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七星の戦記 Eランクの女子高生指揮官、最強の落ちこぼれたちを率いての異世界防衛戦 〜私の「戦術眼」には勝利へのルートが見えています〜  作者: 真野真名
第3章:七星、燃ゆ

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第36話 錆びた鉄屑と屹立する英雄




 剣聖の白兵戦は、芸術的な舞踏などではない。


 それは、工業用の切断機がベルトコンベア上の不良品を的確に処理していくような、極めて効率的で血生臭い「解体作業」だった。


 レオハルトの長剣が、雨を切り裂いて水平に薙がれる。

 剣戟の音すらしなかった。刃が空気を押し退ける微かな風切り音の直後、最前列で詠唱していた三名のゴブリン魔導士の首が、頸椎の隙間を完璧な角度で切断され、胴体から滑り落ちた。

 吹き出す血飛沫が雨に混じる前に、レオハルトの体はすでに次の標的の背後に回り込んでいる。


 一歩踏み込むごとに、確実に関節を断ち、動脈を裂き、肺を貫く。

 無駄な怒りも、殺意すらない。彼はただ、千代から与えられた「詠唱前にすべて斬り捨てろ」という業務命令オーダーを、最も消費カロリーの少ない手順で実行しているだけだった。


 二十名の魔導部隊は、護衛の兵士を含めて、わずか二分足らずで完全に制圧された。


 彼らが大気に集積させていた膨大な魔力は、術者を失ったことで行き場を無くし、ただの濃密な霧となって泥の盆地へと拡散していく。

 上空の空を赤く染めかけていた異常な熱が引き、元の冷たい雨雲へと戻っていく。

 広域殲滅魔法は、完全に阻止された。


「……任務完了。対象の魔力反応、すべて消失」


 物見櫓の指揮所から、千代の安堵を含んだ報告が念話を通じて全軍に流れた。

 それを聞いたレオハルトは、血に濡れた剣を軽く振り、付着した脂を雨水で洗い流した。


 彼の呼吸は、散歩から帰ってきた時程度にしか乱れていない。体に傷一つなく、泥の汚れすら最小限に抑えられていた。

 神の奇跡たる魔法を斬り伏せ、大軍の脅威を一人で退けた。間違いなく、英雄と呼ぶに相応しい偉業だった。


 だからこそ。

 戦場という不条理な空間は、そうした「英雄的な文脈」を最も嫌悪し、最も滑稽な形で嘲笑う性質を持っている。


 レオハルトが、剣を鞘に収めようと、わずかに視線を下げた、その一瞬だった。


 彼が立っている場所から斜め後ろ。戦闘の混乱から逃れ、偶然、泥にまみれた死体の山の下に隠れて震えていた、一体の雑兵ゴブリンがいた。

 そのゴブリンは、レオハルトが「魔法を無効化する恐ろしい剣聖」であることなど全く知らなかった。ただ、自分の一番近くに、血まみれの剣を持った人間が立っているという「恐怖」に駆られただけだった。


 ゴブリンは、恐怖でガタガタと震える手で、足元に落ちていた粗末な手持ち式のボウガンを拾い上げ、引き金に指をかけた。

 照準など定めていない。ただ、目を閉じて、無我夢中で撃ち放っただけだ。


 放たれた矢は、劣悪な構造ゆえに真っ直ぐには飛ばず、雨風に煽られて不規則な螺旋を描きながら飛来した。


 レオハルトの超人的な感覚であれば、通常の矢なら音と殺気で背後からでも回避できたはずだった。

 だが、その矢には「殺気」がなかった。ただの純粋な「パニック(恐怖)」によって射出された、極めて威力の低い、予測不能な軌道を描くただの鉄屑。


 その錆びた鉄屑が、雨の音に完全に紛れ込み、振り向こうとしたレオハルトの、喉元の装甲のわずかな隙間――頸動脈から頸椎へと繋がる、最も致命的な数センチの急所へと、吸い込まれるように突き刺さった。


「…………え」


 千代の『戦術眼』の視界で、圧倒的な光を放っていた最強の緑色マーカーが、突然、赤い警告色へと変色した。


 レオハルトは、自分の首筋に突き刺さった異物の存在を、数秒遅れて理解した。


 痛みはない。頸椎を損傷したことで、首から下の神経伝達が完全に遮断されたからだ。

 口から、ごぼり、と大量の血が溢れ出し、気管を塞ぐ。


 彼を撃ったゴブリンは、自分が何をやったのかも理解せぬまま、ボウガンを放り出して森の奥へと半狂乱になって逃げていった。


 レオハルトの膝が、物理的な限界を迎えて崩れ落ちそうになる。

 頸動脈からの出血量は絶望的だ。この世界のいかなる回復魔法でも、すでに失われた脳への血流は戻せない。


 彼は、自らの肉体のシャットダウンが急速に進行していることを、極めて客観的に受け入れていた。

 だが、同時に、猛烈な「可笑しさ」がこみ上げてきた。


 神を殺す剣を極め、ありとあらゆる魔法のことわりを解体してきた。

 だというのに、自分の命を最後に奪ったのは、魔法の欠片すら宿っていない、名もなき卑怯者が怯えながら放った、錆びた一本の鉄の棒だった。


 自分が信じていた剣聖という肩書きが、強さという概念が、戦場の前ではいかに無価値で滑稽なものであるかを、これ以上なく証明する結末。


「……ふ」


 血の泡を吐き出しながら、レオハルトは力なく笑った。


「……魔法ばかり、警戒して……いたか」


 それは、後悔ではなく、自らの偏狭な視野に対する、極めてシニカルな自嘲だった。


 膝から崩れ落ちそうになる体を、彼は右手に握った鉄の剣を泥に深く突き刺し、それを杖の代わりにして強引に支えさせた。


 倒れない。


 彼は、脳への酸素供給が完全に途絶え、視界が急速に黒く塗り潰されていく中で、最後の力を振り絞って、体の向きを村の方角――彼が守るよう命じられた、泥の防衛線の方へと向けた。


 自分がここで倒れれば、後方で戦う味方の士気が崩れる。

 自分は最強の剣聖として、立ったまま死ななければならない。それだけが、あの不遜な指揮官に対して、自分が残せる唯一の「戦術的価値」だ。


 瞳孔が開き、肺の機能が完全に停止した。

 虚無の剣聖、レオハルトの生命活動は、泥と雨にまみれた敵陣のど真ん中で、完全に終了した。


 しかし、遠く離れた村の防衛線で戦う者たちの目には、その真実は見えていなかった。

 雨の向こう側、敵の魔導部隊を全滅させた地点に、剣を突き立てて悠然と立ち尽くす、一つの強大なシルエット。


 その背中は、いかなる魔法も受け付けず、決して倒れることのない、絶対的な城壁のように見えた。


「……すごい。全部一人で倒しちゃった」


 前線で血に塗れていたカミイが、その立ち姿を見て感嘆の声を漏らした。


 彼らにはわからない。その強大な城壁が、すでに中身を失った空っぽの屍であるということを。


 だが、千代だけは。

 指揮所から『戦術眼』を通じてすべての生命反応を管理している千代だけは、その緑色のマーカーが完全に光を失い、消滅した事実を、冷徹なデジタルデータとして見届けていた。


 最強の剣が折れた。


 泥の盆地の戦いは、いよいよ理屈の通じない、純粋な消耗戦すりつぶしの領域へと突入していく。




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