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七星の戦記 Eランクの女子高生指揮官、最強の落ちこぼれたちを率いての異世界防衛戦 〜私の「戦術眼」には勝利へのルートが見えています〜  作者: 真野真名
第1章:泥泥の宝石

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第6話 くず鉄を産む鍛治士 ドーゴン




 都市バルガスの南区画に位置する「屑鉄市」は、巨大な胃袋の底に溜まった未消化物のような場所だった。


 戦場から回収された凹んだ胸当て、魔力回路が焼き切れた杖、使い道のない歯車やゼンマイの山。それらが無秩序に積み上げられ、酸化した鉄と古い機械油の匂いが空気を重くしている。

 しかも所々、何かが爆発したような跡もある。


 千代を先頭にした一行は、その異様な光景のせいもあってか、周囲から奇異の目を向けられていた。


 先頭を歩く制服姿の女子高生。その後ろを、怯えきった兎人族の少年が歩き、さらにその後ろには、殺戮の匂いを撒き散らす巨漢の魔人、存在感の一切ない虚無の剣士、そして悠然とパイプを吹かす老軍師が続いている。


 サーカス団のパレードにしては笑いがなく、葬列にしては物騒すぎた。


「しかし、指揮官殿。わしのような後方支援を拾ったのは理にかなっているが、なぜこんなゴミ溜めに?」


 アーレイが、足元に転がっていた錆びた兜を杖の先で小突きながら尋ねた。


「五百の軍勢を盤面でコントロールするには、わしの魔法だけでは手数が足りん。必要なのは、広範囲を面で制圧できる物理的な『罠』だ。だが、この街の腕のいい罠師や鍛冶屋は、とうの昔に正規軍に雇われているはずだが」


「ええ。一流の職人は雇えないわ」


 千代は、視界に展開された『戦術眼』のワイヤーフレームを頼りに、入り組んだ通路を迷いなく進んでいく。


 緑色のデータ群(障害物)の中に、一つだけ、奇妙な構造色を放つオブジェクトがあった。


「だから、一流の『変人』を探しに来たの。発想が飛躍しすぎて、この世界の需要と絶望的に噛み合っていない技術者をね」


 千代が足を止めたのは、市の一番奥深く、日当たりも風通しも悪い一角だった。


 敷かれたむしろの上に、周囲の剣や鎧とは全く毛色の違う、巨大で不格好な「鉄の箱」が置かれていた。

 箱には無数の歯車がむき出しで噛み合っており、上部には漏斗じょうごのような受け口が、側面にはハンドルがついている。一見すると、拷問器具か、出来の悪い脱穀機だ。


 その箱の横で、一人のドワーフが、スクラップ業者の男に頭を下げていた。


「ですから、これはただの鉄屑ではありません! 素晴らしい発明なんです。この上から芋を入れて、この横のハンドルを回すと、内部の連動ギアが芋を回転させながら、固定された刃に押し当てて……」


「うるせえな。誰が芋の皮を剥くためだけに、こんな重くて場所を取る鉄塊を買うんだよ。包丁を使えば一秒だろ」


 業者の男は、ドワーフの言葉を冷たく遮り、鉄の箱を足で蹴りつけた。

 鈍い音が響き、内部の歯車が空回りする。


「いいか、ドワーフなら大人しく剣か鎧を打ってろ。こんな、なんの殺傷能力もない玩具、鉄屑としての目方めかたでしか買い取れねえよ。銅貨三枚だ」


「ど、銅貨三枚……そんな。これを作るのに、徹夜で三ヶ月も……」


 ドワーフは、ススで汚れたゴーグルをずり上げ、泣きそうな顔で自分の発明品を撫でた。

 小太りの体型に、分厚い手袋。年齢は五十ほどだろうか。ドワーフ族の中ではまだ若造の部類に入る年齢だ。


 男が諦めて立ち去ろうとしたとき、千代がその筵の上に足を踏み入れた。


「銅貨三枚は安すぎるわね」


 千代の声に、ドワーフが顔を上げた。

 千代は鉄の箱の前にしゃがみ込み、視界のUIを最大出力に引き上げた。


【オブジェクト:自動じゃがいも皮剥き機(プロトタイプ)】

【製作者:ドーゴン】

【構造強度:C】

【動力伝達効率:S】

【特記事項:カム機構による直線運動と回転運動の完全な同期】


 千代の網膜に、鉄の箱の内部構造が透視図レントゲンのように浮かび上がる。


 息を呑むような精密さだった。

 上部の漏斗から落ちてきた不揃いな芋を、内部のバネが均等な圧力で保持し、ハンドルの回転運動をカム機構が直線的な押し出し運動に変換している。一切の魔力を使わず、純粋な「物理と力学」だけで、連続した動作を完全に自動化しているのだ。


 この世界では、魔法という便利なブラックボックスがあるせいで、純粋な機械工学が未発達だ。


 だが、この目の前にいるドワーフは、魔法に頼らず、歯車とバネだけで「自動化」という現代の工業システムに片足を突っ込んでいる。


「……す、すごい」


 千代は、本気で感嘆の声を漏らした。


 その声の熱量に、ドワーフ――ドーゴンは、目を丸くした。


「お、お嬢ちゃん。わかるのかい? この子の良さが」


「ええ、痛いほど」


 千代は、ハンドルに手をかけ、ゆっくりと回してみた。

 金属が滑らかに噛み合い、内部のバネが規則正しく収縮と膨張を繰り返す。


 その規則的なリズム。

 連続的な送り出し機構。


 千代の脳内で、この「じゃがいも皮剥き機」の構造図が、歴史の教科書で見た『ある兵器』の構造図と重なり合った。


「ドーゴンさん、と言いましたね」


「あ、ああ。そうだが」


「この機構……漏斗ホッパーからの重力落下を、バネの圧力で保持して、回転運動で次々と前へ押し出す仕組み。これ、芋じゃなくて『矢』や『ボルト』でも同じことができますか?」


 千代の問いに、ドーゴンは瞬きを繰り返した。


「矢? まあ、サイズを合わせて、内部の押し出し板の形状を平たくすれば、できないことはないが……」


「なら、この先端の皮剥き刃を取り外して、クロスボウの弦を引っ掛ける留め具を連動させたら?」


 千代は、鉄の箱を指差しながら、冷徹なオペレーターの口調で仕様変更アップデートの要求を並べ立てた。


「ハンドルを回すだけで、上部の弾倉マガジンから矢が自動で装填され、同時に弦が引き絞られ、カムが一周するごとに矢が発射される。……魔力不要の、完全自動連射装置ガトリング・クロスボウの完成よ」


 背後で、老軍師のアーレイが「ほう」と感心の息を漏らした。


 彼には、千代が今口にした理論の恐ろしさが即座に理解できたのだ。魔力を持たない農民でも、ただハンドルを回すだけで、熟練の弓兵を凌駕する矢の雨を降らせることができる。それは、戦争の前提を覆す機構だ。

 

 だが、千代が注視していたのは、アーレイの反応ではない。製作者であるドーゴンの反応だった。


 普通なら、自分の作った「生活を豊かにするための道具」を、悪魔のような兵器に転用されると聞けば、職人は怒るか、恐怖するだろう。


 しかし、ドーゴンの反応は全く違った。


「あ……ああ……」


 ドーゴンは、震える手で自分の発明品に触れた。

 分厚いゴーグルの奥から、大粒の涙が溢れ出していた。

 恐怖の涙ではない。純粋な、技術者としての歓喜の涙だった。


「わかってくれるのか……この、ギアの噛み合わせの難しさを。動力を途切れさせずに、次々と送り込む機構の美しさを……っ!」


 彼は千代の手を両手で握り締め、咽び泣いた。


「ドワーフの工房では、誰もこんな機構に見向きもしなかった。剣の切れ味や、鎧の硬さしか評価されない。俺が『自動で動くカラクリ』を作っても、みんな無駄な玩具だと笑ったんだ!」


「笑う方が無知なのよ。あなたの技術は、百年先の時間を先取りしてる」


 千代は、泥と油にまみれたドーゴンの手を、しっかりと握り返した。


「私には、あなたのその『無駄な玩具』を作る技術が必要です。鉄屑でも、廃材でも、壊れた鍋でもいい。あなたのその機構ギミックを組み込めば、それは立派な防衛システムになる。……私に雇われて、思う存分、あなたのからくりを作ってみませんか」


 ドーゴンは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、何度も何度も首を縦に振った。


「やる! やらせてくれ! あんたになら、俺の技術のすべてを預けられる!」


 交渉成立。


 これで四人目。狂戦士、剣聖、軍師、そして工兵エンジニアが揃った。


 あとは、軍師の罠と工兵の兵器が稼働するまでの時間を稼ぐ「絶対的な盾」と、戦場を駆け回る「遊撃手」を拾えば、千代の描く防衛ラインのパズルは完成する。


「よし。じゃあ、あと二人……」


 千代が立ち上がろうとした時、不意に、真横から奇妙な音が響いた。


 きゅるるるる。


 振り返ると、ルイが顔を真っ赤にして、自分のお腹を押さえていた。

 さらに、その後ろから、地鳴りのような重低音が響く。


「……おい、指揮官。いい加減にしろよ。俺様はもう限界だ。人間を食ってもいいか?」


 ゲンガイが、血走った目で周囲のスクラップ業者を物色し始めている。アーレイも苦笑いしながら肩をすくめた。


 レオハルトに至っては、エネルギーを極限まで節約するためか、立ったまま目を閉じて仮死状態のようになっている。


 千代は、自分のスカートのポケットを探った。

 指先に触れるのは、埃と、先ほどルイが買った保存食の残りの硬いパンの欠片だけ。硬貨の感触は、一枚もない。


 懐の『生命の魔石』は使えない。あれを換金しようとすれば、間違いなく面倒なことになる。


 ――しまった。


 千代は、優秀な人材を発掘することに夢中になりすぎて、最も基本的な『兵站へいたん』の概念を見落としていた。


 腹が減っては戦はできない。


 いくら強力な兵器を揃えても、動力源カロリーがなければただの鉄屑だ。


「……千代様」


 ルイが、涙目で千代を見上げる。


「僕たち、今日の夕ご飯……どうするんですか?」


 冷徹な指揮官の顔が、わずかに引きつる。

 五百の魔王軍より先に、直面したのは「今日の食費ゼロ」という、あまりにも生々しい生存の危機だった。


 最強の矛、魔法殺しの剣、悪魔の頭脳、天才のからくり。


 どれも素晴らしいスペックだが、残念ながら、どれひとつとして「腹の足し」にはならないのだった。




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