多分これが、今までリーオが感じて、悩んで、そうやって無理やり心のどこかに閉じ込めてきた思い、なんだろうな。


まだ15歳の子供が、ここまでどす黒い心の闇を抱えているなんて、誰が想像することが出来ようか?私だったら、多分、押しつぶされちゃうだろうな。辛くて、苦しくて、でも吐き出せる相手も、それを許せる自分もいない。だからこうやって、感情が感じられないくらいになっちゃったのかな?


……いや、多分違うな。もっと、鋭くて大きな衝撃がリーオの心を叩き壊したのだろう。


でも、それを取り除いたところで、リーオの心は元には戻らない。だって、そんなものどこにもないのだから。一度壊れた心は二度と元には戻らない。


…器は、常に空っぽなんだ。だから『無限の器』?…何だか皮肉みたいだなぁ…?


()たされることのない、永遠(とわ)(うつ)ろな(こころ)(うつわ)


段々と力が抜けていくリーオの身体をぎゅっと、強く抱きしめる。今ここで繋ぎ止めておかないと、リーオは戻ってこれなくなっちゃう。それはダメ。絶対にダメ。



「……苦しいよ、シェラン。もういいだろ?腕、解いてくれよ?」

「…………。」



光のない、虚ろな瞳に戻った彼は、再び抑揚のない声で私に問いかけてくる。



…でも、それでも彼は、『楽しい』って言った。私達との旅は楽しいって、そう言った。それはリーオが自分自身の心で感じた大切な感情。



……ほら、言ったじゃないウォー。リーオは大丈夫だって。



「……リーオ、ちゃんと分かってるじゃない?」

「…何を?」

「だってさっき言ったでしょ?『私達との旅は楽しい』って。ちゃんと、自分の口で、自分の言葉で、ね?」

「………ぁっ…。」

「…リーオにもちゃんと、感情は、心はあるんだよ?ただ、普通の人に比べてリーオはそれにちょっと疎いだけ、感じ方が鈍いだけなんだよ。」

「……そんな、わけ…。」

「その証拠として、ほら、泣いてるじゃない…?」

「…えっ…。」



リーオは震える指を自分の目元まで持っていって、指先に触れる雫の感覚とそれが流れ落ちているのに遅まきながら気が付いた。



涙なんて、最後に流したのは何時だっただろう?思い出せないな…それくらいぶりってことか…。



自分が涙を流していることに気付いた途端、俺はずっと自分の中に押し込めていた感情が抑えられなくなって、抱きしめてくれているシェランにしがみ付きながら、声を上げて泣いた。


夜泣きをする赤子のように、必死にシェランの身体にしがみ付いて。わんわん泣き喚いた。シェランは、俺が泣き止むまでずっと、背中を擦り続けてくれていた。俺はそれも嬉しくて、さらに声を上げて泣いた。



____どの位泣いていたのだろう。気づくと声を上げて泣きすぎたせいか若干喉が痛くなっていた。泣きすぎて腫れ上がった目の周りを『水竜の水瓶』の水で冷やしながら、シェランに礼と謝罪をする。



「……悪かった、シェラン。ずっと、抱きしめてくれてて…その、何だか、スッキリした気がする…色々と。」

「…なら、よかった。偶にはこうやって吐き出さないと、いつか圧し潰されちゃうわよ?」

「…そう、かもな。あ、悪いシェラン。服、汚しちまって。」

「あぁ、いや、大丈夫。これくらい私が…。」

「いや、俺にやらせてくれ。汚しちまったのは俺だし。」



そういって汚してしまったシェランの服に手をかざし、竜力を集中させる。


汚れを取るにはこれが一番楽だ。野宿時に出る食器類や衣服類もこれで大体洗っている。



「…『浄化(じょうか)(みず)』。」



掌に集中させた竜力を水に変換し、それを霧状にして汚れた部分に吹きかける。こうすれば大体の汚れは落ちる。そして、これの後は…。



「…ちょっと触るぞ…『太陽(たいよう)()』。」



集約した竜力を熱に変え、濡れた部分を撫でるようにして乾かす。ついさっき水に落ちた時に使ったのもこれとほぼ同じ能力だ。



「……よし、これくらいでいいだろう。」



すっかり綺麗になったシェランの服を見て少し安堵する。


あのまま帰っていたら、あの三人に何言われるか分かったものじゃない。腫れた目を見られでもしたら、数か月はいじり続けられる自信がある。特にあの水竜は。



「………。」

「…?どうしたシェラン?」

「…あ、いや、何でもないよ!ほら、早く洞窟へ戻ろう?あんまり遅くなると心配かけちゃうよ?」

「…それもそうか。よし、戻ろう。」



確かに、待たせても何言われるか分かったもんじゃない。さっさと戻って水の上に立つ訓練でもしますか…。



「………。」



_____やっぱり、私の言った通りじゃない。ウォーも案外見る目ないのね?ひょっとするとリーオ、私よりもずぅっと、上手に扱えるようになるかも。



次回は9月...?多分10月になると思います。


次回もお楽しみに

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