第十二回 警告! ここから先は残虐表現を含みます。
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異世界迷宮。
入口は石造りの豪華絢爛な柱で支えられ、大きな扉で塞がっていた。しかも内側から開けられないように鍵がいくつも付けられている。奇妙な形の扉、人間だけは通れて、魔物は出られないように工夫された造りだった。
十四人一組のパーティとギャラリーが集まる。
ギリシャ神話の生贄の数と同じだ。
単純に異世界迷宮攻略においてこれ以上は足手まといでしかないかららしい。
意外とギリシャ神話の生贄を送り込んだ人たちもミノタウロスを倒してくれないか、と淡い希望を抱いてたのかもしれない。
―――わたしたちは勝てるのだろうか。
前情報では、ユニコーン系バイのイメージが強すぎて、いまいち迫力に欠けるのだ。
どれだけ強いのか、実感がわかない。
――突入するのは、わたしたちの一組だけだった。
そもそもバケモノと戦おうなんて猛者は少ない。
第一陣と第二陣でめぼしい人材はすでにこの世にいないらしい。もっと時間をかければ遠方から凄腕のハンターを呼べるらしいけど、今は一刻を争う。
―――それこそ、一城の姫が駆り出されるほど追い詰められているのだ。
深刻な人材不足。
だから初心者のわたしでも問題なく選ばれることができた。
もっと言えば、『モノクロ二ウムの槍』を扱えるからである。
つまりこの槍が扱えるならだれでも、わたしじゃなくてもよかったのだ。
ふわっと、いい匂いがする。
その場にいた誰もが、目を奪われた。
金髪碧眼の姫騎士は、皆の注目に応える。
「ここに集いし十四人の若者たち、集まってくれて心より感謝する」
クレア姫騎士が武装していた。
装飾に凝った鎧は、いかにも姫らしい。肩の露出は大剣を振り回しにくいからだろうが、妙にエロいので男連中の視線はまさに釘付けだった。
「ここで今回のターゲットについて話すから、聞いてくれ」
異世界迷宮に突入する前に、確認する。
「ミノタウロス。獣人種。体長約5メートル、馬鹿力なうえに恐ろしく頭の回るやつ、得物は戦斧。頭が牛で身体が人間だからと侮ってはいけない。狡猾な罠を仕掛け、不意打ちを行う高い知能を持っている。肉体強化系の魔法を使い、好戦的な前衛タイプだ」
驚きなのは、知能だった。
なかなかの頭脳派、それも無双の怪力持ちであるから手が付けられない。自然界の動物にはいないタイプの生き物だ。これはもう、青鳥さんに任せるべきだ。
「我々は、今回のミノタウロスの『危険度』を見誤っていた」
猛獣には危険度がある。
環境に左右されない強さの目安であるから、一概にステージの高い魔獣が強いとは限らない。
ステージは0からⅤまでの6段階ある。
ステージがひとつ上がるごとに強さがまるで違う。
たとえば、ミヌタウロス。
わたしが最初に出会ったミヌタウロスはステージⅠ、腕力はあるが理解力が高いため危険度は低い。
―――つまり、ミノタウロスはもっと上なのは間違いない。
「今回のミノタウロスはステージⅢ、繰り返す、ステージⅢだ!」
取り巻きの集団はざわつく。
ステージⅡは腕力もあり、人を殺すこともある有害指定範囲である。
そして、ステージⅢは『積極的に人類を殺す魔物』である。
「前回、我々の軍は二度戦いを挑んだ。結果は皆の知るように敗北を喫した。あの迷宮から生きて出てきたものはいない。仲間の残した伝書鳩がくれた情報をここで発表しようと思う」
まず姫は指を一本だけ立てる。
「第一陣、物量戦を挑んだ我らは、ミノタウロスは袋小路へと追い詰めた。しかし、やつはスキを見てギルドの退路を断った。混乱する兵団は直接対決を余儀なくされて、そのまま全滅する運びになったらしい。力勝負で人類が勝てない。物量戦で負けるのは必然だったわけだ」
そして姫は二本目の指を立てる。
「第二陣、奇襲戦を挑んだ我らは、ミノタウロスを罠にかけることに成功した。催眠魔法をかけ、完全に油断したところを狙われた。寝ているはずのミノタウロスが起き上がり、次々と兵を蹴散らしていったらしい。体勢を立て直せないまま、あえなく壊滅した。やつは生け捕りも不可能だ、討伐するしかない」
―――なんだよそれ、完全にバケモノじゃないか。
身体が芯まで凍った。
人間に執着する怪物、それをこちらから狩りに行かなければならないのだ。怖いなんてものじゃない。まるでこれから深海へ潜るような、生命の危機を感じるのだ。
死の可能性に、びびってしまったのだ。
小刻みに手が、身体が、震えあがった。
―――と、ここで手にぬくもりを感じる。
隣りの青鳥さんがわたしの手を握ってくれたのだ。
「大丈夫だよ、僕は強いから」
このひとはいつも変わらない、
前に異世界迷宮で会った時も同じことを言っていた。そして、決して無根拠で言ってるわけではないのがよくわかる。
「一陣二陣のぼんくら連中と違って、今回はあたしがいるっての。なにか下手をうったとしてもサクッといな子のフォローしてやるから、そんな心配すんな」
ティオナは自信ありげに言う。
自分だって怖いくせに、恐怖をかみ殺して笑っていた。彼女は憶病になることは、即死に繋がることを知っていたのだ。『憶病』を『冷静』に変える術を経験で知っている。
とても頼りになるふたり。
わたしは本当に、いい人たちと知り合ったものだ。
「よーし、この戦いが終わったらいな子の『ナン』を食べようぜ! 『ナン』!」
「ティオナちゃん、フラグだよそれ。死亡フラグ」
「しぼうフラグ? なにそれ?」
「遺言みたいなものかな」
「遺言と『ナン』に関係があんの?」
「あ、なんかもういいよ」
「ふーん、先生って時々わけわかんないこというよな。ちょっと心配になるわ」
「キミにだけは言われたくないセリフだよそれ」
二人はいつものように話している。
それがわたしの身体からちょっとだけ緊張を奪っていった。
―――異世界迷宮の扉が開く。
選ばれし14人の若者たちが、突入の準備に入った。
―――姫が、剣を抜いて先頭に立つ。
一度だけ、大きく息継ぎをすると
「全団員、突入――――ッッ!!」
掛け声とともに、全員が動いた。ラッパと太鼓がわたしたちの侵入を催促する。
もう。後戻りはできない。
わたしたちは、異世界迷宮へと足を踏み入れた。
迷宮に潜む魔物・ミノタウロスを退治するために。
そして、わたしが元の―――十九歳の身体を取り戻すための戦いへ。
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