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僕達は空にしか故郷を見れない  作者: エノシタジョウ
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Chapter 1 ー6.15.0825ー ヨナタン&チェンバレン


暗闇の中をただただ走る。耳元に叩きつけられる雨粒の音で周囲の様子は判然としない。ぬかるんだ地面に足を取られながら次の一歩を前へ出す。

「こっちだ!」

時たま聞こえてくる声と左手を掴む母親が引っぱる方向を頼りに奔走する。

稲光に照らされ刹那、男の人が角から手を振る姿が見えた。

彼の元を曲がると一台のトラックが止まっており、荷台には何人かの子供が既に乗っている。

「急げ!もう追手が来る!」父親に助けられ必死に荷台によじ登る。

「おし!」僕が乗り込んだのを見届けると、男の人は運転席へと走っていった。

運転席のドアが閉まる音がかすかに聞こえる。まだ母さん達が乗っていない。

「急いで!」荷台から手を伸ばすが、父親は黙って僕の目を見つめ返してくるだけだ。

「ヨナ…」母親に目を移すと、彼女は歯を食いしばり何かを耐えるように短く呟いた。

「何してるの?早くしないと!」トラックのエンジンがかかった。車体の小刻みな振動が僕の焦燥を掻き立てる。

「ヨナ…何があってもくじけちゃダメよ…強く生きるの…お母さんも、お父さんも、いつでも見てるんだからね?」母親の目は前髪を伝う雨に真っ赤に充血していた。

「なに言ってるの?早く…」言い終わらぬうちに後ろから強い力で引き込まれる。荷台の扉が閉められ、全身が暗闇に包まれた。

「おい!待てよ!まだ父さんと母さんが!」

肩を掴んでいた手を振りほどき、扉に駆け寄るが外から錠をかけられてしまい開けない。

「母さん!開けろよ!くそッ!」

トラックが走り出したのが振動から伝わってくる。

「くそッくそッ……くそ……」

闇に包まれ揺られながら行き場のない怒りと悲しみに耐える。

僕はもう母さんと父さんには会えない。

その確信だけが重くのしかかってきていた。


目を開くとそこはいつものベッドの上だった。

またあの夢だ。

身体を起こし視線を窓の外に向けると、夢で見た暗く冷たい色など微塵も感じさせない、青く突き抜ける雨上がりの六月の空があった。

僕はゆっくりの伸びをして濡れた頬を拭う。

扉が閉まる直前に見た母親の瞳に浮かんだ感情を僕は未だに知らない。



レオ・チェンバレンは首相就任演説の壇上から会場を見渡すと大きく息を吸った。

「本日は、就任演説としてこのような場所を設けて頂き誠にありがたく思うと共に、関係各位の今後の繁栄を願うばかりであります」

何万と集った群衆の最前列に目を向ければ、この国の権力を統べる権力者たちが座っている。支援してくれた者は満足げに、対抗した者達は品定めをしようという視線を隠そうとせず、漏れなく私のことを見ている。

「まず、始めに私を首相に任じてくださった新君、フランク・ルートヴィヒ陛下にお礼と祝辞を申し上げたいと思います。この度は国王即位、おめでとうございます」

私が話す壇上の後方を見れば、国王とその親族が尊大な面持ちで座っている。だが、彼らはこんな式典などに興味が無いことがありありとみて取れた。

「さて、この国が生まれてから今年で100年です。記念すべき年であります。新年を迎えたとき、多くの人が祝いの言葉を交わし合ったことでしょう」

再度、視線を群衆に戻す。しかし前列ではない。権力者が座る貴賓席に阻まれ遠くから見ることしか出来ない、その他大勢の国民のことを見つめる。私が今日語りかけねばならないのは彼等だ。

「だが、我々は忘れてはなりません」言葉に力を込める。

「今、我々は帝国の侵略の前に、国を侵略され、同胞を殺され、明日を奪われんとしていることを」

「先人たちから受け継いだ誇りを、明日を担っていく者達の未来を、容赦無く蹂躙されるのを黙って耐える事など、私には到底できない」

ここで言葉を切る。いや、切れてしまったと言った方が正確だ。気付かぬうちに思っているより声を張り上げていた。伝えなければならないという気持ちが逸り、息継ぎすら忘れていた。遠くはあるが、まだ国民は私のことを見てくれている。髭を蓄えた老齢の男性も、未来への希望を探す若者も、乳児を抱えてまでここの場に駆け付けてくれた女性も、身なりは汚い貧者も、財を築き前列に座ることを目論んでいるであろう小金持ちも、確かに私の次の言葉を待ってくれている。

「…諸君らに頼みたい!」息を大きく吸い込み、もう一度言葉を投げる。ここからは流れを切っては駄目だ。

「自由のために。救済のために。強大な敵に立ち向かうことを!」

「諸君らに求めたい!」

「いかなる時も前を向き、私についてきてくれることを!」

「約束しよう。私は必ずこの敗北の歴史を終わらせると!」

「今ここで宣言する。私が首相であるうちに、再びレベル3の外運河に船を浮かべ、踏みにじられた同胞を救い出すことを!」

割れんばかりの歓声に私は、この国の人々の心の一端を掴んだ、その確信を得た。


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