第八回 腹の虫が治まらないから、復讐しよう!
★★
そうだ、復讐しよう!
わたしは復讐しようと思う。
青鳥真坂に復讐しようと思う。
理由はそう、食べ物の恨みだ。
いままで、食事はカレーのみだった。
青鳥真坂はカレーしか作れない、しかもあんまり美味しくない。わたしが作ろうとしても、変なプライドを持つ彼は決してわたしに料理させることはなかった。
『どうせ尾張ちゃんに料理はできない』とでも言いたげだ。
足りない栄養素は、サプリメントで補う毎日。
本当に味気ない食事だった。メシまずは罪なのだと、思い知らされた。
この恨み、晴らさずおくべきか。
その約束の日は今日だった。
青鳥さんは今日、ティオナのところへ出かけている。
帰ってきた時がチャンスだ。
かならず仕留める。
「先生のうち、あんまり入りたくねーな」
「別に変なことしないよ、たぶん」
「その予防線引くところが信用できねーんだよなホント」
―――二人が、家の前に来た。
「ただいま尾張ちゃん、ティオナも連れてきたよ」
「チィース、遊びに来たぜいな子!」
そして、扉を開けた瞬間に攻撃を仕掛ける。
匂いの爆弾で、ふたりに襲い掛かった。
―――おかえりなさい、と言った直後、鍋の蓋を開けた。
換気した部屋の中に、その香りは一気に充満する。
「な、先生、部屋からめっちゃいい匂いがする!」
「これはカレーと、バターが焼けた臭い……まさか、尾張ちゃんが、料理してる!?」
ふたりは玄関で立ち尽くしていた。
―――計画通り。
この時点で二人は、お腹が減っている状態だ。そうなるように仕向けた。
わたしに促されて、二人は食事の準備をする。
手を洗い、席につくころには準備ができていた。
一枚の皿とカレールーを入れる容器。
魔法のランプみたいなルーの容器とお玉があれば完ぺきだったけど、用意できなかったのでいつもカレーを入れてる木製のお碗を代用した。
見た目は庶民、とても店で出せるレベルじゃない。
「楽しみだね、尾張ちゃんのカレー。僕のとどっちが美味しいかな」
「いや、先生。あたしカレーってどうにも苦手なんだよね。食べた後、口がカレー臭くなるし、歯磨いたら茶色いの付くし、いや美味しいんだけどさ」
「カレーの匂いを気にするティオナちゃん、可愛いよ」
「可愛いって言えばなに言ってもいいと思うなよボケ先生ッ!」
照れ隠しに机の上にある、使い捨てのフォークが飛んだ。
この二人を見ていると、喧嘩するほど仲がいいというのは真実なのだと気づかされる。
―――わたしは、カレーの入った鍋と、窯から取り出した『主役』を取り出した。
「『チキンカレー』と『ナン』を作りました」
二人はそれぞれのリアクションを取る。
青鳥真坂は拍手をしながら盛り上がった。
ティオナは疑問符を浮かべた複雑な表情をしていた。
「なあアオトリ先生、『なん』ってなに?」
ティオナは首をかしげる。
当然といえば当然、当たり前といえば当たり前だ。
ティオナが『ナン』を知ってる方がおかしい。そもそも『ナン』自体が日本人であるわたしも詳しく知らないのだ。
「簡単に言えば、異世界のパンだよ。カレーに付けて食べるんだ」
「異世界のパンなのか! あたしパン好きなんだよなあ!」
「いや、パンの親戚ってだけで、パンじゃないかも。包丁と片手剣ぐらい違うかもね」
「まあ、なんにせよ楽しみだ。世話かけるな、いな子」
わたしは二人の皿に熱々のナンを入れる。
こんがり焼け目が付いた、食パン程度に伸ばした丸いナン。
ティオナと青鳥さんはそれぞれ感想を述べる。
「いやこれを驚かずにいられるかい? おうちで、ナンが食べられるんだよ。って言うか僕ナンなんて食べるの生まれて初めてなんだよ」
「あ、あたしだって初めてだよ。やべ、手が震えてきた」
二人は同時に齧る。
「ん」
「お」
一言唸った後の沈黙、そこからくる評価の高低差は段違いだ。
しかし、わたしの考えはどうやら杞憂のようだ。
顔にそう書いてあった。
「「―――ぅんまい!」」
ふたりで口をそろえて言う。
よかった、とホッと胸をなでおろした。
青鳥さんは、立ち上がる。
「なにこれ! 外はパリッとしてるのに、中はめちゃくちゃ柔らかくって、飲み込んだあとも甘い痺れが続いてる、カレーもだ。僕が作ってたものとはまるで別物だこれ、なんだよ、この新食感! 尾張ちゃんすげえよ! ナンすげえええ!」
――よかった、と胸をなでおろす。
青鳥さんのカレーとは、一味違う。
もっとも、カレーのルーは青鳥さんの使っている据え置きのものを使っているので大して変わらない。違うとすれば鶏がらスープに近いエキス(異世界のものなのでよく知らない)をベースに味付けをしているのと、火の通りにくいジャガイモとニンジンをじっくり煮込んだぐらいだ。
先生は面倒くさがりだから、下味を疎かにするのは知っていた。
だからこの勝利は必然だった。
―――ただ、問題は『主役』の方にあった。
「『ナン』ってこんなに美味しい食べ物だったんだね、知らなかった」
「でも、これは本物じゃないんですよ」
「え?」
「実はこのナン、偽物なんです」
いまいち呑み込めていない青鳥さん。
わたしは少しでもわかりやすく、説明する。
「本物のナンは、酵母を混ぜて発酵させた後、鉄板で焼きます。でもわたしの作ったナンは発酵させてない紛い物なんですよ、酵母がどうしても手に入らなかったから、発酵させてもマズくなるだけ。つまりただナンの食感を再現したパンもどき、いわば『ナンもどき』とでもいいますか」
―――だから、本物じゃないんです、と結びを入れる。
なんだよそれ、ガッカリした。
そんな罵倒が、聞こえてくるようだった。言わなければよかった。
照れ隠し? いつもわたしは余計なことをする。
青鳥さんは口を開いた。
「その説明を聞いて、僕はなおさら尾張ちゃんを尊敬したよ」
「……え?」
―――意外だった。
もっと罵られるかと思っていたが、逆に褒めてくれたのだ。
青鳥さんは、さらに続けた。
「現世界では『料理対決番組』やるよね」
「やりますね」
「あれってそんなにすごいかな?」
「どういう意味ですか……?」
「いやね、プロ料理人が高級食材を使って旨い料理を振る舞う番組だけど、それって当たり前だよね。ぜんぶ一流なんだもん。うまいもんができない方がおかしい。うまくて当たり前のものを作り、そして食べる。みんな凄いスゴいって褒めるけど、僕はすごくて当たり前だと思うんだ」
「……まあ、一理ありますね」
「逆に尾張ちゃんの場合、素人のキミが、どこにでもある食材を使って、プロ顔負けの美味しい料理ができるんだ、これはどんでもないことだよ。センスがある。感性だね。とにかく僕は尾張ちゃんのことを心底すごいって思ったよ」
「いえ、そんなことは……」
「もっと自信を持っていいよ。加えて僕のカレー好きとティオナのパン好きをあらかじめリサーチしたうえでの『ナン』というチョイス、さらに僕に金をせびることなく自腹で振る舞おうとする心根、どれも素晴らしい、最高だ」
―――べた褒めだった。
ここまで褒められると、流石に恥ずかしくなる。
照れていると、さっきから一言もしゃべらない人がいることに気付いた。
「なあ、ティオナちゃん……ってティオナちゃん?! なんで泣いてるの?」
ティオナは泣いていた。
黙って泣きながら、カレーの付いたナンを噛んでいたのだ。
「あ、いや、あたしって、こんなうまいもんいままで食ったことなくって、いな子たちの世界の料理、こんなに美味しいんだな、なんつーか、血が通ってるっていうのかな。普通に感動して、ちょっと涙が出ちまっただけ、なんかゴメン」
「ティオナ……」
「もうあたしのとこへ――に来いよ」
肝心なところが、小声過ぎて聞こえなかった。
「え? いまなんて?」
「あ、いや、なんでもないよ、なんでもない」
この日の夕食は楽しかった。
青鳥さんもティオナも、そしてわたしも満足する結果で終わる。
ただ、青鳥さんがしきりに『愛』について語り始めた原因をこの時は知る由もなかった。
★☆
すべてを終え、後片付けに入る。
そこで、今日の復讐を遂げようと口を開いた。
「と、とにかくこれで認めてもらえますね?」
「なにをだい?」
「わたしは、料理ができるんです。子どもに見えますけど、料理はできるんです。できるなら毎食わたしが作る権利が欲しいんですよ」
「え、なに、作ってくれるの? いや助かるなあ」
「……え、いいんですか?」
「……? むしろこっちからお願いしたいね」
意外だった、てっきりいつものようにわたしの申し出を鼻で笑うのかと。
しかし、あっさりOKが出たのだ。
「僕は尾張ちゃんに自分のことに集中してほしかったから、僕が作ってたんだよ。でもまさかそれこそストレスの元凶になっていたとは申し訳ない。謝るよ。ゴメンね」
―――わたしがちゃんと聞かなかったのが原因だ。
八方美人。
尾張いな子の欠点、だれにでもいい顔で見られたいから。
わたしは青鳥真坂に『参った、流石だよ』と言わせれば勝ちだと思っていたのに、なんだか負けた気がした。わたしの思っていたことは全部、ただの被害妄想、べつに青鳥さんは意地悪していたわけじゃなかったのだ。
人は話し合えるのに、勝手に思い込んだのだ。
わたしの復讐の方こそ、なんて味気ないものだろう。
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