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七星の戦記 Eランクの女子高生指揮官、最強の落ちこぼれたちを率いての異世界防衛戦 〜私の「戦術眼」には勝利へのルートが見えています〜  作者: 真野真名
第2章:泥の要塞

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第23話 嵐の前夜




 先遣隊の全滅は、魔王軍本隊に対する最も明確な宣戦布告として機能した。


 逃げ帰る者が一人もいなかったことで、敵の指揮官は「斥候が事故に遭った」とは考えず、「組織的な迎撃を受けた」と判断する。そして、面子を潰された正規軍が次に取る行動は、圧倒的な物量による徹底的な蹂躙のみである。


 開戦予定時刻まで、残り十二時間。


 泥の盆地に、再び雨が降り始めた。

 最初は細い糸のようだった雨脚は、夜の深まりとともに明確な質量を持った水滴へと変わり、乾きかけていた村の地面を再び底なしの泥濘へと引き戻していく。

 気圧の低下が、生物の本能に「嵐の到来」を告げていた。


 決戦前夜。

 明日には確実に五百の軍勢が押し寄せてくるという極限状況下において、雇われた六人の怪物たちは、驚くほど平穏な時間を過ごしていた。

 彼らにとって「明日死ぬかもしれない」という確率は、日常における「明日は雨かもしれない」という程度の天気予報と同義なのだ。


 村はずれの納屋の軒下では、剣聖レオハルトが黙々と剣の手入れをしていた。

 彼の膝の上には、装飾の一切ない無骨な鉄の長剣が置かれている。彼は砥石に雨水を少しだけ垂らし、一定のリズムで刃を滑らせていた。

 金属と石が擦れる規則的な音が、雨音に混じって響く。

 彼の『魔断の太刀』は、魔法の構成式を物理的に切断するという理不尽なスキルだが、刃そのものが劣化すれば、当然ながらその切断能力も低下する。彼が剣を研ぐのは、生への執着からではなく、ただの職人のルーティンワークだった。

 しかし、その瞳の奥には、数日前まで彼を支配していた「底なしの虚無」とは少し違う、微かな熱量のようなものが宿っているように見えた。彼は砥石を滑らせながら、時折、昼間にカミイの背中を叩いた自分の手のひらを、不思議そうな目で見下ろしていた。


 一方、村の集会所として使われている広めの小屋の中では、技術と魔法のプロフェッショナルたちが、死線前のリラックスタイムを満喫していた。


 ドワーフの工兵ドーゴンは、ランタンの灯りの下で、いくつもの小さな歯車をピンセットで組み上げている。


 明日使うための殺戮兵器のメンテナンスではない。彼が作っていたのは、木っ端とバネを組み合わせた「ゼンマイ仕掛けで歩くウサギのからくり人形」だった。

 完成した人形を床に置くと、不格好な動きでテケテケと歩き出す。それを見て、物陰から顔を覗かせていた兎人族の子供たちが、歓声を上げて群がってきた。

 明日、この小屋ごと焼き払われるかもしれないというのに、子供のためにおもちゃを作る。それは、極限の不条理に対する、技術者なりのささやかな抵抗であり、余裕の証明だった。


「お前さん、相変わらず無駄な手先の器用さだな。そんな玩具に使うバネがあるなら、自動クロスボウの予備部品に回せばいいものを」


「馬鹿言ってんじゃねえよ、老いぼれ。職人ってのはな、殺すための道具だけ作ってると心が死んじまうんだ。こういう無駄なもんで精神のバランスを取ってんだよ」


 ドーゴンがゴーグルをずり上げながら笑うと、少し離れた場所に敷かれたむしろの上で、老軍師アーレイと重装歩兵オリエールが、村人から供出された強めの蒸留酒を回し飲みしていた。


「バランスね。まあ、明日の今頃には、その人形ごと泥の中に埋まってる確率が五割だがな」


 オリエールが、酒瓶を煽ってから口の端を拭った。


「五百対七。……昔、あんたと組んでた時の『砂漠の防衛戦』を思い出すわ。あの時は三百対五だったかしら。あんたが敵の補給線を断つって言って、結局私たちが三日間、水なしで敵の重装騎兵の囮にされたんだっけ」


「人聞きの悪い。あれは囮ではなく、高度な戦略的遅滞戦闘だ。おかげで結果的に勝利し、お前は盾の修繕費を十二分に稼げたはずだぞ」


「その修繕費の倍の額を、治療費で持っていかれたけどね」


 二人は、過去の絶望的な戦場を、まるで昨日の酒場での失敗談のように笑い合っていた。


 悲惨な記憶をブラックジョークでコーティングしなければ、傭兵の精神は容易に崩壊する。彼らはそうやって、何十回も死線を乗り越えてきたのだ。



 その頃。

 村から少し離れた川岸の暗がりで、魔人ゲンガイは一人、焚き火の前に胡座をかいていた。


 彼は懐から、油紙に包まれた古びた羊皮紙の束を取り出した。

 それは、彼が「自分は名のある騎士の末裔だ」と主張するために、各地の古物商や盗賊から掻き集め、都合よく継ぎ接ぎして作り上げた『偽の家系図』だった。文字の読めないゲンガイにとって、それは己の虚栄心と、社会に対する劣等感の塊そのものだった。


 彼はその羊皮紙の束をしばらく見つめていたが、やがて、短く鼻を鳴らした。


「……こんなもん、もういらねえな」


 ゲンガイは、羊皮紙の束をそのまま焚き火の中へ放り込んだ。

 乾燥した古い紙は、あっという間に炎に包まれ、黒い灰となって夜空に舞い上がった。

 貴族の血など流れていなくても、今の彼には、あの指揮官が用意した「守るべき泥の村」と、「自分の背中を預けるに足る――そして時折腹の立つ――怪物たち」がいる。


「これで俺様も、ただのゲンガイだ。……明日は暴れ回ってやるぜ」


 彼は炎の暖かさを感じながら、背後に立てかけた巨大な処刑鎌デスサイズの柄を、太い指で優しく撫でた。



 六人の怪物たちは、それぞれのやり方で、嵐の前の静寂を消化していた。

 彼らにとって、戦場は「非日常」ではなく、すでに人生の「日常」の一部なのだ。



 だが、その部隊を率いるトップ――指揮官である千代だけは、彼らとは全く別の地獄に一人で取り残されていた。




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