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七星の戦記 Eランクの女子高生指揮官、最強の落ちこぼれたちを率いての異世界防衛戦 〜私の「戦術眼」には勝利へのルートが見えています〜  作者: 真野真名
第1章:泥泥の宝石

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第5話 退屈な騙し屋 アーレイ




 猛獣と幽霊を同じリードで散歩させるようなものだ、と千代は思った。


 城塞都市バルガスの歓楽街。白昼から安い酒と欲望の匂いが充満する通りを歩きながら、千代は胃の腑が鉛のように重くなるのを感じていた。


 右後ろには、規格外の巨体を持つ魔人のゲンガイが、手持ち無沙汰に処刑鎌デスサイズを振り回しながら歩いている。周囲の通行人は、まるでモーゼの十戒のように彼を避けて道を開けた。


 左後ろには、元剣聖のレオハルトがいる。こちらはゲンガイとは対照的に、全く気配がない。呼吸音すら周囲の雑踏に溶け込んでおり、千代が時折後ろを振り返らないと、本当についてきているのか不安になるレベルだった。ただ、彼が通り過ぎた後の空間は、温度が数度下がったような奇妙な静寂が落ちる。


「おい、嬢ちゃん。腹が減った。カジノに行くって言ったな。そこで肉は食えるのか」


「食えないわよ。私たちは客として行くわけじゃないもの」


「じゃあ何しに行くんだよ。冷や出しか?」


「……人材発掘スカウトよ。この手の吹き溜まりには、必ず『頭の良いクズ』が沈んでいるから」


 千代がため息混じりに答えた直後だった。


 前方の通り、毒々しいネオンカラーの看板を掲げた『踊る金貨亭』という名の賭博場の両開き扉が、内側から勢いよく蹴り破られた。

 木片が飛散し、一人の男が転がり出てくる。


 灰色のローブを纏った、小柄な老人だった。白髪交じりの頭頂部は薄く、口元には立派な白い髭を蓄えている。一見すると、どこにでもいる好々爺だ。


 だが、その背後から、棍棒を手にした屈強な用心棒たちが血相を変えて飛び出してきた。彼らの顔面は、怒りと興奮で赤黒く鬱血している。


「待てこのジジイ! サイコロに細工しやがって!」


「ふざけるな、指を全部切り落としてやる!」


 怒号が飛び交う。


 老人は「ひええ」と情けない悲鳴を上げながら、ローブの裾をたくし上げて走り出した。年齢の割には逃げ足が速い。


「……千代様、あれですか? 頭の良いクズって」


「そうみたいね」


 ルイが長い耳を伏せて呆れたように言う横で、千代はすでに視界の『戦術眼タクティカル・ビュー』を起動していた。


 世界が色彩を失い、幾何学的なワイヤーフレームの空間へと変貌する。

 逃げる老人にフォーカスを合わせると、たちまち詳細なデータがポップアップした。


【個体名:アーレイ・バング】

【種族:人間】

【職業:詐欺師/元軍師】

【INT(知力):A】

【スキル:地盤操作/先読み(演算)】

【状態:逃走中/娯楽不足】


 知力A。


 千代は目を細めた。今まで見た中で最も高い知力数値だ。

 だが、千代の興味を引いたのはステータス画面ではなく、老人が逃げながら行っている「極めて実務的な魔法の行使」だった。

 

 追手が老人に追いつきそうになり、棍棒を振り上げた瞬間。

 老人は振り返りもせず、杖の石突を路地の石畳に軽く打ち付けた。

 呪文の詠唱などない。ただの歩行の動作の一部に見せかけた、極小の魔力放射。


 直後、用心棒の足元の石畳が、わずか数センチだけ隆起した。


 全速力で走っている人間の足元が数センチ狂えばどうなるか。結果は明白だ。用心棒は派手にバランスを崩し、顔面から石畳に突っ込んで歯を折った。


 別の用心棒が横道から回り込もうとする。老人は今度は、壁際の泥濘に魔力を流した。泥の水分量が瞬時に変化し、摩擦係数が極端に低下する。回り込もうとした男は、見えないバナナの皮を踏んだように滑って転倒し、ゴミ箱に突っ込んだ。


 派手な火球や落雷ではない。


 対象の進路を予測し、最小限の魔力で「環境の物理法則」を書き換えるだけの、極めて地味で、極めて嫌らしい魔法。


 ――素晴らしい。


 千代の口角が上がった。

 魔法使いといえば、後方から安全に高火力をぶっ放す固定砲台というイメージがあったが、この老人は違う。彼は地形を支配している。戦場という盤面を、自分の都合の良いように書き換える権限を持っているのだ。


「ゲンガイ、レオハルト」


「あぁ?」


「……」


 千代は、視界に表示された老人の逃走ルートの予測線ベクターラインを読み取った。老人は無秩序に逃げているように見えて、追手の配置をコントロールし、確実に包囲網の薄い方向へと誘導している。


 千代は予測線の終着点、歓楽街の裏手にある行き止まりの路地を指差した。


「先回りするわよ。ゲンガイは路地の出口を物理的に塞いで。レオハルトさんは、万が一彼が壁を越えようとしたら、足元の影だけを斬って脅して」


「ケッ、また弱い者いじめか。趣味が悪いぜ」


「人聞きの悪いこと言わないで。これは採用面接よ」



 ***



 アーレイ・バングは、久しぶりの適度な運動に心地よい疲労感を感じていた。

 イカサマがバレたのは想定内だ。というか、わざとバレるように仕掛けたのだ。最近の若い用心棒の動きを見るための、ちょっとした余興である。


 追手は八人。配置と速度から逃走ルートを逆算し、地形の摩擦と高度を微調整して自滅させる。頭脳のストレッチとしては丁度いい。


 角を曲がり、計画通りに人通りのない袋小路へ入った。

 ここから壁を蹴って屋根に登り、姿を消せば本日のゲームは終了だ。


 アーレイが壁に手をかけようとした、その時だった。


 前方の路地の出口から、太陽の光を遮る巨大な壁が現れた。

 いや、壁ではない。

 それは、折れた角を持ち、不格好な騎士の鎧を着込んだ魔人の巨漢だった。魔人は、爪楊枝でも扱うように巨大な処刑鎌を肩に担ぎ、凶悪な笑みを浮かべている。


 アーレイは即座に踵を返し、背後の壁を登ろうとした。


 だが、彼の足元――石畳に落ちた彼自身の影に、音もなく白刃が突き刺さった。


 金属と石が激突する音すらなかった。ただ、空間そのものが切断されたような絶対的な冷気が、アーレイの脊髄を駆け上がった。


 刃の主は、虚ろな目をした亜麻色の服の男。その佇まいを見た瞬間、アーレイの豊富な経験則が「こいつは魔法が通じる次元の生物ではない」と警告を発した。


 前門の虎、後門の狼。

 完全に退路を断たれた。


 アーレイは瞬時に表情を「怯える気のいいお爺さん」に切り替え、両手を挙げた。


「ひええ、お助けを。どうか命ばかりは。懐にある小銭なら全部差し上げますから……」


 そう言いながらも、足元から魔力を流し込み、巨漢の足元の地盤を液状化させる算段を立てる。

 だが、その思考は、路地の暗がりから歩み出てきた第三の人物によって遮られた。


「無駄よ。その足元の石畳、魔力伝導率の低い『黒雲母』が混ざってるわ。液状化させるには、いつもの三倍の魔力が要る。……それとも、今度は摩擦係数をゼロにして滑らせる?」


 現れたのは、奇妙な服装――濃紺のブレザーとチェックのスカート――を身につけた、人間の少女だった。


 彼女の目は、アーレイの顔ではなく、アーレイの足元の魔力の流れを完全に可視化しているかのように、正確な位置を見下ろしていた。


 アーレイは、顔に貼り付けていた「気のいいお爺さん」の仮面を、ゆっくりと剥がし落とした。

 代わりに現れたのは、冷酷な演算機のそれと同じ、知性に満ちた軍師の双眸だった。


「……お嬢ちゃん。わしの術理タネがわかるのかい?」


「ええ。摩擦と密度の局所的な操作。極めて論理的で、低燃費。……素晴らしい演算能力ね」


 千代は、スカートのポケットに手を入れたまま、淡々と言った。


「あなたのその頭脳、酔っ払いから小銭を巻き上げるだけのイカサマに使うのは、あまりにもCPUの無駄遣いよ。オーバースペックすぎて泣けてくるわ」


「CPU? オーバースペック? 妙な言葉を使うお嬢ちゃんだ」


 アーレイは懐からパイプを取り出し、火をつけた。紫煙が路地にたなびく。

 巨漢と剣士という圧倒的な暴力を前にしても、彼から恐怖の感情は消え失せていた。


(なるほど。この娘が『眼』で、あの化け物二人が『手足』というわけか)


 アーレイの頭脳は、すでに極めて冷徹な演算を終えていた。


 少女の把握能力がどれほど異常であろうと、二人の怪物に指示を「声」で伝える以上、そこには必ずコンマ数秒の伝達ラグが生じる。パイプの煙で少女の視界を物理的に遮断し、同時に足元の排水管を破裂させて泥水を撒き散らせば、二人の殺戮機械が初動を起こす前に壁を越えられる。


 生存確率は七割強。

 いつでも盤面ボードをひっくり返せるという計算の裏付けが、老人にパイプを吹かす余裕を与えていた。


「それで? わしの頭脳を高く買ってくれるパトロンの使い、というわけでもなさそうだが」


「使いじゃないわ。私が雇いパトロンよ。立花千代、職業は『指揮官』」


「……指揮官」


 アーレイはパイプを咥えたまま、千代と、その後ろに控える二人の怪物、そしてさらに後ろで怯えている兎人族の少年を交互に見た。

 その奇妙な陣容に、彼の好奇心がわずかにくすぐられる。


「いいだろう、指揮官殿。で、わしに何の盤面を回せと言うんだ? どこかの貴族の跡目争いか? それとも、商業ギルドの潰し合いか?」


「もっとシンプルで、もっと最悪な盤面よ」


 千代は、まるで明日の天気を告げるように、平坦な声で言った。


「敵の戦力は五百。魔王軍の正規部隊。地形は平坦な泥濘。防衛目標は兎人族の貧乏村。……こちらの戦力は、あなたを含めて七人になる予定よ」


 パイプから落ちた灰が、石畳を焦がした。

 アーレイは、自分の耳を疑った。


「……五百対七。しかも陣地は泥沼?」


「そう」


「勝ち目など万に一つもない。ただの自殺志願者の集まりじゃないか」


「だからあなたをスカウトしに来たのよ。正面からぶつかれば一秒で盤面が崩壊する。だから、敵の足を止め、分断し、誘導するための『地形フィールド』を作れる魔法使いが必要なの」


 千代の瞳に、逃げや諦めの色は微塵もなかった。

 彼女は本気で、その絶望的なパズルを解こうとしている。


「……報酬は?」


「金銭的な報酬はゼロに近いわ」


「ますますもって引き受ける理由がないな。わしは命をチップにするような三流のギャンブラーじゃない」


「でも、退屈してるんでしょう?」


 千代の言葉が、アーレイの胸の奥底の急所を的確に突いた。


「あなたは賢すぎる。だから、この街の連中との騙し合いにも飽きている。常に自分が勝つとわかっているゲームほど、退屈なものはないわ。……だからわざとイカサマをばらして、追っかけっこを楽しんでいた」


 千代は一歩、アーレイに近づいた。


「あなたの人生で初めて、“負けるかもしれない盤面”を用意してあげる……どう? 参加する?」


 沈黙が落ちた。


 アーレイは深く紫煙を吸い込み、そして、ゆっくりと吐き出した。

 煙の向こう側で、老人の顔に、少年のように悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。


「……お嬢ちゃんは、悪魔より性質たちが悪い勧誘員だな。ギャンブラーの一番弱いところを知っている」


 アーレイはパイプを懐にしまい、芝居がかった動作で一礼した。


「アーレイ・バングだ。末席に加えてもらおうか、指揮官殿。……久々に、骨のある負け戦が楽しめそうだ」


 これで五人。

 参謀兼、工作部隊の確保に成功した。


 千代は内心で安堵の息を吐きながらも、表情は崩さずに頷いた。


「歓迎するわ、アーレイ。……さあ、急ぎましょう。資金が尽きる前に、最後のパーツ(兵器)を回収しに行かなくちゃ」


「ほう。最後のパーツとは?」


「ただの『くず鉄』よ。……でも、誰かの目利きさえあれば、国を落とす兵器に化けるかもしれないくず鉄」



 千代の視線は、歓楽街のさらに奥、鉄錆と油の匂いが立ち込めるガラクタ市の方角を見据えていた。




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