第十話 有能な味方、無能なわたし、どちらも強い。
☆
クレア姫について。
びっくりするほどの美人さん。金髪碧眼、真っ白な肌と怪しい色気。あくまで実年齢的にだがわたしより一回り幼いにも関わらず歳不相応の雰囲気に場の温度がすこし上がった気がする。
そして、背中に携えた装飾煌びやかな大剣。
彼女が『三つ首の合成竜・ミザキドラゴン』を退治したときに使った『大宝剣・クナギ』である。強靭なドラゴンの首を刎ねた時の血を浴びており、決して折れず、断じて曲がらなくなった剣、まさにクレア姫に相応しい不敗の剣となったのだと伝説があった。
生きる伝説、それがクレア姫のもう一つの顔だった。
「これはこれはクレア姫殿、なぜこのような偏狭な場所へ?」
「もう知ってるくせに、青鳥せんせ」
クレア姫騎士は微笑む。
それの笑顔はいわば添付、どこかから貼ってきた風な顔に見えた。普通は先入観がないとここまではっきりとはわからないのであるが、クレア姫の場合は違った。
―――うわ、なんか怖い。
初対面のクレア姫に抱いた感情は、そんな後ろ向きなものだった。
「ミノタウロス退治のためのギルドメンバーに入ってもらうわ」
「だから、何度も言っているように、僕はいま仕事をひとつ抱えてましてね。ミノタウロスどころの話じゃないんだよねえ」
「城下の平和とあなたの仕事、どちらが重たいかわかるわよね?」
「どっちも重たいさ。でも僕はひとりだから」
わたしは疑問に思う。
青鳥さんはなにに対して嫌がっているのだろうか。どうせミノタウロスを倒すのならば多人数で攻めた方が絶対にいい。それなのに、なぜクレア姫のギルド兵団に入ることを拒否するのか理解できなかった。
わたしは見ていることしかできないのだが。
「なにをそこまで嫌がるのかしら? 報酬も栄光も、過去の汚点さえも拭えるチャンスだというのに、なにをためらうの? アオトリせんせ?」
「僕じゃなくても、ギルドには手練れがいるだろう? わざわざ身体を張りたくないだけさ。ほらもうおっさんだから、いろいろキツいんだよね」
「嘘なんて、つまらないわ」
クレアは青鳥さんの考えを見抜いていた。
妙に確信めいた強気な発言である。
「そういえばせんせって助けを乞う者しか救わないんでしたっけ。では、こういえばいいかしら? 『アオトリせんせ、お願い助けて』と」
「うーん、ミノタウロスが異世界迷宮から出てきたら、戦うってのはダメかい?」
「……迷宮から出した時点で、私たちの敗北なのよ」
だから、論外だわ。と彼女は言う。
街を取り巻く一大事であるにも関わらず、青鳥さんは乗り気じゃない。
なにが、彼をここまで畏怖させるのか。
その答えは、すぐにわかった。
「アオトリせんせ、わたしは『イエス』以外の回答を求めてはいないのよ」
「……」
「どうしてもと言うのなら、私にも考えがあるわ」
クレア姫は、青鳥さんの隣りに座るわたしを初めて直視した。
「ギルド兵団に入らなければ、その子を殺す」
笑顔のまま、言ってのけた。
「そうすれば、その『仕事』とやらも片付くのでしょ?」
「クレア、いい加減にしなよ………」
青鳥さんの腰が、少しだけ浮く。
いまにもクレア姫へ跳びかかりかねない剣幕にわたしを始め、執事の老人さえも手出しできない状態であった。流石の彼女もまた、青鳥さんの殺気を受けて焦りが見え隠れしていた。
しかし、それも一瞬の出来事である。
すぐに青鳥さんは深々と椅子に腰かけた。
「ふーわかったよ、言われた通りにするから」
「素敵、やっぱりせんせは最高よ」
「わかったから、早く帰ってくれるかな?」
「ええ、もちろん。出発は後ほど連絡するわ」
あ、そうだ。と思い出したようにクレア姫は立ち止まる。
そして、わたしの方へと歩いてくるではないか。
殺される、と反射的に身構えた。
けれど、クレア姫はそっと耳打ちをするだけだと言う。
「ゴメンなさいね。あれはただのジョーク、小粋なクレアジョークという奴よ」
「……そう、ですか」
「あなたも是非、いらしてね。ミノタウロスを仕留めれば望む報酬をあなたに与えるわ。金銀財宝でも、失った年齢さえもね」
そういって、クレア姫は去る。
今度こそなにもないようで、『それでは皆さん、後ほど』とだけ残して姿を消した。馬車が泥を跳ねて街の中心である城へと向かう音だけが空しく響く。
完全に音が遠のいてく。
ようやくわたしと青鳥さんは一息ついた。
「ゴメンね尾張ちゃん。怖い思いさせたね」
「青鳥さんが謝ることじゃないですよ」
「そりゃそうか」
―――立ち直り早いな、この人。
「とにかくミノタウロス退治、尾張ちゃんも手伝ってね」
「……はい」
結局、戦う運命は変わらない。
そして、確信していることがある。
あの姫騎士とミノタウロス、どっちも強敵だということだ。