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七星の戦記 Eランクの女子高生指揮官、最強の落ちこぼれたちを率いての異世界防衛戦 〜私の「戦術眼」には勝利へのルートが見えています〜  作者: 真野真名
第2章:泥の要塞

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第21話 24時間早まった襲撃




 開戦予定時刻まで、残り二十四時間。


 予定というものは、あくまでこちらが希望する最も都合の良い仮説に過ぎない。戦争において、スケジュールが前倒しになることはあっても、遅延して急場を凌げることなど皆無に等しかった。


 千代が構築した指揮所――村を見渡せる小高い丘の上にドーゴンが廃材で急造した、屋根付きの物見櫓――の空気が、唐突に凍りついた。


 千代の視界に常時展開されている『戦術眼タクティカル・ビュー』の広域レーダーに、ノイズのような赤い斑点が現れたからだ。


【敵対ユニット検知:ゴブリン狼騎兵ウルフライダー

【個体数:二十】

【進行速度:時速四十キロメートル/接敵まで残り百二十秒】


 それは、本隊の到着に先立って派遣された魔王軍の先遣隊だった。


 本来、斥候や先遣隊の任務は「敵情視察」と「地形の把握」であり、無用な戦闘は避けるのが軍事学のセオリーである。しかし、相手はゴブリンという、知能よりも攻撃衝動が先行する生物だった。さらに彼らが跨っている巨大なダイアウルフは、数日風呂に入っていない傭兵たちの体臭と、何より村に集められた食料の匂いを嗅ぎつけ、完全に飢餓の興奮状態に陥っていた。


「……来るわ。二十騎、一直線に村の正面ゲートへ向かっている」


 千代は、自身の声が驚くほど平坦に出たことに、自分自身で感心していた。

 だが、制服のスカートを握りしめる掌は、じっとりと冷たい汗をかいている。心臓は肋骨を内側から叩き割るような勢いで拍動し、胃袋の底には鉛を飲み込んだような重い吐き気があった。


 シミュレーションゲームで駒を動かすのとは違う。

 今から自分が下す一つの指示で、明確に「命」が砕け散るのだ。その絶対的な責任の重圧が、女子高生の細い肩にのしかかる。


「指揮官殿、呼吸が浅いぞ。脳に酸素が回らなければ、盤面を見誤る」


 千代の隣でパイプを吹かしていた老軍師アーレイが、どこ吹く風といった様子で指摘した。


 彼のスキル『並列思考・念話リンク・マインド』はすでに発動しており、千代の脳波と、村の各所に配置された傭兵たちの意識を、見えない無線通信のようにつなぎ合わせている。千代が口にした言葉は、即座に全員の脳内に音声として共有される仕組みだ。


 千代は一度深く息を吸い込み、泥の匂いを肺の奥まで送り込んだ。


 ――私は指揮官だ。ここでは、私の網膜に映る景色だけが絶対の真理。


 千代は『戦術眼』のスケールを拡大し、村の入り口に構築した「虎口(迷路状の土塁)」にフォーカスを合わせた。


「各員、配置につけ。これより防衛戦を開始する。……第一フェーズ、誘い込み」


 千代の凛とした声が、念話帯域を通じて全員の脳に響く。


 村の正面。

 そこは、アーレイの地盤操作によって、あえて「無防備に開け放たれた安全な一本道」のように偽装されている。


 森の木々を薙ぎ倒し、泥を跳ね上げてゴブリンの騎兵部隊が姿を現した。彼らは小柄な体に不釣り合いな粗悪な曲刀を振り回し、下品な奇声を上げながら、疑うこともなくその「開けた道」へと雪崩れ込んでいく。


「到達まで、十、九、八……」


 千代の視界で、赤い矢印ベクトルが、想定した『枡形ますがた』――直角に折れ曲がった袋小路――の奥深くへと吸い込まれていく。


 ゴブリンたちは、罠の存在に全く気づいていない。先頭の狼が、土塁の行き止まりに直面して急ブレーキをかけた瞬間、後続の騎兵たちが次々と玉突き事故を起こし、狭い空間に二十騎の質量がすし詰めに圧縮された。


「今。……A地点、ドーゴン、起爆!」


 千代の指示が下った。


 直後、枡形の土塁の側面に偽装されていたドーゴンのトラップ――『自動火炎放射鍋』が、一斉に作動した。


 機械的なバネの弾ける鋭い音。

 火打石の摩擦が散らした火花が、鍋から前方にぶちまけられた廃油と魔獣の脂の混合液に引火する。


 狭い土塁の袋小路は、一瞬にして灼熱の密室へと変貌した。

 火炎の奔流が、密集していたゴブリン騎兵たちを側面から飲み込む。

 断末魔の悲鳴すら上がる暇はなかった。狼の体毛と、ゴブリンたちの粗末な皮鎧が瞬時に燃え上がり、空気が急激に膨張して爆発的な衝撃波を生む。


 肉が焦げる強烈な悪臭が、丘の上の指揮所まで風に乗って漂ってきた。


「第二フェーズ、掃討。ゲンガイ、オリエール。生き残りを処理して」


『ギャハハ! 待ってたぜ! 黒焦げの肉なんて食えたもんじゃねえが、準備運動には丁度いい!』


 念話の向こう側から、狂戦士の嬉々とした咆哮が響く。


 火災と混乱で出口へ逃げ帰ろうとする少数の生存者の前に、タワーシールドを構えたオリエールが文字通り「蓋」をし、その背後からゲンガイの処刑鎌が容赦なく振り下ろされる。


 物理的な殺戮。

 血の飛沫が舞い、赤いマーカーが次々と消失していく。


 千代は、手すりを握る手の震えを必死に抑え込んでいた。

 これが、戦争。これが、自分の指示の結果。

 圧倒的な成功だ。味方に傷一つ負わせず、敵の先遣隊を壊滅させた。


 だが、千代の『戦術眼』は、完璧なはずの盤面から「一つの赤いマーカー」が、予測不能な軌道を描いて弾き出されたのを見逃さなかった。


「……バグね」


 それは、最後尾にいた一騎のゴブリンだった。

 火炎の爆発に驚いた狼が、完全にパニックを起こし、出口へ逃げるのではなく、横側の土塁を無理やり蹴り登ってしまったのだ。


 土塁を越えた一騎は、オリエールたちの包囲網を抜け、村の奥――非戦闘員である兎人族の子供たちが隠れている『備蓄庫(避難所)』の方向へと、狂ったように直進し始めた。


「防衛ライン突破一騎。目標、後方の避難所」


 千代の声に焦りはなかった。ただ、極めて冷徹に事象を報告した。

 指揮所に控えていた剣聖レオハルトが、無言で剣の柄に手をかける。彼の脚力なら、一瞬で距離を詰めて獣ごと斬り捨てることは容易い。


 だが、千代は彼を手で制した。


「動かないで、レオハルトさん。あなたの足なら追いつくでしょうけど、敵の第二波が来ない保証はない。指揮所ここの護衛を空けるのはリスクが高すぎるわ」


 千代の戦術眼は、避難所の前にポツンと立っている一つの青いマーカーを捉えていた。


「カミイ。あなたが一番近いわね」


 千代の無線の声が、遊撃として後方に配置されていた獣人の少年の脳内に直接響く。


「前衛に出なさい。あれを止めないと、あなたの後ろにいる子供たちが死ぬわよ」


 悲痛な叫びなどではない。ただの、血の通っていない業務命令だった。



 その重すぎる『命の選択』の突きつけに、避難所の前で待機していた少年は、ビクッと肩を震わせた。




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