海神達の備忘録 〜These memory were bequeathed by her〜
闇夜に照る月 〜She is the bright moon in the sea〜
やはり所詮、叶わぬ恋だったのだ。照月は朦朧とした意識の中で、ずっと恋い焦がれていた相手を想った。
舵か主機かに大きな被害を受けたのだろう。あるいはその両方か。艦の魂たる自分の身体が傷ついているということは、本体である駆逐艦『照月』が被弾しているということだった。立ち上がることができないということは、もはや航行不能かもしれない。軍艦が動けないということはすなわち、そのまま死を意味していた。霞んでほとんど何も見えない目に映るのは、一面の炎。これだけ燃えているなら、今の時間は相当目立つことだろう。敵の潜水艦か魚雷艇あたりが群れを成して襲ってくるのは時間の問題だった。
だからその命令が下ったとき、ほんの少しだけほっとした自分がいた。キングストン弁の開放による自沈。敵の手にかかることなく、帝国海軍の駆逐艦として潔く死ねという命令。戦う力など何一つ残されていない今の自分には、最高の最期ではないか。
ただ一つの未練を除いては。
彼に初めて会ったのは、駆逐艦『照月』が進水した日だった。艤装員として機関科に配属された彼とは、気が合ってよく話をした。艤装が終わり竣工してからは、彼は正式な機関員として『照月』の配属となった。
いつから彼のことを好きになったのかはわからない。もしかしたら最初からだったかもしれない。気が付くと、いつも彼と一緒にいるようになっていた。
人間と艦魂の恋が叶わないというのは、頭では理解しているつもりだった。しかし、自分の気持ちに嘘をつくのはもう限界だった。だから、この作戦が終わったらこの想いを伝えるつもりだった。
その結果が、これだった。艦は轟々と燃え盛る炎に包まれ、味方による救助活動も思うように進んでいない。彼が生きているのか死んでいるのかすら、わからなかった。
朦朧とした頭は、すでに思考するという行為を放棄していた。だから、最初はその声にすら気づいていなかった。
「――き……るづき、照月!」
はっと意識を取り戻したとき、目の前にあった顔を見て涙がこぼれそうになった。
「……し、少尉……! ご……無事で……した……か……」
「無理するな、しゃべらなくていい」
ずっと想い続けた、愛しい人。いつの日か本当の意味で隣に立ちたいと願った相手の姿が、そこにはあった。
「……お願いします……最後……に……私の願いを聞いて……ください……」
「なんだ、なんでも聞いてやるぞッ! だから死ぬな!」
ここまで来て、果たしてこの気持ちを本当に伝えていいのかという疑問が生まれた。艦魂と人間は絶対に結ばれない、その言い伝えは果たして本当なのだろうか。
逡巡して、覚悟を決めた。
「……私は――」
九月の日差しは残暑と呼ぶにはまだ強烈な熱射を有していた。雲一つない青空から降り注ぐ光は、東京湾の海面に反射してきらきらと輝いている。
そんな穏やかな波に揺すられるとある艦は、つい最近就役したばかりの最新鋭艦だった。
「護衛艦『てるづき』機関科勤務を命ぜられ、本日着任しました!」
とある若い士官が、この最新鋭護衛艦に着任したのだ。すらりとした身長と非に焼けた健康的な肌を持つ、なかなかの好青年だった。
別の士官とともに、この新しい艦内を見て回ることになった。二人は機関室を出る。
その時、一人の女性士官とすれ違った。なんとなく、青年士官は振り返る。
彼女もまた、こちらを振り向いていた。
「……私は、来世でもう一度少尉に逢いたいです。そして、今度こそ、この気持ちを伝えます!」