第十三回 なぜ、危険を予想できても回避できないのか?
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門をくぐると、すぐに臨戦態勢に入った。
目の前には多数の獣型モンスターが徘徊していたのだ。
いや、待っていたと言っても過言じゃない。
第一陣第二陣を突破されたことによって、本来人類の生活圏である入口付近にまで野生の魔獣は近づいていたのだ。
もちろんこの扉を抜けるためである。
薄暗いなかで、獣たちはわたしたちに目を光らせていた。
「目標、タウロス種の群れ。いずれもステージⅡだ! 遠慮はいらん! 斬って捨てよ!」
クレア姫の宣言に呼応するように、十二人の戦士は一斉に飛びかかった。
わたしはただ、観察することに徹していた。
訂正、ビビッてただけである。
代わりに、十三人のうちトップスリーの武器を観察しようと思う。
まず、お医者さんの青鳥真坂。
青鳥さんは双剣だった。
銀色に輝く楕円形の刃は、手術用のメスを模したものらしい。斬るというよりは重さで叩き付けている方が正しいのだろう。まるでマグロの解体ショーを見ているようだった。
たった一度の動作で、四匹のモンスターを屠る。
まさにダンスを踊っているかのようだ。
青鳥さんを相手に突っ込んでくる獣はいなくなった。
圧倒的なまでの手数を前に無双状態だ。
しかし、いかに強かろうが戦闘には必ず相性がある。
近距離である以上、リーチ外からの攻撃にはどうしようもない。
モンスターたちは、遠距離から投石を開始する。
ただの石つぶて、しかし怪物たちの投げる石ころは立派な凶器だった。
何人かの仲間が、投石を受けてダメージを受けている。
プロの野球選手顔負けのピッチングであった。
投石の弾幕を避けて、風を斬る音が響く
高所から石の雨を降らすモンスターの急所を的確に射抜く弓使いがいた。
赤い総髪、ティオナ。
ティオナの得物は『鉄の長弓』だ。
長い、たぶん私の身長くらいある弓を構え、弦を目いっぱい引く。
シュッと風を斬る音とほぼ同時に、敵が地面に撃墜される音が聞こえた。
―――速い。弦を引いてから射るまでがすごく速い。
それでいて確実に急所を貫通させる技術は圧巻だ。
グリップもしっかり付いており、なにより弓に添える手を防御するエッジまで付いていた。弓を構えながら、盾にもなり、そして弓で殴れるという近接武器も兼ねた逸品である。
ティオナの技術あっての代物だろう。
とてもわたしには真似できない。
そして本命、クレア姫騎士である。
『大宝剣・クナギ』、黄金に輝く刃は近づくモノを寄せ付けない。また、彼女の身体が隠れるほどある幅広の刀身はそのまま防御にも使える代物だった。
なにより破壊力、微振動することによって輝く刃は防御に徹する『武器ごと』切断する。この攻撃力はミノタウロスの皮膚を切断するのに一役買うに違いない。
危なっかしくて近づきたくない。
出来ればクレア姫の間合いに入るのはよそう。
最後にわたし、尾張いな子の槍『モノクロ二ウムの槍』である。
重さだけで凶器となるわたしの槍の真骨頂は、間合いの取りやすさであった。軽くて重いという矛盾を孕んだ槍は防御にも使える。扉を破ろうとする小さな魔物を追い払うことぐらいわけなかった。
いわゆる雑魚專というやつだ。
わたしが雑魚を追い払っている間に、決着はついていた。
勝利の掛け声もなく、あっけない幕引きだった。
「どうやら、待ち伏せしていたモンスターは片付いたわね」
クレア姫の言葉通り、モンスターは全滅だった。
死屍累々、生き残った怪物は一匹もいない。
青鳥さんは、腰にある鞘へと双剣をしまう。
「さすがクレア姫、クナギを使わせたら並ぶものなし、異世界屈指の破壊力だよ。それにティオナちゃん。また腕を上げたね、頼りになるよホント」
活躍したふたりと、残り十人のメンバーひとりひとりを褒めちぎる。
まるでそれが自分の使命であるかのように、青鳥さんは褒めて回った。その効果は絶大で、ギルドメンバーの指揮はわずかながら上がっていく。やはり人間と言うのは認められると嬉しいものなのだ。
―――青鳥さんはちゃんとわかってる。
そして、わたしの方へと来る。
「尾張ちゃんナイスだったよ、初めてなのによく逃げずに戦ってくれた。正直あのミヌタウロスの一件があったから心配してたけど、安心したよ。リーチのある槍を選んだキミの目は間違ってなかったね」
「ありがとうございます」
「あとはまあ、殻を破ることだね」
「殻を破る、ですか?」
「魔獣を殺すことさ、僕もティオナちゃんも姫騎士様も、みんな通ってきた道だ。敵をちゃんと殺せるかなんて普通の生活をしていた尾張ちゃんには考えられないだろう?」
―――生き物を殺す、わたしにできるのだろうか。
虫より大きな生物を殺したことのないわたしにできるのか。
この白黒の槍で、殺すことができるのだろうか。
「なにやら面白そうな話をしてますね」
顔を出したのはクレア姫だった。
あれだけ動いたのに汗ひとつかいていないのはさすがのスタミナである。しかし、呪いの
力がある以上、見た目の重さは関係なかったのだった。
「カラをヤブる? とかなんとか」
「いや実は尾張ちゃんが狩猟処女でね。恥ずかしがってたからアドバイスしてあげたのさ。大丈夫大丈夫、もうすぐ慣れるから」
「ふぅん、ちょっとオワリさん?」
外国人独特の発音。
わたしは、背筋を伸ばして返事をした。
怒られるのか、怒られるのか?
「あなた、とってもステキね」
「……え? あ、ありがとう、ございます」
褒められた。
意外、てっきり怒られるかと思ったのに。
クレア姫は、全員を前にして言う。
「これから先、迷路戦は人数では勝てないわ。だから私たちは二列に並んで前進する。そこで、戦闘はチームに分けて行うことにするから」
「……え? え?」
「各自、二人一組を組んでもらうわ。相性の良さそうなひとを選んでね」
―――うわ出たよ、二人ペア。
好きなもの同士組めと、学校ではよくやるパターン。
友だちの少ないわたしは、何度も苦渋を舐めさせられたものだ。
しかし! 今は違う!
わたしにはティオナがいる。相性も悪くないはずだ!
ティオナの名前を呼ぼうとして、手首をガッシリと掴まれる。
柔らかい手、嫌な予感がする。
わたしは、手の主の顔を見た。
クレア姫だった。
「オワリさん、ぜひ私と組んでくれないかしら?」
―――え、ちょっと、マジですか。
「いや、わたしなんかより青鳥さんの方がいいですよホント」
「私はあなたがいいのよ、ダメかしら」
「……え、あう、えっと」
―――どうしよう、断る理由。
まさか苦手だからなんて直接言えるわけもない。そもそもわたしは他人から積極的に求められることに慣れていないのだ。他人の好意を無碍にするなんてできない。
―――だれか、助けて。
その祈りが届いたのか、ティオナがやってきた。
「おお、いな子。姫様と組むことにしたのか」
「ま、まだ考え中。でもやっぱり合わないかなって」
「大剣と槍か……たしかに間合い的には大差ないなあ」
「でしょ? そうでしょ?」
―――この流れ、いける!
あとはティオナに『わたしと組んで』と半強制的に誘えば完璧だ。
ティオナが誘ってくれるとなお嬉しい。
そんな淡い期待は、もろくも崩れ去る。
「でもあたし、もうペア組んでるからな」
「……え?」
「どうしても断り切れなかったんだ。組まなきゃ死ぬっていうもんだからさ」
―――そうだ、ティオナは友達が多いんだ。
しかも実力もあるし、いい子だし、ヤンキーだけど可愛い。
わたしなんかが独占できるわけがなかったのだ。
謝りながら去るティオナを見送った。
―――仕方ない、こうなれば青鳥さんにしよう。
そう思った矢先、青鳥真坂が声を掛けてきた。
いつもと違う。
可愛くて巨乳の女性と手を繋いでいた。
「やあ尾張ちゃん。ペアは決まったかい」
「いや、ちょっと迷っているんですよ。クレア姫から誘われてて」
「そりゃあよかった。僕が心配する必要はないね」
―――あるよ、ありありだよ。
しかし仲良く手を繋ぐその子を見る限り、ペアは決まっているようだった。
「青鳥さんはもう決まってるんですか」
「僕かい? 実はさっきこの子に誘われてね。どうしようか迷ってたんだよね。尾張ちゃんの事もあるし、でもしっかりしてるみたいだし、姫騎士様なら実力的に申し分ないよ」
「あ、えっと、わたしは……」
「何か問題でもあるのかい?」
―――そういわれると、困る。
言えない、クレア姫の気分を損ねてしまいかねない。
わたしはただ閉口するしかなかった。
「なんでもありません」
「……そうかい、じゃあ僕は後衛担当だからね。お互い頑張ろうね」
青鳥さんは後ろの方へと歩いていく。
楽しそうに、可愛くておっぱいの大きい女性と手をつなぎながらだ。
―――甘く見ていた。
青鳥さんはモテる、医者だし、双剣の実力はさっきの一戦で露見してた。
隅に置いておくわけがない。放っておかれるわけがない。
―――結局わたしは、ひとりだった。
誰にも、選ばれなかった。
「オワリさん、返事はまだかしら」
クレア姫が手を差し伸べてくる。
待たせて悪いことをした。なにを期待してたんだろう。
このひとだけは、わたしを必要としてくれているじゃないか。
なにも、迷う必要なんてなかったのだ。
「はい、よろしくおねがいします」
わたしとクレア姫で組むことになった。
この選択で、波乱を生む予想はなんとなく気づいていた。
知っててなお、わたしにはどうする力もなかったのだ。
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