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七星の戦記 Eランクの女子高生指揮官、最強の落ちこぼれたちを率いての異世界防衛戦 〜私の「戦術眼」には勝利へのルートが見えています〜  作者: 真野真名
第3章:七星、燃ゆ

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第31話 戦術眼の死角




 局地戦における膠着状態は、防御側にとって緩やかな死の宣告と同義である。


 開戦から数時間。泥の盆地に降り注ぐ雨は、もはや細い糸ではなく、暴力的な質量を伴った水の塊となって視界を白く塗り潰していた。

 村の正面入り口に構築された『枡形ますがた』の土塁は、オーク重装歩兵の果てしない突撃と死体の山によって、その原型を留めないほどに崩れかけている。


 オリエールの巨大なタワーシールドは表面の装甲が剥がれ落ち、彼女の口から吐き出される血の量は明らかに致死量を超えていた。アーレイは杖を支えにして立っているのがやっとの状態であり、ファランクスを組む兎人族の男たちも、腕の筋肉の限界を超えてただ機械的に竹槍を前後に動かすだけの自動人形と化していた。


 千代が構築した「泥の要塞」は、極限の耐久試験の只中にあった。


 一人でも倒れれば、システムは瞬時に崩壊する。

 その細い糸を繋ぎ止めているのは、物見櫓の上からミリ単位の指示を出し続ける女子高生の脳髄だった。


「……右翼、竹槍部隊の三列目、二歩後退して前の列と交替。オリエール、盾の角度を左へ三度。アーレイ、土塁の崩落箇所に魔力を集中して硬化させて」


 千代の声は、もはや抑揚というものを完全に失っていた。


 彼女の視界に展開されている『戦術眼タクティカル・ビュー』は、深刻なエラーを吐き出し続けている。三百のオーク重装歩兵、残る二体の巨大魔獣、そして後方で詠唱の機会を窺う敵の魔導部隊。

 それらの膨大なデータ群が、千代の生身の脳ハードウェアを限界まで酷使していた。


 鼻腔から流れ落ちた血が顎を伝い、制服のブレザーを赤黒く染めている。眼球の毛細血管が切れ、視界の端が常に赤く滲んでいた。脳の冷却が追いつかず、頭蓋骨の内側が沸騰しているような熱と激痛に苛まれている。


(……考えろ。敵の手数、味方の消耗度。あと何分耐えられる?)


 千代は、意識が飛びそうになるのを、自らの掌に爪を立てることで強引に引き留めていた。

 彼女の意識は、正面防衛線のミクロな戦術操作に完全にロックオンされていた。敵将ドルゲの放つ圧倒的な「面」の圧力に、全神経を集中せざるを得なかったのだ。


 それが、システムとしての「死角」を生んだ。



 千代の視界の隅、全体マップの端の方で、極めて微小なノイズが走った。

 村の裏山。急斜面であり、魔王軍の正規部隊が展開するには物理的に不可能な地形であるため、防衛設備を最小限に留めていたエリアだ。

 そこに、周囲の泥や木々の色と完全に同化した、数個の黒い点が明滅した。


 ステルス迷彩に近い魔術的偽装を施された、敵の隠密部隊アサシン。彼らは正面の膠着状態を囮にし、崖をよじ登って村の最深部へと侵入を果たしていた。


 本来の千代であれば、その微細な魔力波長の乱れに気づけたはずだ。

 しかし、オーバーヒートを起こしている彼女の脳は、その小さなノイズを「雨による一時的なセンサーの誤作動」として自動的に処理・破棄してしまった。


 正面の三百の脅威に対する演算を優先した結果生じた、致命的な情報の見落とし。

 その見落とされた数個の黒い点は、音もなく村の内部へと滑り込み、一つの大きな建物を包囲した。


 それは、村で最も頑丈な石造りの半地下構造物――『食料庫』だった。

 現在、村の食料の大部分は傭兵たちに供出されているため、中は半ば空に近い。だからこそ千代は、そこを「非戦闘員の避難所」として指定していた。


 分厚い石壁の向こうには、ルイの妹のマイナや、幼児のピピをはじめとする、兎人族の子供たち数十名が息を潜めて隠れている。


 敵の隠密部隊にとって、中に誰がいようと関係はなかった。

 彼らに与えられた命令は「敵の後方支援施設を物理的に破壊し、混乱を誘発せよ」という極めてシンプルなものだ。


 黒装束のゴブリンが、手に持った特殊な魔力触媒を食料庫の通気口や木の扉の隙間に押し込み、無機質な動作で着火した。



「……む?」


 前線から少し下がった場所で、次発装填式の自動クロスボウのギアに潤滑油を差していたドーゴンが、顔を上げた。

 彼の嗅覚は、鍛冶屋として何十年も炎と鉄に向き合ってきた職人のそれだ。雨の匂いと泥の臭気の中に混じる、極めて人工的な「燃焼」の匂いを、誰よりも早く察知したのだ。


 ドーゴンが振り返る。


 村の最奥部、食料庫の屋根から、雨を蒸発させるほどの激しい黒煙が立ち昇っていた。


「……お嬢ちゃん! 裏の食料庫から火の手が上がってるぞ!」


 ドーゴンが念話帯域に向かって叫んだ。

 だが、千代からの返答はない。彼女の意識は前線のオーク重装歩兵の突撃をいなす作業に完全に埋没しており、通信を処理するリソースすら残っていなかったのだ。


「これは、通信障害か! すまんカミイ! ちと外す、前線は任せた!」


 ドーゴンは、愛用の巨大なウォーハンマーと、無数の工具が詰まった分厚い革のベルトを掴むと、持ち場を放棄して村の奥へと走り出した。


 彼の短い足では、泥濘の地面を走るのはひどく遅い。

 それでも彼は、肺を限界まで膨らませ、泥を顔に跳ね上げながら全速力で駆けた。

 食料庫には、昨日自分が作った不格好なからくり人形を見て、笑ってくれた子供たちがいる。


 彼らごと、備蓄庫を燃やす。

 それは、技術を愛するドワーフにとって、絶対に許容できない野蛮な破壊行為だった。




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