第三話 ありそうでなかった、『逆ダイエット』の法則
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私たちは、青鳥真坂診療所にいる。
異世界迷宮の近くにある自然に囲まれたエリアに青鳥真坂さんの家はポツンと建っていた。異世界っぽいファンタスティックなデザインの内装とだけ言っておこう。
「遅れて申し訳ない。初めまして青鳥真坂。職業はお医者さんだ。よろしくね」
「あの、質問いいですか?」
「ん、なんでもいいよ」
「さっきのアレは、なんですか?」
人心牛頭の怪物。
タウロスと呼ばれるあの生物の事だ。
「あれは獣人族、タウロス。雄牛って意味なんだけど、ギリシャ神話に出てくる魔獣、ミノタウロスの親戚だよ」
「……ミノタウロスって初めてみました」
「違う違う、あれは『ミヌタウロス』って言うんだよ」
「ミヌタウロス?」
「タウロスにも五種類あってね。二角獣のミナ、ミニ、三本角のミヌ、四本角のミネ、そして巨大な一本角のミノ、さっきのタウロスは三本角があったからミヌタウロスだ」
「あれ、でも角は二本しかなかったような気がします」
「一本は鼻筋に通っているから、額中の一本と眉間に一本ずつある。横顔がちょうど『ヌ』の形に見えるんだよ。だからミヌタウロスってわけよ」
「ミノタウロスとどっちが強いですか?」
「もちろん、ミノに決まってるよ。なんたって伝説上の怪物名だからね。格が違うよ、角の本数的な意味でもね」
「……聞かなきゃよかったとすこし後悔しています」
あれより危険な生物がいるのか。
あの咆哮より恐ろしい相手がいるのだと考えるだけで身がすくむ。今もなお視界の外から身体をガッシリと掴まれないか心配になるほどである。
軽いトラウマを植え付けられてしまった。
願わくば、もう二度とあんな目に遭いたくない。
「怖かったろうね、わかるよ。でもあのミヌタウロスは人を捕食したりしない大人しい奴なんだ。年に数回だけ女子供を拉致する程度の危険しかない謙虚なやつなんだよ」
「拉致する……? 被害が出てるじゃないですかそれ」
「彼らにとって人間は……猫や犬みたいな存在かな? 可愛い猫がいると触りたくなるでしょ? 首輪を着けて飼いたくなるよね? それと一緒だよ、つまり尾張ちゃんが気に入ったからお持ち帰りしようとしただけなんだ」
「……お持ち帰り」
―――猫や犬と一緒の扱い、か。
たしかにわたしは、ミヌタウロスに似たような感情を抱いたことがあったけれど、相手も同じ風に見ていたなんて思わなかった。案外現世界の猫や犬も話せないだけで同じ風に見てるのかもしれない。人間に飼われている振りをして、逆に飼っているのかもしれない。
―――ケモノに好かれるなんて、いよいよ人間失格か。
「初めて異世界へ来た感想はどうだい?」
「……身の危険を感じます」
「心配いらないよ、僕がいるから大丈夫だからね、安心して」
青鳥真坂さんは笑う。
たしかに、この人はかなり強い。さっきのミヌタウロスに対して冷静すぎる手際、一連の動作に一切の迷いがなく、経験と実力ともに桁違いなのは素人目でも明らかだ。
しかしなぜだろう。
わたしはこの先生が怖くて仕方ない。
「青鳥先生は見かけによらず力持ちなんですね」
「ん……?」
「あんなおっきな化物を、片手であしらうなんてすごいです」
「そりゃもう、鍛えてるからねおじさん」
腕をまくって二の腕に力を込める先生。
どこが鍛えているのだろうか。
二の腕の影で太さを誤魔化す親指まで、細いではないか。
どこにあれだけのパワーがあるのか、それともこの人もさっきのタウロスのように異世界的な存在なのだろうか。常識外の住人なのだろうか。
考えるだけ、謎が謎を生むばかりだ。
―――パチン、と弾ける音に目が覚める。
青鳥は仕切りなおすように、手を叩いた、らしい。
「そんなことより、ちゃんと説明しないとね。尾張ちゃんの病気」
そういえば忘れていた、ここへ来た目的。
青鳥真坂さんに診てもらうために来たんだった。
「あ、はい。よろしくお願いします」
「ベテラン先生から話は聞いているから、なるべく手短に言うよ」
青鳥真坂は、深く息を吐く。
まるでこれから、深い海へ潜るかのようだった。
青鳥さんの言葉は、それほど深いものだったわけだ。
「尾張ちゃんはいま―――まじなわれいる」
「まじな……え?」
聞きなれない言葉である。
まじなわれる……? マジな割れる?
青鳥さんは、説明を付け加えた。
「現代医学で解明できない病、いわゆる『未知の病』、『不治の病』は、『呪う』と呼ぶんだ。つまりは『呪い』のことだよ。いきなり『あなた、呪われていますよ』なんて言われたら精神的にしんどいでしょ? だから『まじなわれる』って説明してお茶を濁すわけだよ」
「ああ、おまじないの方ですか」
「そうそう、言いにくいなら呪いで全然オッケーだからね」
青鳥さんは笑顔で言う。
たしかに呪いという響きは重たい。
それにまじなう、は『恋愛のおまじない』なんかの影響かそれほど酷いイメージがないのが助かった。俗に言う隠語というやつだが、青鳥先生のちゃんとわたしのことを気遣っている気はひしひしと伝わってくる。
まあ、それでも小さくなった現実は変わらない。
わたしは青鳥先生に続きを促した。
「―――鳴かず飛ばずの呪い」
青鳥真坂は、ハスキーボイスで言う。
「君の姿を、在りし日の九歳児に戻した現象の名前さ」
鳴かず飛ばず――なにも活躍しない様。
それが今の、九歳児にまで退行したわたしの正体。
「身体が縮んでしまう呪いはいくつかあるけれど、君の場合はコレだろうね。決して目立つことなく、ある一定の年齢にまで容姿が戻る。そしてなにをやってもうまくいかない」
「……すごい、たしかにそうです」
わたしの見ていないところまで、言い当ててみせた。
―――この人、青鳥真坂は本物だ。
他の医師と違い、はぐらかすことなくまっすぐと私をみている。
この人なら、あるいは治してくれるかもしれない。
「……青鳥さんは原因がわかるんですか」
「もちろんさ、これでも異世界最強のお医者さんだからね。けど……」
―――その前に確認したい事があるんだ、ともったいぶる。
青鳥真坂は、わたしの身体を舐めるように見た。
「ちょっと尾張ちゃんの呪いの大きさを見てみたいんだよ」
「え、大きさ……ですか」
「呪いにエネルギーは『ストレス』だ。ストレスが溜まるほど強力な呪いを生む。魔力が貯まれば強力な魔法が使える剣と魔法のファンタジーと一緒でね。そしてこの異世界では、『ストレス』の多寡で呪いのデカさが決まるんだ」
「ストレスの多さなんて、どうやってわかるんですか?」
「呪われた人間の想いだよ」
「え……?」
「ヤンデレ彼女は重たいってことさ」
意味がわからない。
ヤンデレと重さになんの関係があるのか……?
「まあ、騙されたと思って、コレに乗ってくれるかな」
出されたのは、白くて薄いプラスチックの板切れだった。
タブレットに似ているけれど、厚さがない。ぐにゃりと曲がってしまう白い板は折りたたむこともできるほど柔軟であり、持ち運びにも便利そうだった。近未来的デザインは魔法のイメージからかけ離れている。
「これは何ですか?」
「体重計だよ。鳴かず飛ばずの呪いを調べるには必要不可欠なんだ」
「……」
まあ、当然だろう。
身体が縮んだのなら、真っ先に気になるのがそのあたりだ。
「それと、尾張ちゃんに聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「いやな予感がします」
「身体が縮む前の、『身長』と『体重』を教えてくれないか?」
「……」
「どうしても重要なんだよ、これが済まきゃ話が進まないんだって」
非常に答えにくい質問だった。
わたしはスタイルに自信はない。
今のわたしとは別の意味で、スタイルに自信がない。
「身長は160センチで……その、体重は……」
青鳥さんの耳元でささやく。
「標準体重範囲内、ギリギリセーフだ」
「え、やっぱりわたしって太り気味なんですか?」
「あ、いや普通だよ。うん普通普通」
「いっそのこと……はっきりとおっしゃってください」
「肥満じゃない、まったくもっておデブさんじゃないよホント」
「……本当ですか、信じますよ?」
「ぐぐ、こんな健気な子に『もうほとんど肥満だよ』だなんてとても言えん」
「うあああああああ―――――ん」
青鳥さんの小声、心の声はわたしの胸を突き刺す。
わたしに聞こえないよう、青鳥さんの気遣いが逆に威力を増大させた。
―――やはり死ぬしかない!
どうすれば楽に死ねるか聞こうとして、機械からアラーム音が流れる。
「よーし、検査終了だ」
「なにが始まるんですか?」
「呪いの結果だよ、これはキミが持ってる体重だ」
恐る恐るめ目を開ける。
わたしの体重がデジタルに表示されていた。
―――お、なんだ。知らない間に痩せ……て?
わたしは目を疑った。
体重が桁違いに上がっていたからだ。
「ひ、ひひひひゃくごじゅういちキロっっっ―――――?!」
百五十一キロ! まさかの0,1トン超え!
二リットルペットボトル75本分。六本入り段ボールで換算して約十二箱分。
わたしの体重は、おかしい。
★☆
「うそ、わたし、ヒグマ並に重たいんですか?」
「大丈夫、だいじょうぶだから」
「青鳥さん、わたしの容量はもう限界です」
「結論からいうと嘘みたいなもんさ」
青鳥真坂は言う。
「そもそも、150キロなんてワガママバディだったら普通に生活できないだろう? 家の床が抜けないにしろ軋んで揺れて大変だ。尾張ちゃんはもとより周りが気付くさ」
「た、確かに……ではこれって……」
「『潜在重量』って書いてあるだろう? キミの中に眠る重さのことだよ」
「重さが……眠る?」
「そう、いまは重さを忘れている状態、本当は重たいんだけど、世界が物理法則の壁を越えて、無視できるんだ。それがこの異世界でのルールだよ」
言ってることがぶっ飛びすぎてわからない。
重さを忘れる? 魔法?
「いま必要なのは理解じゃない。事実の把握だよ、この異世界ではサイズの大きさなんて強さの指標にならない。小さくっても重くなれるからね」
「……」
「これがまじなわれたものが背負う重さってやつさ」
呪われたものは重くなる―――それが、この異世界での法則。
「つまり、この体重を起こさないようにするには呪いを解くしかない」
」
「わたしの呪い、治るんでしょうか?」
「治るよ、絶対に治る」
先生は言い切る。断言した。
いままで受信したどの先生にもない、強い自信がある。
「大事なのは尾張ちゃんの気持ちだ」
「……気持ち、ですか?」
「キミの呪いは僕がなんとかする。だから安心して」
この一言で、すべて救われた気がした。
ずっと病院をたらいまわし。どこの医者も、決して言ってくれなかった。
安心していいと、絶対に治ると言ってくれた。
―――ならちょっとは頼ってもいいのかな?
そんな気持ちが、わたしの胸をよぎる。
「いまの僕、ちょっとカッコよくなかったかい」
わたしは苦笑いで返す。
その一言さえなければ、すごくかっこよかったかもしれない。
★★




