着替えと落し物、あと痛みからの脱却
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ぬぅは服を用意してくれた。
原始人が来ているような、毛皮の服である。
ヒョウ柄、へそだしルックではあるものの、とても動きやすくてあったかい。サイズもわたしにピッタリのものを持ってきてくれたらしい。
本当にぬぅは気が効く。
せっかくなのでわたしはすぐに着替えることにした。
―――むう、露出が多いなこれ。
まあぺったんこの胸だし、足が出ているので動きやすいから逃げる時なんかは有利かもしれない。防御力は低そうだけれど、保温性が高いから丁度良い着心地だった。
水浴びで濡れた身体は、洞窟の暖かい空気と風のおかげで数分と立たずに乾いた。軟水なので少し粘り気があるけれど、その感覚もやがては慣れるだろう。
ぬぅはまた、寝転がっていた。
しかも地べたである。草のベッドで寝ればいいのに。
「この服、ありがとうね」
一応お礼を言っておく。
ぬぅはむくりと気だるそうに起き上がる。
ゆっくり近づいてくる彼は返事の代わりにあるものを差し出してきた。
―――それは白黒の二重槍、『モノクロ二ウムの槍』である。
「あ、槍。わざわざ拾いに行ってくれたの?」
今の今まで忘れていた。クレア姫に強烈なハグをされたあの時に、落としてしまったのだ。そのまま回収する暇もなく、ぬぅに助けてもらったのだった。
あのボス部屋まで戻ったのかな。
よく見ると、脱ぎ捨てた上着も持ってきてくれた。
本当に気が利く。わたしがこの恰好を嫌がったときのために持ってきてくれたのだろう。
槍と上着、どちらも喜んで受け取った。
そして、間近だからこそわかることがある。
ぬぅの顔から、水色の血が滴っていた。
顔から血が滴り落ちているのである。
「ぬう……! 怪我してるの?」
ぬうは答えない。尻尾もふらない。
どうやら瞼を切っているようだ。
なんとかしてあげたい、と純粋に思った。
「あ! そうだ! わたしいいもの持ってるから。ちょっと待って!」
腰に付いたポーチから救急キットを取り出す。
その中に青鳥特製の『消毒液』
この世界では『回復薬』に近い扱いである。飲んでも効くし塗ってもいい代物。青鳥さんに渡されたものは、文句なしの一級品である。
わたしはほとんど無傷だったから、必要のないものだ。
――ぬぅの身体に効けばいいけど。
ぬぅは逃げるように飛びのいた。
痛いのだろう。いきなり沁みることをされたら驚いたのか。
「すこしだけ我慢してね、化膿したら大変だから」
ぬぅはなかなかいう事を聞かなかった。
昔嫌がる猫の身体を洗ったことがあったけれど、体格がこうまで違うとかなり難しい。暴れたら止めて、また寝転がったら消毒しての繰り返しでなんとか傷口を綺麗にする。
しばらくして、ぜんぶの切り傷を殺菌することに成功した。
大仕事である。終わったころにはすっかり疲れていた。それでも、ぬぅの傷からの出血はみるみる収まり、これで化膿する心配もなくなった。
「お返しってわけじゃないけど、ほんの気持ち」
―――聞こえてないのに、なに言ってるんだろう。
そう思った矢先、ぬぅはわたしに顔を寄せてくる。
ぬうはわたしの顔を舐めた。
ざらざらとした舌の感触、厚手のタオルにそっくりだ。
感謝のつもりなのだろうか。こうして舐められるには初めて会った日以来だ。
とにかく嬉しい。やってよかった。
心からそう思える。
この穏やかな気持ちはなんだろう。
その正体を知るころは、すべて後の祭りになったからだった。
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