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黄色の部屋 その2

先程の続きになります。

休憩前の内容をお忘れでしたら、前のページにどうぞ。

 ごゆっくりお休みになられましたか? では、先程の続きをお話致します。


 社長は、私の事を思い浮かべた時、ご自身とは縁もゆかりも無い容姿を浮かべた様でございます。

 濃いグレーの体のラインに合わせたジャケットに、揃いの膝上タイトスカート、高すぎない黒の3.5㎝ヒール、髪は肩に掛からないストレートボブ、もちろん黒髪、黒い瞳、色白で桜色の唇、ぽんきゅぽんなるボディー。女性の恐らく平均的身長。

 私自身はへのへのもへじの方が良かったのでは? と思っておりますが、ここにお見えになられる方の中には、対応に困る方もいらしゃいまして。


 申し訳ございません。たった今、どなたか、お見えになられた様でございます。少しお待ちいただけますか? 見学ですか? どうぞ、ご自由に。


「いらしゃいませ。本日はどのようなご用件でいらしゃいますか?」


 いらっしゃったのは、長い巻き毛の金髪に、グレーがかった緑の瞳の190cmはあろうかという背の高い方です。


「やあ。今日は僕の最高の一日になりそうだ。ここで、僕の華麗なる恋愛物語を、是非とも書いてもらおうじゃないかと思ってね」


「大変申し訳ございません。弊社の社長は、恋愛物は、書くことが出来ないと申しております。書けそうな方のところに行かれるのが一番かと存じます」


 婉曲にお帰りを促します。このようなPRをなさる方は珍しくありません。


「つれないなあ。この僕が、せっかく来てあげたのに。どうしてもだめなのかい? べつに恋愛じゃなくてもファンタジーなんかもいいな。コメディーは、僕には似合わないな。君も、そう思うだろ? っていうか、君、中々イケてるね。どう? 僕と情熱的な恋をしようじゃないか」


 そう、おっしゃいますと同時に、どこからともなく出した深紅の薔薇の花束を、わざわざ片方の膝をついて、こちらに向かって突き出されました。


「大変失礼ですが、お客様は恋愛物を書いて欲しくて、ここにお見えなられたのですよね。恋愛をなさりに来たのではなく」


「細かい事は、どうでもいいよ。僕の心は、君に撃ち抜かれたんだから」


「申し訳ございませんが、どうぞ、お帰り下さいませ」


「君だって、まんざらでもないんだろう? わかってるって。仕事いつまで? そんなに冷たい目で見られると、ますます口説きたくなるね。クールビューティな君と、ホットイケメンな僕。ピッタリじゃないか」


 もはや、あの部屋しかありません。このような、大いなる勘違いをなさる方の為の部屋もちゃんとございます。ここで、一番使用される、大きな部屋でございます。


「では、どうぞこちらへ」


 全身を舐められている様な、不快な視線を背後から感じながら、黄色の扉を開け、中へと促します。


「へえ。じゃあ、ここで待っているよ。愛しい人」


 私は無言で扉を閉めました。



 ここの扉は、何をもってしても、内側からは絶対に開かなくなっており、中の方は、強制的に排出されます。二度と現れない様に、何もかも消える仕様になっております。

 残酷ですか? 私は社長が、この部屋を作られるのが、この会社の大きな目的であったと思っております。


 ここにいらしゃるほどの、存在感を持っている方は、それ程多くありません。誰も彼もが、強い存在感を持っておりましたら、人間は壊れてしまいます。脳内の望んでもいない存在に振り回され、日常生活を送るのは、困難を窮めます。ですから、何かを考えた途端に、現れる事はまずありません。


 しかし、社長が無防備な状態、つまり睡眠時とか、作業をされていてもそれ程集中していない時ですが、そのような時に先程の方の様な、PRに来られる程の存在が現れてしまうようです。

 何故来られるのか、一体どこから来られるのかは、現時点で解明出来ておりません。それだけ、人間の脳というのは複雑なものなのでしょう。


 私自身は、社長が望まれここに存在しております。残ね……いえ、有り難い事に。しかし望まれない存在も数多く存在してしまうのです。ですから一見残酷に見える対応が、必要不可欠なのは、わかっていただけましたでしょうか。社長が、人間として、また作品を書く為にも、私は正しいと思っております。


 でもご安心下さい。ほとんどの方は、社長が、書けないとわかった時点で、他の作者様の所に行かれる様でございます。 


 自分の目的も忘れて、私自身の容姿に捕われる様な人物に、魅力的な物語を語れるとは社長のみならず、私にも思えません。

 このような容姿にされたのは、一種のバロメーターかもしれませんね。私自身は、あまり嬉しくありませんが。はっきり申し上げて迷わ……


『なんか言ってる? 綺麗で優しいお姉さんにしたんだから、文句は言わない!』


 ……失礼致しました。ご心配いただきありがとうございます。ええ、大丈夫でございます。〈黄色の部屋〉の役割は、ご理解いただけましたでしょうか。


 本日は、長い間お付き合い下さいまして、誠にありがとうございました。


はあ~。一体、どこから現れるやら。あの勘違い男! 社長も私も、ああいうのは大っ嫌いだっていうのに。ああもう、気持ち悪いったらないわ~。大体面倒だからって、何もかも押し付ける社長ってどうなのよ。


…………ま、まだいらしたんですか。大変失礼致しました。あの、どうぞ忘れて下さいませ。

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