プロローグ
「あー…この仕事だるいよマスター!」
夜の酒場では、妖しい光が夜の静けさを際立たせている。
「だってさ、人の命とか親族のこととかを考えると頭が痛くなって・・・・・・」
窓の外では、仕事を終えた妖怪の連中がはしゃいで
いる声が届く。
「さっきの話に戻るけど、一昨日担当した人の子供がね私を見て・・・・・・」
私の、疲弊しきった声色とともに、マスターがグラスを渡す。
「そろそろ・・・・・・」
「でね、昨日担当した人なんかね、自殺志望者
で・・・・・・」
「あのねー・・・・・・」
「それでも私は死神としての務めを果たそうと・・・・・・」
「だから・・・・・・」
「あ、マスター、このお酒追加でお願いし───」
「いい加減に帰れぇぇぇぇー!!!」
「そんな大きな声出さなくても聞こえてるよ。まだ閉店時間まであるでしょ?」
私の、噛んで含めるような言葉は、マスターの大声にかき消される。
「閉店時間から1時間以上仕事の愚痴をノンストップで酒場中に響かせてた奴が閉店時間まだあるだと!?」
「別に愚痴をずっーと言ってたつもりは・・・・・・」
時計に目をやると、確かに酒場に入る前に比べるとかなり針が進んでいた気がする。
私は死神なので、あまり時間に興味がないのは内緒。
「とにかくさっさと帰れ。お前が酒を飲みまくるから今から仕入れないと、明日に間に合わねえ・・・・・・」
「ちょっと待ってよ、私まだ今日のこと話して──」
「まだ話す気か!?幼馴染の店だからって調子乗りすぎじゃないか?」
「っ・・・・・・だってお酒美味しいし」
「相変わらずお前は言い訳がヘタだな!」
「そう?」
さっきから目の前で私に愚痴を漏らしてた大男が頭を押さえる。
と、イライラしながら大男がグラスに酒を注ぐ。
初対面なら近づき難く、まるで危険を絵に書いたような容姿。
妖の母親と死神の父親を持った私の幼馴染。
智也。
「大体な、成人になるまで酒を飲まなかった時を思い出して生きてみろよ、なんでそんなに毎日ウチの店に来ては飲み散らかすのさ?」
いつもは、爽やかなキャラを演じているが、私からすれば嫌な奴でしかない。
「第一、死神の仕事がしたくないならほかの仕事探せよ、お前が仕事の愚痴を言いまくるせいでお客さんが減るだろうが!」
「何を言うかと思えば私にも愚痴を聞いてもらいたいときだってある!仕事への取り組む姿勢も評価されてる!つまり私は社会に貢献している!」
「お前ほど人に優しい奴は他に誰一人いないだろうけど」
「でしょ?なら私が愚痴を吐いても、お酒をいくら飲もうと──」
「それとこれとは別問題だ」
「あ、ああ・・・・・・」
小さい頃からみんなを率いる指令塔。
類い希なる指令者としての才の持ち主。
そんな男が何故酒場の店主をしているか、それを知っているのはこの世界で私を含めたごく一部の者しか知られていない。
まあ、それを知っても私は得をしないからどうでもいいと思ってる。それでもこの男は気にしている。
「お前みたいな仕事できるやつが酒場で愚痴を吐くとイメージダウンに繋がるだろ?」
「そんなの気にしてたら何もできないじゃない」
「っ・・・・・・お前がいたら他のお客さんに迷惑がかかるだろうが」
「へー、私結構この酒場にお金を貢いでると思うんだけどな。もし、私がほかの店で飲んだらここ《酒場》潰れるかもよ?」
「そうやって前みたいに俺を脅すつもりか、しかし俺はもう前の俺じゃない・・・・・・」
そんなに迷惑はかけてないと思うんだけど・・・・・・
そもそも、"前の俺"ってカッコイイとか思ってるのかな?
「とにかく、これ以上店に迷惑をかけるというならお前は出禁だ。俺はお前の面倒を見るほど暇じゃない。他の店でも飲めるなら最初からそうしろ」
「出禁って冗談よね・・・・・もし冗談なら今のうちよ・・・・・・今ならまだ許してあげるから・・・・・・ほら謝りなさいよ・・・・・」
「うるさいうるさい!!なんで俺が謝らないとならないんだ!」
「なんで出禁・・・・・・?」
などと、とりつく島もない討論が起こっている酒場に・・・・・・
「まあまあ、落ち着きなさい二人とも」
「母さん!?」
「智也ママ・・・・・・!?」
誇らしげに店の奥から現れた智也ママは少し低い声で私たちの会話を止める。
そうだ、智也がダメなら智也ママに言えばここでお酒が飲めるのではないか?
私の運が呼び寄せた私の逆転劇・・・・・・
「今回は、智也の方に賛成よ」
「智也ママぁ〜」
とも思った矢先、やはり母親は息子が可愛いのか、
一気に窮地に追い込まれてしまった・・・・・・
「仕事辛いの?」
「辛いです・・・・・・」
ここで私の意見を聞いてくれる優しい智也ママ・・・・・
「でも、愚痴を吐いて、お酒を飲んでそしたらまた仕事に戻れるの?」
「ええ、戻れます。私こう見えて生命力はゴキブリを遥かに上回るので」
「相変わらず頑張り屋さんね」
「あまり褒めると調子乗るからその辺にしといた方がいいと思う」
「誰が調子乗りだ!」
会話の流れは元に戻っていき、でも言葉は少なく、智也ママもかなり気を遣ってくれてるみたいだった。
「とりあえず、今日はお開きにしましょう?」
「はい・・・・・・」
「仕入れあるしな・・・・・・」
智也ママの仲裁で私と智也は各々の家に帰った。
私は帰りながら明日の仕事について考えていた。
明日になったらまた私は人の命を終わらせる仕事に出る・・・・・・
「やっぱりこの仕事嫌だな・・・・・・」