Chapter 4 ー6.15.1208ー レベッカ&ヨナタン
鳴り響くサイレンと逃げ惑う人々の怒号が飛び交う。
「子供達をシェルターに送り届けたら、すぐに支部へ迎え!我々は本部からの増援が来るまで、この街を死守しなければならない!」マルティナ隊長の怒号が聞こえてくる。周囲の人々はもはやパニックで自らの身の安全しか考えていない。大人達の波から子供達を守らなくてはならない。皆、弱き者に気を遣えるのは、その本人に余裕がある時だけなのだ。
押し寄せる群衆とも闘いながら、子供達をどうにかシェルターへと誘導し終えた。
「お姉ちゃん!」シェルターの扉を閉じようとすると少女に呼び止められた。必死に私に駆け寄ってくる少女の目には涙が潤んでいた。
「お父さんとお母さんはどこにいるの?」
ああ、と思う。当たり前だ。こんな小さな子供達を相手にしながら頭の片隅にも浮かんでいなかった。
しゃがんで少女と目線を合わせる。
「大丈夫。ちょっとの間いい子にしてたら、お父さんにもお母さんにも会えるよ」
少女の手を握りもう一度繰り返す。「必ず会わせるから」少女が強く握り返してくる。
「レベッカ!急げ!」誰かが呼ぶ声が飛んでくる。「お姉ちゃんはもう行かなきゃ。いい子にしてるんだよ?」少女の目をもう一度真っ直ぐと見つめる。
小さく頷くのを見届け、私は走り出した。
人混みをかき分けて支部へと急ぐ。誘導している騎士団員はいるが秩序は何処にもない。
「なんでこんなに急に帝国が攻めて来るんだ?ここはレベル・ツヴァイでも内側の方だろ?」トニーが叫んでいるのが聞こえてくる。「知るか!」叫び返したのはパトリックだろうか。
悲鳴と怒号が入り混じる中でどうにか騎士団支部に辿り着く。建物内も外と変わらず人で溢れかえっている。
「第七訓練騎士団は前衛隊だ!装備を整えたら速やかにロビーに整列しろ!」マルティナ隊長の怒号が響き渡る。
装備一式の入ったロッカー室へ駆け込むと、そこもまた人で溢れかえっていた。
人混みをかき分けて自分のロッカーの前へ辿り着く。バッヂを取り外しロッカーのスキャナに押し当てると、ドアのロックが解除された。
中に入っているのは騎士団の兵器開発部が発明したパワードスーツと、それに付随する装備一式だ。スーツ自体の作りはシンプル。身体にぴったりと密着する黒色のスーツには電極がつけられており、それによる筋刺激によって身体能力を飛躍的に向上させることができる。さらに、胸部と頭部は特に保護するためにリリニウムを加工したアーマーとヘルメットを装着し、腰に高周波ブレードとオートマチック拳銃、背中にアサルトライフルを背負う。装備の総重量は30kgほどになるが、スーツによる身体能力向上と普段の訓練によって、対人殺戮兵器に対しても互角の戦闘を可能にしたのだ。
かつては戦車などが主流であったが、ヴェルギニアの新兵器、高機動人型装甲車、通称コンクエスタの導入により戦場においてその機動力のなさが致命的なものとなり、機動力を極限まで高めた状態での戦闘が求められるようになった。
装備を整え、最後にインカムを装着する。スイッチを入れた途端、街への侵攻を知らせる通信が飛び交うのが聞こえてきた。どうやら緊急度は刻々と増しているようだ。早急にロビーへと向かう。
「我々は只今より、敵襲からの都市防衛作戦に移行する」周囲の騒音を跳ね除け彼女の声が僕の鼓膜を震わせる。
「我々の任務は南東地区外縁部の避難誘導及び敵部隊排除である。敵の侵攻はまだ北側城壁外のみだ。訓練騎士である諸君らの作戦領域にはまだ侵攻が無いはずだが、作戦領域に侵入してきた敵は迅速に排除しろ。作戦開始を以って現場での判断はスティーヴに一任する。なお、任務の完了に関わらず一四〇〇より撤退行動に移れ。無意味な消耗戦は被害を拡大させるだけだ。その時刻を以ってこの街を一時放棄し、我々は本部からの増援部隊に合流して再奪還作戦に参加する」
「はい!」僕達の返事を聞く前に隊長は人混みの中に消えていった。
支部を出た後、私達は愕然とさせられた。思っていた以上に街の至る所から煙が立ち上り、今さっき聞かされた状況とはだいぶ異なるように見えた。
「とにかく、俺達は出来る事をやるしかない。遊撃は俺とパトリックが班長をやる。とりあえず8人で行動して街の北側に向かおう。攻撃はグレンを中心に街の中心部からあまり外れない程度で狙撃ポイントの当たりをつけてくれ。迎撃もそれに同行して援護してあげて。班長はカリーナに任せる」スティーヴの素早い指示に従って、私達は二手に分かれて作戦行動を開始した。
「騎士団の作戦行動は十六人の騎士館を四つの班に分け四人一組で行う。各班にはそれぞれの役割が与えられ、大きな分類としては攻撃、迎撃、遊撃の三種類に分けられる」黒板に書かれた文字を指示棒で指しながら、訓練騎士団の座学授業を担当する小太りの中年講師は早口でまくし立てた。
「これらの役割分担はコンクエスタとの戦闘を想定したものだ。それぞれの役割を簡単に説明するなら、攻撃は遠距離から射撃をして敵機に致命的なダメージを負わせる。迎撃は中距離武器を使用しての援護を主とし、そして遊撃は敵の懐へ斬り込み近距離での戦闘を行う」指示棒は文字からコンクエスタを簡易化したものと思われる図に移った。
「以前にも話したように、コンクエスタに有効なダメージを与えられる武器は少ない。一つは高周波ブレードによる機体関節部分、そして操縦席への近接攻撃。もう一つはライフルによる背中部分にある燃料ユニットへの狙撃だ。当然どちらにも一長一短の特徴があり、だからこそ攻撃班と遊撃班という役割分担が設けられているのだ」講師はコツコツという足音を立てて教壇の上をせわしなく動き回る。
「背中部分にあるコンクエスタの燃料ユニット及び操縦席は当然、防御装甲で覆われているが装甲の接合部は破壊することが容易だ。まず下肢部の接合部から破壊していくのがセオリーだろう。状況に応じて迅速かつ確実に破壊していくことだ」
「どの役割もパワードスーツと呼ばれる身体強化防護服が開発されたからこそ可能になった。諸君らはこのパワードスーツの筋刺激によって可能になる動きに耐え得る身体作りと、現場で冷静な判断を下す為の知性を鍛える必要がある」昔は現場で活躍していたと語る中年講師はそう言うと、自分にはそれが備わっていたとでも言わんばかりに誇らしげな表情を浮かべた。
退屈な授業から逃げるように、ふと窓の外を見ると中庭の日向で昼寝をする猫の姿が見えた。
なぜこんな時に座学授業の事など思い出したのだろう。私は街の端から上がっているであろう煙を眺めながらふと意識が昔の事へと向いてる事に気付いた。ここは戦場だ。その証拠に銃声や爆発音が響いている。なのに、私の意識はその現実を拒否するかのように昔を懐かしもうとしている。街の商店の中に隠れていた一般人をシェルターまで護衛しながら連れて行っているというのに。
耳につけたインカムは街の中央部のシェルターが既に満員であるという情報を伝えてきていた。そのため、私達は街の外苑方面にあるシェルターへ向かっている。徐々に建物の破壊が目立ち始め、道を塞ぐ瓦礫が増え始めた。
「敵の進行は北側だけじゃなかったのかよ」トニーが舌打ちをしているのが聞こえる。
「慌てないで!瓦礫に気をつけてください!」ヨナタンが老女に手を貸しながら注意を促す。普段は白く綺麗な彼の頬は、舞い上がる砂が汗で張り付いて黒くなっている。
私も足をくじいて引き摺っている女性に肩を貸しながら瓦礫を避けた。
「シェルターまであと何メートルだ?」前でパトリックがスティーヴに確認するのが聞こえる。時たま聞こえてくる銃声に気が立っているのが声から伝わってきた。
「そこの角を曲がって30メートルくらいのところにあるは…」スティーヴがそう答えかけたところで先頭を行っていたユーリが手で制した。
「どうしたんだ」スティーヴの問い掛けにユーリは黙って角の先を目で指す。
そっと覗くと、そこにはコンクエスタの姿があった。周囲を探査するレーダーの特殊な電子音を響かせながら少しずつこちらに向かってくる。
「一旦下がろう。向こうから回り込んで」
「もう遅い」スティーヴが言い終わらないうちにユーリが腰のブレードに手をやる。間髪入れず、コンクエスタの機動力である脚部のローラーが地面に擦れる音が響き渡り、電子音はかき消された。
「戻れ!」スティーヴの叫び声で今来た道を一斉に走り出し、一旦コンクエスタの視界から逃れる。だが敵は五秒としないうちに角から姿を現した。
「クソ!」パトリックが悪態をつきながら敵に向かって銃を構える。
私は女性を殆ど引き摺るように逃げる事しかできない。
「トニー!ジルベール!みんなを安全な場所に!他の六人はなんとかあいつを食い止めるぞ!」スティーヴがブレードを抜きながら叫ぶ。私もトニーに女性を任せて敵を振り返った。
3メートルほどの大きさのそれは、人型装甲機と呼ばれるだけに大量の武器を背負った人間の様な見た目だった。
「くるぞ!」パトリックが銃を連射しながら叫ぶ。
次の瞬間、爆音と共に前方からの衝撃波を全身に受けて背中から地面に叩きつけられた。とっさに受け身を取れたものの、ブレードが手から吹き飛んでいき、数秒間呼吸が止まる。
耳鳴りで何も聞こえない中、必死に立ち上がり敵から逃れようとする。が、平衡感覚を失ったままでは真っ直ぐ立ち上がることもままならない。よろけながらに後ろを振り返ると、絶望的な迄の近さにコンクエスタはいた。
「レベッカ!」突如として音を取り戻した世界では銃声が響き渡り、誰かが私を呼ぶ声がした。そして、目の前の殺戮兵器に装備された銃器の照準が私に合う。全ての音が、光景が、スローモーションに感じられながら、しかしそれは現実感を伴って私が死ぬ事を表していた。
そいつは知識で知っている3メートルという大きさよりも余程大きいように見えた。
「畜生!」トニーがコンクエスタに向かって銃を乱射するが、全く気にする素振り無く目の前に倒れているレベッカに機銃を向けている。
爆音とともに破壊された建物の瓦礫が降り注ぎ背後の退路が断たれた。状況は最悪だ。こんなにもあっさりと全滅させられるのか。たった一体の敵に、8人がここまで呆気なく。自分の無力がひりひりと滲みる。
視線が地面へと下がる僕の横を人影が通り過ぎる。直後、射出音と共に二本のワイヤーがコンクエスタの背後へ延び壁に固定された。更に、ワイヤーを放った影は反撃する間も与えず敵の背後に回り込む。胴体に絡み付いたワイヤーによって後ろに引っ張られる形になったコンクエスタは、機体を捻りながら背後の標的を撃とうとするが、それより早く三人目の影がコンクエスタの背中に装備されている武装ユニットとの連結部を切り離し、ガラ空きになった本体の背中部分から操縦席へブレードを突き刺した。
「コンクエスタ相手にアサルトライフルとは、お前達は素人か?」まるで死んだかのように崩れ落ちたコンクエスタの陰から現れたマルティナ隊長は不機嫌そうに僕達を見回しながらそう吐き捨てた。
「中央地区と北西地区は防御壁の作動により閉鎖された。だが、敵数機体の侵攻を既に許してしまったという情報がある。現にお前達はこうして死にかけていたわけだが、南東地区の避難誘導が終わっていない以上ここで作戦を中止にするわけにはいかない。次は助けられんからな。気を引き締めろ。」
「はい」そう返事したみんなの声はショックを隠せていない。
そんな僕達を見て隊長は呆れ果てたように何かを言いかけたが、背後を振り返り先程コンクエスタが現れた角を睨み付けた。
視界にその姿が現れた時には既にマルティナ隊長は目にも留まらぬ速さでその懐へ斬り込んでいた。
「こいつは俺達が引き受ける!お前らは一般人の避難誘導に戻れ!」先輩騎士がワイヤー拘束銃の照準を合わせながら鋭く叫ぶのが聞こえる。ワイヤーで拘束されるより早く敵が頭上を飛び越えて行く。振り返り来た道を戻ろうとするが、行く手を阻むようにコンクエスタが目の前に着地する。まるでそれを合図にしたかのように背後の角からもう一体のコンクエスタが現れた。
「剣を抜け!戦うしかない!」スティーヴが叫ぶ声が聞こえてくる。「生き残る為に他の道はない!」その強い声に後押しされるように僕はブレードを引き抜く。
だが、時はいつも僕の一歩先を行く。