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七星の戦記 Eランクの女子高生指揮官、最強の落ちこぼれたちを率いての異世界防衛戦 〜私の「戦術眼」には勝利へのルートが見えています〜  作者: 真野真名
第1章:泥泥の宝石

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第2話 値踏みする眼




 城塞都市バルガスは、巨大な消化器官のような街だった。


 北の国境線に位置するこの都市は、人と物資、そして欲望を飲み込み、それを暴力と金貨に変換して排泄することで成り立っている。城壁は高く、その表面は長年の戦火と煤煙で黒ずんでおり、まるで喫煙歴五十年の肺のようだった。


 門をくぐった瞬間、千代を襲ったのは強烈な臭気だった。

 香辛料、汗、馬糞、そして鉄錆。それらが混ぜ合わさり、熱気という名のドレッシングで和えられている。


「……人が、多いわね」


「はい。ここは国境の要所ですから。傭兵や商人、怪しげな術師まで、何でも集まると聞いています」


 案内役の兎人族の少年、ルイが長い耳を縮こまらせて言った。彼は先ほどから、通行人とすれ違うたびにビクビクと体を震わせている。捕食される側の生物としての本能が、この街の「肉食獣」の気配を敏感に察知しているのだろう。


 千代は制服のスカートの埃を払い、努めて堂々と歩いた。

 異世界転移した女子高生という希少な存在だが、この街では誰も千代を気に留めない。すれ違うのは、全身に入れ墨を入れた大男や、半裸に皮鎧をまとった女戦士、あるいは法衣の裾を引きずった司祭風の男たちだ。女子高生のブレザーなど、彼らにとっては「変わった民族衣装」程度にしか映らないらしい。


「まずは、相場を知るわよ」


 千代はルイに言った。

 懐には、例の『生命の魔石』が入っている。だが、これは使えない。これを見せた瞬間に殺されて奪われるか、足元を見られて買い叩かれる未来しか見えないからだ。

 必要なのは情報だ。

 この世界で、命の値段はいくらなのか。



 ***



 冒険者ギルド『鉄の天秤』亭は、街の中央広場に面していた。

 木造三階建ての巨大な酒場を兼ねたその建物は、昼間から酔っ払いの怒号と、ジョッキがぶつかり合う音が響いていた。


 重い両開きの扉を押し開けると、タバコの煙が壁のように押し寄せてきた。

 千代は咳き込みそうになるのを堪え、カウンターへと直進した。


 受付に座っていたのは、爬虫類のような縦長の瞳孔を持つ女性だった。肌は青白く、鱗の痕跡がある。彼女は気怠げに頬杖をつき、千代を見下ろした。


依頼クエストの発注? それとも登録?」


「発注です。緊急の防衛任務を」


 千代は努めて冷静に言った。

 受付嬢はあくびを噛み殺しながら、羊皮紙の用紙を差し出した。


「場所、敵の規模、期間、報酬額を記入して。代筆が必要なら銀貨一枚よ」


「字は書けますが、こちらの言語ではありません。口頭で伝えます」


「へえ。じゃあ、言ってみて」


 千代は息を吸い込んだ。ここが勝負所だ。


「場所はここから南へ馬車で二日、兎人族の集落。敵は魔王軍『黒牙旅団』の一個大隊、推定五百。防衛期間は敵の撤退まで。……報酬は、成功報酬として村の全財産」


 一瞬、周囲の騒音が止まった気がした。

 受付嬢の爬虫類の目が、すうっと細められた。


「五百? ゴブリンの群れじゃなくて?」


「正規の武装をした旅団です。歩兵、騎兵、魔導部隊を含みます」


「……お嬢ちゃん。算数できる?」


 受付嬢は呆れたように、細長い指でカウンターを叩いた。


「五百の正規軍を止めるなら、こっちも最低百人の傭兵が必要よ。しかも、相手が魔王軍なら命知らずのベテランしか雇えない。相場を知ってる?」


「いえ」


「一人の日当が金貨五枚。百人で五百枚。十日守れば五千枚。……あんたの言う『村の全財産』ってのは、それくらいあるの?」


 金貨五千枚。

 貨幣価値は不明だが、ルイが青ざめて失神しかけている様子からして、国家予算レベルの金額なのだろう。


 千代は唇を噛んだ。


「前金はありません。ですが、勝てば……」


「あのねえ」


 受付嬢は話を遮り、カウンターの下からハエ叩きを取り出した。


「ここは慈善事業団体じゃないの。傭兵はね、死ぬリスクを金で買ってるのよ。五百の軍勢相手に、後払いの約束手形で命を張る馬鹿がどこにいるの?」


 その言葉は、正論すぎて反論の余地がなかった。


 千代は食い下がった。


「で、では、少数精鋭なら? 強力な個人の冒険者を数名雇う場合は?」


「ランクA以上の冒険者? もっと無理ね。彼らは引く手あまたよ。王侯貴族や大商人の護衛でスケジュールは年単位で埋まってる。泥だらけの貧乏村に来る暇なんてないわ」


 受付嬢はハエ叩きを振り回し、千代の目の前を飛んでいた羽虫を潰した。

 ベチャリ、と嫌な音がする。


「お帰りなさい。悪いことは言わないから、村を捨てて逃げることね。それが一番安上がりな『防衛』よ」


 その時、背後でドッと笑い声が上がった。

 振り返ると、酒を飲んでいた冒険者たちが、こちらを見てニヤニヤしていた。


「おい聞いたかよ、五百の魔王軍だってさ」


「嬢ちゃん、村の財産より、その体売った方が金になるんじゃねえか?」


「ウサギの村なんて、どうせ芋と泥しかねえだろ。報酬が泥団子じゃあ、ゴブリン退治も頼めねえな!」


 下卑た嘲笑。

 酒の肴にされた屈辱。


 ルイが震えながら千代の袖を引く。


「ち、千代様……もう、いいです。行きましょう……」


「…………」


 千代は無言で受付に一礼し、踵を返した。

 背中に浴びせられる「帰ってママのおっぱいでも飲んでな」という野次を聞き流しながら、扉を出る。


 外の空気は相変わらず臭かったが、中の淀んだ空気よりはマシだった。



 ***



 路地裏の古びた木箱に腰を下ろした千代は、ルイが持っていた保存食の黒パンをかじった。

 味はしなかった。砂を噛んでいるようだ。


 現実は、ファンタジー小説のように甘くはなかった。ここにあるのは、シビアな資本主義と、暴力の相場だけだ。


「……千代様」


 隣で膝を抱えていたルイが、押し殺したような声で言った。

 彼はパンに口をつけていなかった。その長い耳は力なく垂れ下がり、目元は赤く腫れている。


「捨ててください」


「え?」


「その、懐の『石』を……捨ててください」


 ルイの声が震えていた。


 千代は懐に手を入れた。ゴツゴツとした『生命の魔石』の感触。ルイの祖父たちが、文字通り命を削って作った結晶。


「あいつら、笑いました。泥団子だって……」


 ルイが大粒の涙をこぼした。兎人特有の赤い瞳から、ボロボロと雫が落ちて、泥だらけの地面に吸い込まれていく。


「じいちゃんたちの命なのに。みんなが、ご飯を我慢して、寿命を削って作ったのに……。あんな、ゲラゲラ笑って……」


 ルイは両手で顔を覆った。


「もういいんです。どうせ売れない。金貨五千枚なんて無理だ。僕たちの命なんて、人間様にとっちゃ、泥団子と同じなんです。だから……」


 彼は顔を上げ、千代に懇願した。その表情は、恐怖よりも深い、諦念ていねんに染まっていた。


「千代様まで笑われることはない。捨てて逃げてください。僕も、もう村には帰りません。帰れません。あんな……みんなが死ぬところなんて、見たくない……ッ!」


 ルイの慟哭が、狭い路地に響いた。

 それは「情けない」叫びだった。

 戦う気概も、守る覚悟もない。ただ現実の残酷さに押しつぶされ、大切なものを踏みにじられた弱者の、無様な泣き言。


 だが、千代の胸には、その「無様さ」こそが突き刺さった。


 彼は泣いている。

 千代が「システム」や「数値」に置き換えて直視しないようにしていた『死』と『理不尽』を、彼は全身で受け止めて泣いているのだ。


 ――悔しくないのか。


 千代の中で、何かが音を立てて軋んだ。

 自分も泣きたい。怖くて逃げ出したい。

 けれど、ここで二人して泣いていたら、本当に終わりだ。

 あのアホな冒険者たちの言う通り、泥団子を抱えて野垂れ死ぬだけのバッドエンドだ。


「……食べるわよ」


「え……」


「パン。食べなさい」


 千代は、ルイの口元に黒パンを強引に押し付けた。


「捨てない。この石も、あんたの村も。……私が『価値がある』って言ったら、あるのよ。市場価値? 相場? 知ったことじゃないわ」


 千代のこめかみに青筋が浮かぶ。


 頭痛が激しくなる。眼球の裏側を、熱い針で刺されるような激痛。


「泣き言を言うエネルギーがあるなら、咀嚼そしゃくに使いなさい。これから忙しくなるんだから」


「で、でも……金貨も、英雄も……」


「正規ルートがダメなら、裏口を探すだけ。……黙って見てなさい」


 その時だった。

 極限まで高まったストレスと、ルイの絶望への共鳴が引き金トリガーになったのか。


 千代の脳内で、何かが焼き切れる音がした。


「千代様!?」


 ルイが驚いてのけぞる。


 千代の瞳孔が開き、焦点が虚空を結んだまま固まったからだ。


「……大丈夫。ちょっと、チャンネルが変わっただけ」


 千代はゆっくりと顔を上げた。

 世界が変わっていた。


 ルイの涙も、路地の汚さも、すべてが剥がれ落ち、無機質な線画ワイヤーフレームへと置換されていく。


 建物も、石畳も、屋台も、すべてが幾何学的なラインで描かれた図形として認識される。

 そして、そこを行き交う人々。

 彼らの頭上には、無数の「データ」が滝のように流れていた。


 まるで、壊れたゲーム画面を見ているようだった。

 あるいは、デバッグモードの管理者権限を与えられたかのような。

 道行く人々の頭上に、カラーバーのような光と、文字列が浮かんでいる。


【市民:Dランク(白)】

【商人:Eランク(白)】

【傭兵:E+ランク(白)】


 視界を埋め尽くすのは、圧倒的な「白」だった。


 無害、平凡、その他大勢モブ

 ステータスウィンドウには、彼らの能力値が棒グラフで表示されているが、どれも似たり寄ったりだ。攻撃力20、防御力15。そんな数字の羅列。


 先ほどギルドで千代たちを嘲笑った冒険者たちが店から出てきた。

 彼らのステータスを見る。


【冒険者:Dランク(白)】

【特記事項:特になし】


 千代は鼻で笑ってしまった。

 なんだ、あいつらも「その他大勢」じゃないか。

 口では偉そうなことを言っていたが、彼らもまた、この巨大な街の消費されるリソースの一つに過ぎない。安全な依頼クエストをこなし、酒を飲み、凡庸に老いていく存在。

 

 ――Aランクの英雄なんて、どこにもいない。


 千代は視線を彷徨わせた。

 街ゆく人々の99%が「白」だ。稀に「緑(良質)」や「青(専門家)」がいるが、彼らは身なりが良く、すでに誰かに雇われている空気を纏っている。


 千代の脳内のCPUが、高速で回転を始めた。

 正規の予算(金貨)がない。

 正規の英雄(Aランク)は雇えない。

 ならば、狙うべき市場マーケットはどこだ?


 ふと、視界の端に「異物」が映った。

 それは、華やかな大通りではなく、ゴミ箱がひっくり返ったような汚い路地裏の暗がり。

 あるいは、昼間からシャッターの降りた酒場の軒先。

 そこに、チカチカと点滅する、不気味な色彩があった。


 一つは、ノイズ混じりの「灰色」。

 一つは、どす黒く澱んだ「褐色」。

 そして、遠くの酒場から放たれている、目が痛くなるほどの「赤」。


 千代は目を凝らした。

 その「赤」の輝きにフォーカスを合わせる。

 ウィンドウがポップアップし、警告音が脳内に響く。


【警告:精神汚染のリスクあり】

【推定ランク:測定不能エラー

【状態:暴走/極貧/空腹】


 エラー吐きそうな輝き。

 普通の冒険者ギルドなら、履歴書を見た瞬間にシュレッダーにかけるような「事故物件」。

 だが、千代の『戦術眼』は、その「赤」の中に、砂金のように煌めく莫大な数値を見逃さなかった。


 攻撃力、S。

 潜在能力、SS。

 ただし、協調性、Z(測定不能)。


「……見つけた」


 千代は呟いた。

 乾いた笑いが込み上げてくる。

 そうだ。これだ。


 金のない弱小球団が優勝するには、どうすればいい?

 FA宣言したスター選手を獲得する? 無理だ。


 答えは一つ。


 「怪我で引退した元エース」や、「素行不良で球界を追放された天才」を拾ってくるしかない。

 市場価値が暴落しているが、スペックだけは最強の「訳あり物件(ジャンク品)」を。


「行くわよ、ルイ」


 千代は立ち上がった。

 足取りは軽かった。先ほどまでの絶望感は消え失せ、代わりにギャンブラーが全財産を一点張りする直前のような、ヒリヒリとした高揚感が全身を駆け巡っている。


「え、ど、どこへ? そっちはスラム街ですよ? 治安が最悪で……」


「だから行くのよ」


 千代は、遠くで怒声と破壊音が響く路地裏を指差した。

 そこには、周囲の「白」い人々が恐怖して逃げ惑う中心で、太陽のように激しく、そして血のように禍々しい「赤」のオーラが渦巻いていた。


「英雄なんて雇えない。私たちが雇うのは、もっと安くて、もっと質の悪い――『怪物』たちよ」


 千代は雑踏をかき分け、騒乱の中心へと歩き出した。

 制服のスカートを翻し、泥だらけのローファーで、運命という名の地雷原へと踏み込んでいく。


 その背中は、もはやただの女子高生ではなかった。

 自身のスキルだけを頼りに、瓦礫の山からダイヤの原石を掘り出そうとする、冷徹な「指揮官」の姿だった。


 路地の奥で、何かが爆ぜる音がした。

 男の悲鳴と、獣の咆哮。

 千代の口元が、わずかに歪んだ。

 

 さあ、面接の時間だ。




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