第十章 緑に輝くダイオプサイト・信
私はしばらくその場から動けなかった。
出会いや別れは慣れたはずなのにどうしてこんなにも失った衝撃が強いのかわからなかった。
「死神殿。タヌを見ませんでしたかな?」
私を呼んだのはとても力強く大きな羽を持った大鳥様だった。
「出てきていいんですか!?」
「急に妖力が戻りしましてね。今なら故郷まで飛んで行けるかもしれないと思い飛行練習をしていたら死神殿を見かけましてね」
「急に妖力が戻った…?」
「あなたは薄々気づいてるのではないのですか?分身が消えればその力は主の元へと還る…と」
「っ…」
まるで心を見透かされたような気がして思わず目を逸らした。
タヌさんが消えればそれは大鳥様の元へと還る…それはわかっていたことだけど…
「大鳥様はタヌさんのこと、心配じゃないんですか?」
「心配?なぜ心配をしなくてはならないのですか?」
「あなたはそれでも本当に…タヌさんの───」
『そこまでですよ、死神様!!』
声をかけてきた方を見るとそこに立っていたのは犬神様だった。
「死神様には、大変申し訳にくいのですが今すぐ“タヌ”という妖の名は忘れてください」
「どうして…どうして…そんな…ことを…」
「お気持ちはわかりますですがここは────」
「あなたに分かるわけがない!!タヌさんは最後まで大鳥様の分身であることを分かってて他人のフリまでして…大鳥様のことを気にかけて…そんな優しい妖のことをどうして!!」
「タヌという妖…もとい大鳥の分身は最初からいなかった。存在してはいけなかった…特に死神様、あなたにだけは会ってはいけなかった」
「何を言って…」
「大鳥という大妖は私が前言った幻獣て間違いはありません。ですが正解でもありません」
「わかりやすく言ってくれる!?」
私は混乱した…
犬神様が“タヌさん”のことを忘れろと言っただけでもかなり混乱したのに…どんどん混乱することが増えていく…
「大鳥の妖力はあまりにも大きすぎて周りの者まで妖力に当てられるんです。特に“周りの者の記憶を丸ごと忘れさせたり強制的に思い出させたりする”するのです。心当たりありませんか?初めて会ったはずなのに親近感があったり大鳥が一方的に死神様ことを知っていたり…」
「タヌさんは関係ないじゃない…タヌさんは…あれ…タヌ…さん」
「死神様早くこれを飲んでください!!飲まないと大鳥に記憶だけではなく魂まで飲み込まれてしまう…」
《タヌさん…タヌ…さん…》
少しずつまた、頭にモヤがかかる。
濃いモヤが頭の中を埋めていく…
《タヌさん…タヌ……》
モヤがどんどん頭の中を埋めていく。
楽しかった思い出や悲しかった思い出…
それらにモヤが…
《タヌって…誰?》
「ぁぁぁぁぁ!!」
「死神様これを早く!!」
頭が痛い…頭が熱い…頭が…痛…い…
「死神殿、ありがとう…あなたのおかげで私はタヌという昔連れ添っていた従者のことを思い出した…ありがとう…お礼にあなたから私にまつわる記憶を全て消そう」
「大鳥…それをすればお前は…二度と────と出会うことも話すことも…」
「それでも…死神様の記憶を垣間見た私にとってそんなことはちっぽけなものだ。この方は想像のつかないことを誰にも気づかれず見せずして生きてきたのだ。この記憶、私以外が覗けば正気ではいられんだろうが幻獣になった今ならあなたの記憶を消せます。恩を返しますよ…死神殿…そしてここまで助けてもらっておいてなにも出来なくてすみません犬神様…」
白く大きな羽が私の頭を撫でる。
とても暖かく優しい羽…
《死神殿あなたにして頂いた…あなたがしてきた辛い…私についての……記憶を全て…消すことをお許しください…死神殿…また…叶うなら…あなたに…───としてまた…会いたい…》
誰かの悲しい声が聞こえた…
その声は嬉しそうで申し訳なさそうで悲しそうで…今にも消えてしまいそうな声だった…
「あなたは…独りじゃ…ない…よ…」
「最後に聞いていけばよかったのにな…大鳥…」
「はっ…ここは…また私の家!?」
「お目覚めですか死神様」
「なんでここにホスト神が!?」
「失礼だなぁ…死神様がいるところに犬神ありですよ?」
「初耳なんですけど…まあとりあえず…出て行ってもらっていいですか?」
「やっぱりですか?」
「はい」
「わかりました…」
私は自分の体をくまなく確認し、犬神様がどうこうした訳ではないことを確信して安心した。
なにかされてたら犬神が祀られている神社を悪霊で埋め尽くすところだった…
「犬神様がどうして私の家にいたのかわからないので説明をお願いします」
「嫌です」
「今言ってくれたら…私手作りのケーキ出しますけど」
「手作り!?いやでも…」
動揺しているな…計画通り…
手作りをする訳がない…この私は自分で料理はするがスイーツ系はひとつも作ったことがない…
しかもこのケーキは智也が行列のできるケーキ屋さんで二日待って買ってきたものを勝手に持ち出したのだ…
見つかったら殺されるじゃん…私…死ねないけど…
「わかりました…ケーキは結構です…」
「本当に?」
「はい…食べたいという欲を我慢するに値することなので口が裂けても言えません…」
「そう…じゃあ私これから用事があるからまた後で来てくれる?」
「了解!!」
颯爽と帰っていくなんて珍しいこともあるものだと思いながら犬神様の帰りを見送った。
「なんか泣いてたな…そんなに食べたかったのか…行列のできるケーキ屋さんのケーキ…」
一口食べてみるとってもほろ苦かった…