表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歩みは止まることなく  作者: いし
2/4

2.春休み

3月24日 AM9:00


俺は体験授業が終わった次の日の23日、入塾手続きをした。テキストが3月29日に配布され、4月1日から前期開講という流れらしい。こう本格的に通うとなると、何故かワクワクするものがある。何より佳奈と授業を受けれるのかと思うと、早く開講開始日にならないかなって心が踊って仕方ない状態だった。



しかし、俺は重大な事を忘れていた。

高校の春休みの課題だ…。塾自体は、開講開始日までの間は日曜以外自習室を開放しているらしい。

今日はとりあえず塾の自習室で課題を進める事にした。



塾に向かっている途中、後ろの遠くから俺の名前を呼ぶうるさい奴が居た。振り返って見てみると、どうやら走ってこちらに近づいて来るようだ。


「おーーい、穣ー!」


その声の主は、俺と同じクラスの男友達、今井俊輔いまい しゅんすけだった。

俊輔は、バスケ部の部長をしている。学ランの下がバスケのユニフォームだから、部活へ向かう途中だろうか。


「おいおい穣、こんな朝はやくから帰宅部が何やってんだ?」


そう、俺は帰宅部。スポーツは出来ないわけではない。しかし、これといってやりたいものもないまま迷っていたら、入部するタイミングを失って3年を迎えることとなったわけである。


「帰宅部は、家から出ないと帰宅するという部活動が出来ないだろ」


「ああ、なるほどな!で、どこ行くの?」


俊輔は、バスケしかできない脳筋というわけではない。そこそこ勉強ができて、言うなれば俺よりも成績は少し上だ。更にイケメンで高身長となれば、勝てることは帰宅する時間の早さだけだろうか…。しかし、少し抜けているというか、天然なところがあるのが憎めない奴である。


「…塾だよ、塾。」


「塾!?え、通い始めたの、どこ!?」


「…駅前の大通りにある、あの進学塾だよ。」


「え!!あそこ凄く厳しくて、頭いいやつしかいない事で有名じゃんか!…ついていけるのか?」


「大丈夫だよ、どうにかするよ。」


「そっかそっか、じゃあ頑張ってくれよな。俺は部活行ってくるからよ」


そう言って俊輔は、北高の方へと走っていった。

俺はまた1つ大事なことを忘れていたようだ。これから通う塾は、進みの早さやテキスト内の扱う問題のレベルの高さ、講師のキャラクターの独特さがトップレベルなのである。

それを改めて考え始め、また不安になりながらも塾へと向かった。




AM9:40


塾についた俺は、受付で自習室を使いたいと申し出た。小さな番号札を渡され、4階の自習室のその番号の席を使ってくれとの事だった。

ブースとなっていて、各席個別に仕切りがされていた。さすが進学塾だなとここでも思った。早速課題をカバンから取り出し、俺は取り掛かり始めた。



PM1:15


時計を見て驚愕した。そこそこな人数がこの空間にいるのに、とても静かでみんなが目の前のテキストやプリントと戦っている。この環境下なら、こんな俺でも3時間弱は勉強出来るのかと思った。

少し休憩と思い、自習室から廊下に出ると見覚えのある女の子が階段に座り込んでおにぎりを食べていた。

そういえばお昼ご飯食べてないなと思っていると、自習室のドアを開閉した音に振り向いた彼女と目があった。

その子は佳奈だった。


「さ、佐藤君!まさか自習しに来てるだなんて思ってなかったよ。この塾に入ったんだね、よかった…!」


白地に青の花柄のワンピースに、上からカーディガンを羽織っていた佳奈の見せるその安堵の表情は、とても可憐でとても可愛かった。俺はそんな佳奈から少し目をそらすようにして言った。


「う、うん。俺もまさか三枝さんが居るとは思わなかったよ。何を勉強してたの??」


「学校の課題を終わらせようと思って…。でもまだまだ、英語しか終わってないんですよ…じゃなくてだよね!」


そこで俺は、佳奈は無理して俺が提案したタメ口に合わせてくれているんじゃないかと思った。そう思うと急に申し訳なくなってしまった。


「あ、ごめんね、無理してタメ口にしなくてもいいんだよ?まだ会ったの2回目だし、話すのも2回目なんだしさ」


すると佳奈は眠たそうに、でも力強く言った。


「そんなことない…!塾で初めてできた友達だから…頑張らな…」


そのまま佳奈は寝てしまったのだ。それも階段に座っておにぎりを持ちながら。俺は慌てて佳奈が落ちないように、一段下に降りて話しかけた。


「三枝さん?お昼ご飯食べて眠くなっちゃったのかな…危ないよ、起きて!」


ハッとしたように目を開いた佳奈は、俺の顔が近いことに相当驚いた様子でおにぎりを落としてしまった。

俺はそれを食い止めることができず、あえなくおにぎりは踊り場まで転がり落ちてしまった。

埃まみれになってしまったおにぎりを拾い、一応佳奈の元へ持って行ったが静かに首を振った為、燃えるゴミの場所に捨てた。


「びっくりしたよ、三枝さん急に寝ちゃうんだもん」


「…あ、ごめんね、慣れない勉強したから疲れちゃったのかも」


「とりあえず、お互い初日からかっ飛ばしてすぐバテないように、無理せず頑張ろう!俺は16時には帰ろうかな」


「そうだね、私はあと少ししたら帰ろうかな。休憩邪魔しちゃってごめんね、ありがとね」


そう言って佳奈は立ち上がり、自習室へと入って行った。なんだか最後はあっさりしてるよなあと思いつつも、トイレに立ち寄ったあと俺も自習室に戻り課題の続きを始めたのだった。




それから開講日まで塾に課題をしに行ったが、佳奈と会うことはなかった。

塾のテキスト配布日くらいは会えるかもって期待していたが、それも叶わないまま開講日を迎えることになったのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ