お仕事人論争
「ただいま」
仕事から帰って来た男は、カバンを机へ放り出すと、お風呂へ入るためすぐに部屋を出て行きました。
さて、カバンからぶちまかれた筆箱が机の上にあるのですが、突如ファスナーが開いて、鉛筆とシャーペンが出てきました。しきりに辺りの様子をうかがって、人間がいないか確かめます。
「いいかげん引退しちまえよ、鉛筆のじいさん。あんたがいなくなると俺は、景気が悪い中一生懸命がんばっている主人から、たくさん仕事をもらえるんだ」
シャーペンが、腰をさする鉛筆へ言い放ちました。
「何を言っておる。わしはまだ動けるぞ。お前さんの出る幕ではないわ」
二人はいつものようにお互いを罵倒します。
「やめて、二人とも! なんで仲良く出来ないの?」
あとから這い出てきた消しゴムが仲裁に入ろうと、二人の間に立ちます。ですが、憎しみに満ちた目で、シャーペンににらまれました。
「お前は気楽でいいよな。俺らのどちらが勝っても、めいいっぱい働けるんだからな」
「勘違いするでない、シャーペン。たとえわしが負けても、消しゴムは絶対渡さんぞ。付き合いはあんたより長いのだ。わしを裏切ったりせぬぞ」
なんだと! とまたケンカが始まりました。やはり、先祖代々続く争いを止めることは、そうかんたんなことではないようです。
「あ、あの……」次に現れたのは、黒ボールペンでした。「オレだって仕事に役立ってます。オレを無視して論争しないでください」
「「お前は消しゴムで消せないから論外!」」
息ぴったりに言われると、もう意気消沈するしかありません。戦意がなくなったボールペンは、悔しそうに筆箱へと戻っていきました。
「鉛筆は、絵を描くだけに使われていればいいだろ? 俺の邪魔をする必要はないはずだぜ」
シャーペンが少しトーンを落として言います。
「確かに出番は年々減ってきておる。だが先祖は、長年主人に仕えてきたのだ。今さらわしの代で職務を放棄することなど許されん!」
鉛筆の言葉には、主人とのこれまでの思い出がたっぷりと染み込んでいました。
「時代の変化というものがあってだな……」と反論しようとしたその時、
「ちょっと待てーい!」
いきなり暗い部屋が明るくなりました。振り向くと、自ら電源をつけたパソコンが含み笑いをしています。
「私に言わせれば、あんたら二人はレトロな道具だ。一昔前は、あんたらの出番も多かっただろう。しかし! 今仕事の主役はパソコンなのだ」
すると、シャーペンが舌打ちをして反撃しました。
「口をはさむんじゃねえよ。だいたい、お前は電気が無いとそもそも使えないだろうが。不便なやつだぜ」
「ふん。パソコンならば、字が汚い主人でも、誰にでも読みやすい文章を書くことが出来る。これほど役に立つことはないだろう?」
「た、たしかに主人の字の汚さは認めるけどよ……」
シャーペンは、言い返す言葉がなかなか浮かんできません。
次の瞬間、パソコンがガタガタと震えはじめました。「コラ! やめろ、やめてくれ!」
パソコンの叫び声とともに、画面が真っ暗になりました。
「……主人をバカにするやつは、ぼくが許さない」
消しゴムが、パソコンの電源を切ったのです。
「「…………」」
いつもおとなしい消しゴムに、二人はただ黙ることしかできませんでした。
やがて、主人が戻ってきました。鉛筆とシャーペンと消しゴムは、あわてて筆箱の中へ隠れます。
「はあ……」
ため息をついてイスに座った主人は、カバンから履歴書を出し、筆箱からボールペンを取って書き始めました。
仕事を失った主人は、鉛筆もシャーペンもパソコンも使わなくなりました。
童話っぽいものに挑戦してみました。以前に書いたものなのですが、未投稿だったので、日の目を見せてやった次第です。
童話にしては話が重すぎる……?