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殺されても文句が言えない立場、わかりますか?

 ☆☆☆



 ミノタウロスは武器を大きく振りかぶった。

 黒曜石の戦斧―――モノを切ることで切れ味を増していき、研ぐことを必要としない黒光りの刃が顔をのぞかせる。一発もらえば即あの世行きだということは容易にイメージできた。

 さらに大型動物の名に相応しい極太の腕が、恐ろしさを際立たせる。

 怪物、ミノタウロスは健在だった。

 クレア姫の間合いと、ミノタウロスの制空圏が接触する。

 抜刀と同時に、大宝剣・クナギの切っ先が激しくぶつかりあった。

 まったくの互角。お互いの剣先を弾き合いながら火花を生む。ミノタウロス同様、クレア姫はよろけ、とても追撃できたものではない。しかし魔法の言葉で追撃をかける。


「ヒット!」

 そのわずかな隙、刹那の怯みを見計らって二名の兵たちが懐へ飛び込んだ。

 迷いのない、恐怖を押し殺した二人はバランスを崩したミノタウロスに切り込む。

 ふたりは足を集中攻撃されて、のけ反る。

 そして、ミノタウロスが尻餅をついた。

 続く連撃をかけようか、一瞬だけ迷う。

 それを見透かしたかのように、姫はまた声を上げた。


「アウェイ!」

 兵士たちは一斉に後退する。

 遅れてミノタウロスの薙ぎ払いが彼らのいた場所を空振りする。絶妙なまでのタイミング、コンビネーションと呼ぶに相応しい戦闘風景は手に汗握るものがあった。

 ヒット&アウェイ。

 遠からず近すぎない距離をキープする技術、一方的な展開を可能とする戦法である。言うほど簡単ではない信頼関係と経験がものをいう。

 わたしにはどちらもない。

 彼女らの勇姿に、ただ見惚れていた。

 そして、じりじりと差は広がっていく。

 ―――これは、勝てるかもしれない。

 脳裏に勝利の兆しがよぎる。

 そんな時期が、わたしにもありました。


 ★☆☆


 ミノタウロスは興奮していた。

 一方的に押されている現状に滾りを覚えたのか、はたまた彼らとの戦闘が本能を刺激したのかはわからない。呼吸は荒れ、目は血走り、まさに魔物らしい表情を浮かべる。

 鳴き声も牛のモノではなく、化物のものだ。

 ミノタウロスの動きがおかしい。

 両手で握っていた黒曜石の戦斧を片手に持つ。そしてもう一本、投げ斧を左手に持った。


 双戦斧。大戦斧、小戦斧の長さが絶妙にマッチしていた。

 戦慄が、パーティ全体を貫く。

 次の攻撃が、戦い方がまるでイメージできない。あの二本目の投げ斧に底知れぬ恐怖を感じていた。そして直接対峙する彼女らの衝撃はわたしなんかよりもずっと大きいだろうことは想像に難くない。


 動いたのは、ミノタウロスが先だった。

 突進、重量に任せて振り下ろされる大戦斧がクレア姫の頭部を狙う。読み通りだった攻撃を、まるで未来を見通すかのようなタイミングの速さでガードした。受け止めることはせず、回転によって威力を逸らし、ミノタウロスの隙をつくる。

 しかし、待っていたのは左の小戦斧だった。

 まるで撫でるかのように、姫の脇を薙ぐ。

 当てるだけだが、クレア姫の身体は地べたに這いつくばった。


「姫騎士様ッ!」

 二人の兵士が彼女の下へと駆け寄る。忠義、長いこと姫のもとで仕えたであろう二人の兵士はほぼ反射的に姫の救護へと走る。否定しようのない感情、強くなればなるほど強くなる『守りたい』と思う気持ちが仇となった。

 ミノタウロスは、無防備な二人を屠る。

 最初の一撃で近くの一人、返す刃でもうひとりを始末した。

 あっという間の出来事、遺言もなかった。

 あまりの一方的逆転劇に、言葉を失う。


「……ジャック、クラウン」

 やられた兵士たちの名前だろう、クレア姫は彼らの名前を呼んで立ち上がる。脇を抉られた、もうまともに大宝剣を振るう事もできないであろう彼女が立ち上がった。

 それでも、大宝剣を放さないあたり、流石とも言える。

 だが、勝負はみえていた。

 もうさっきの二人はいない。手傷を負った。

 このままでは、クレア姫は死ぬ。

 判り切っていたことだ。


「死ぬまで戦えッ!」

 姫が吠える、背中越しにわたしへと言う。


「死ぬまで戦えッ! 死ぬまで戦えッ! 死ぬまで死ぬまで死ぬまでの辛抱だ」

 狂ったように、姫は言う。

 わたしの深層心理に問いかけるような、呪文のようだった。


 クレア姫の咆哮が轟く。

 振りかざす黄金の輝きはミノタウロスの大戦斧とぶつかり合う。

 弾けた直後に、左の小戦斧が来る。

 クレア姫がさっき喰らったパターン。

 そして、今度は先の一撃より威力がある。まさにこれで最後と言わんばかりの速さにわたしは思わず息を飲んだ。あれがヒットする情景をイメージしてしまっていたのだ。

 しかし、学習するのはクレア姫も同じだった。

 身体を大きく沈める。

 のけ反ったまま、威力を殺すことなく身体をブリッジさせて紙一重で回避した。クレア姫の長い髪がすこしだけ小戦斧に斬り取られたけれど、それだけで済んだ。

 しかし、隠された三本目の凶器が振るわれる。

 タウロスの蹴りが、炸裂する。

 クレア姫の回避をまるで想定していたかのように、蹴りが飛んだ。


「―――ッッ!」

 言葉にならない悲鳴、壁にぶつかる衝撃。

 クレア姫は、壁まですっ飛んだ。

 そして、ミノタウロスは悠々と近づく。

 わたしの前を通過する一瞬だけわたしの方をみた。

 恐怖、、次はお前の番だと言わんばかりだった。

 ただ純粋に、戦うに値しないと思われたのかもしれない。

 とにかく無視された。


「……戦え、死ぬまで……」

 クレア姫は呪文のように唱える。

 血反吐をはき、満身創痍にも関わらずである。

 ミノタウロスは、最後の攻撃を仕掛けた。

 咆哮、せめてもの情けと最上の威力を持った一撃で沈めにかかる。クレア姫は、なんとか大宝剣を握り、戦う意志を見せる。目の前で散った兵士たちのために、自身の誇りを守るために、姫騎士は最後の力を振り絞る。

 大戦斧を受け止めた。

 ―――わたしの中で、呪文が蘇る。

 ―――死ぬまで戦え。死ぬまで。

 ―――だったら、やってやろうじゃないか。


「わたしは……わたしだって……」

 助走をつける。最大最高の一撃をお見舞いするために。

 全力疾走、―った後のことなど考えない。

 理性は弾け飛び、本能は呪文となってわたしの口から吐き出される。




「わたしだって、やればできるんだああああああああああ―――ッつ!」


 無意識に身体が選んだのは跳躍だった。

 心臓を串刺しにするには威力が足りないため、跳ぶことで補う。

 身体全体を回転させることで、さらに威力を上げる。

 そしてわたしは―――モノクロ二ウムの槍を放り投げた。

 ここまで二秒弱、ほとんど刹那の判断で行われた攻撃。

 ミノタウロスは反応してきた。

 振り向きざまに小戦斧を合わせてくる。

 吸い寄せられるように槍先へと向かっていった。

 しかし、二重らせん構造がそれを許さない。

 モノクロ二ウムの槍は、白黒二本の槍が集まって出来ている。つまり二本で一本の槍だ。

 元々二本の、一本槍。

 そして、わたしの意志は槍にも伝わったらしい。

 一本の槍は、分裂する。

 そして小戦斧の刃を掻い潜り、ミノタウロスの胴体に食らいついた。威力は凄まじく、向かいにいるクレア姫を運よく避け、後ろの壁に深々と突き刺さることでようやく止まった。

 ミノタウロスに効いていた。

 おまけに身体を縫い付けられたので身動きが取れない。

 それに気付いたクレア姫は、ミノタウロスの大戦斧を弾いた。


―――無音。そして心臓を突き刺す音だけが響く。

悲鳴もなければ、遺言もない。

ミノタウロスは、心臓を一突きされて絶命した。


★★☆


「よくやってくれた、ありがとう」

 クレア姫はへたりこむわたしの前にいた。

 ボロボロの身体、痛々しい傷跡が脇腹に残っている。

 クレア姫は立膝を付いて、わたしに手を差し伸べた。


「オワリのおかげで、ミノタウロスを倒せたよ」

 クレア姫の後ろを見ると、死んでいた。

 異世界迷宮の魔物が、死んでいた。

 急にわたしの目から、涙が零れてきた。安心したからか、理屈はわからない。さっき弾け飛んだ理性は、なんとか頭を巡らせて答えを出そうと躍起になる。

 そしてようやく気付いた。

 わたしはミノタウロスを殺した。

 つまり狩猟処女を捨てられた。

 そして、殺されても文句が言えない立場になったのだ。



 ★★★


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