異世界迷宮のオアシス、一晩だけお邪魔します。
☆
目を覚ますと、そこは洞窟の中だった。
お日様の香り、干した草の匂いが身体全体を包んでいる。あたりを見渡すと、すぐにここがミヌタウロスの寝床ということがわかった。草の上で寝る日が来るとは、身体が縮んでから想像すらできなかったが思ったより快適だった。
質素ではあるが、居心地のいい空間。
洞窟のなかは光る苔が生えていた。
そして、彼は少し離れたところで横になっている。
まさにテレビを見ながら寝転がる親父のように。
―――耳をパタパタさせてる。かわいい。
会話はない。いや言葉が通じないんだっけ。
苦しい沈黙が続いた。
「喉乾いたなぁ……」
そういえば迷宮入りしてから動きっぱなしだった。シャツ一枚なので熱くはないけど汗で身体がペタペタなのは気がめいる。
すると、ミヌタウロスは起き上がる。
そして、わたしに付いてこいと言わんばかりの熱視線を送ってきた。
―――わたしを呼んでいる?
とにかく、ミヌタウロスの後ろへと付いていく。
いくつか洞窟の分岐点を通り過ぎ、そしてまばゆい場所へとたどり着く。
綺麗な水の湧く泉だった。
スカイブルーに染まる澄んだ水、と濃厚な水の香り。すぐに服を脱いで泳げそうなほどの透明度だった。そして、ミヌタウロスがまるで毒見をするかのように、泉の水を一口だけ飲むと出口へと歩いていく。
―――わたしが喉が渇いたと言ったから連れてきてくれたのかな?
これはもしかして、もしかするかもしれない。
「あなた、わたしの言ってることがわかるの?」
ミヌタウロスは目をパチクリさせる。
どうやら、リアクションやら身体の動作、反応を見て判断しているようだ。ほんとうに犬猫と似ている、わたしたちも猫犬がなんとなく何をしてほしいかわかるように、彼らにもだいたいわたしが何を言っているのかわかるのだろう。
少なくとも敵ではない。
それどころか、下手な人間より紳士的だった。
わたしは彼とコミュニケーションを取ることにした。
「あなた、名前はあるの?」
彼は耳をパタパタするだけで答えない。
まあ予想はしてたけど、話しかけることは無意味じゃない。
猫犬も、自分の名前は覚えているのだから。
「じゃあ、『ぬう』って呼んでいい? 鳴き声がぬーって聞こえるし、ミヌタウロスって名前の中にも『ヌ』って入ってるから、ね? いいでしょ?」
ミヌタウロスは一度だけ『ぬー』と唸って応える。
怒っていないようなので、とりあえずいいのだろう。いつまでもミヌタウロスでは、同種類のミヌタウロスが出てきた時に区別がつかないから。あまりにごつい見た目なのでひらがなで『ぬう』にすることにした。
わたしの話を聞いた後、ぬうは姿を消す。
その間に、わたしは手を水で洗った。
―――ほんのり温かい。
水を浴びるのにも、飲むにも丁度良い水温である。湧いた水はプールのように貯まり、地下水として滞留している。これは異世界迷宮の大切な水資源として重宝されるであろう。
まさに快適空間。
天然のプールではないか。
わたしは、手ですくった水を喉を鳴らして飲んだ。
水分の一滴一滴が身体の隅々まで行き渡る。熱く火照った身体には最高のご褒美だ。
―――美味い。
お腹がたぷたぷになるほど飲んだ。
そして水浴びを終えた後、ぬうが入ってきた。
わたしはすっぽんぽんだったので、水に浸かって身体を隠す。
近づいてくるぬうの手には見覚えのあるものが乗っていた。
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