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七星の戦記 Eランクの女子高生指揮官、最強の落ちこぼれたちを率いての異世界防衛戦 〜私の「戦術眼」には勝利へのルートが見えています〜  作者: 真野真名
第2章:泥の要塞

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第18話 無学なる暴力の壁




 数時間後。


 広場に集められた六十名の兎人族の手には、ドーゴンが錬成した長さ五メートルの『鉄心竹』の長槍が握られていた。


 先端は鋭く削がれ、炭化するまで焼き固められている。金属の刃はないが、その硬度は粗悪な鉄鎧なら容易に貫通するほどだ。


 だが、渡された村人たちは、そのあまりの長さに持て余していた。


「ひぃっ、重い……」

「長すぎて、先っぽが震えるぞ。これじゃあ敵に当たる前に、腕がもげちまう」

「どうやって振り回せばいいんじゃ……」


 あちこちで竹槍同士がぶつかり、よろけた村人が隣の者の頭を小突くといった、喜劇のような光景が繰り広げられている。


 千代は、ドーゴンに作らせた空き缶のメガホンを口に当て、広場に響き渡る大声で怒鳴った。


「振り回すな! その槍は『振る』ためのものじゃない! 『突く』ためだけのものよ!」

 千代の指示により、村人たちは横一列十人、縦六列の密集陣形を組まされた。

 隣の者との肩が触れ合うほどの、異常な密着度。

 そして、前列の者は槍を水平に構え、二列目、三列目の者は前列の者の肩越しに槍を突き出す。四列目以降は槍を斜め上に向けて待機する。


 横から見れば、巨大なハリネズミが泥の中から現れたような異様な光景だった。


「いい? あなたたちが覚えることは三つだけよ」


 千代は、密集陣形の前に立ち、三本の指を立てた。


「一つ、絶対に隊列を崩さないこと。隣の奴が死んでも、前に詰めなさい。二つ、槍を離さないこと。三つ、太鼓の音に合わせて、ただ前に槍を突き出すこと」


 千代の合図で、後方に控えていたドーゴンが、廃材で作ったドラム缶の太鼓を叩き始めた。


 ドン、ドン、ドン。

 低く重いリズムが、雨の降る広場に響く。

 千代は声を張り上げた。


「イチ、ニ、サンで踏み込み、シで突く! 行くわよ! イチ、ニ、サン!」


 村人たちが、怯えながらも太鼓の音に合わせて足を動かす。泥を跳ね上げる音が揃い始める。


「突け!!」


 六十本の竹槍が、一斉に前方へ突き出された。


 しかし、その動きはバラバラだった。ある者は早く突きすぎ、ある者は槍の重さに負けて穂先を地面に突き刺し、ある者は恐怖で目をつぶって斜め上を突いた。

 後列の者の穂先が、前列の者の長い耳を掠め、悲鳴が上がる。


 集団としての破壊力はゼロ。ただの危険な障害物競争だった。


「やり直し! 穂先を揃えなさい! 個人の意志はいらない、隣の人間と呼吸を合わせるのよ!」


 千代の容赦のない檄が飛ぶ。

 それからの数時間は、地獄のような反復練習だった。

 右へ移動。左へ移動。前進。後退。そして、突き。

 ただそれだけの単純動作を、数百回、数千回と繰り返させる。


 兎人族特有の泣き言や、疲労による不満の声は、ゲンガイの「たるんでる奴は俺様が食うぞ」という一喝と、オリエールの盾の裏を叩く威嚇音によって強制的にシャットアウトされた。


 軍隊の訓練の本質は、個人の思考を奪い、システムの一部として組み込むことにある。

 恐怖を感じる暇を与えず、筋肉に動作を記憶させる。


「逃げたい」という個人の感情を、「隣の奴が突くから自分も突く」という集団の同調圧力によって塗り替える。

 それは、近代軍事学が到達した、極めて非人間的で、極めて効率的な人間の運用方法だった。


 雨が本降りになり、泥濘が足首まで浸かる頃。

 広場の空気は、数時間前とは全く別のものに変わっていた。


 ドン、ドン、ドン。

 太鼓のリズム。


 それに合わせて、六十名の兎人族が、無言で泥を踏みしめる。

 泣き言は消えていた。彼らの瞳からは個人の感情が削ぎ落とされ、過酷な反復運動による一種のトランス状態に入っている。


「イチ、ニ、サン!」


「「「ハッ!!」」」


 六十人の声が一つに重なり、五メートルの竹槍の壁が、寸分違わぬタイミングで前方へ突き出された。


 風を裂く破砕音。

 揃い踏みした穂先が、仮想敵に見立てた泥の壁を、巨大な一枚の面として一斉に貫いた。


 一人の筋力は弱くても、六十本が同時に、同じ高さで、同じタイミングで押し寄せる物理的圧力は、もはや「個」の暴力の範疇を超えていた。


 その光景を、腕を組んで見ていたレオハルトの目が、わずかに見開かれた。

 彼は、自らの剣技のすべてを脳内でシミュレートし、目の前の「竹槍の壁」と戦わせてみた。


 ――厄介だ。

 それが、剣聖の偽らざる感想だった。

 五メートルという絶対的なリーチの差。

 一本の槍なら、弾き落として懐に飛び込むことは容易い。だが、上下左右に隙間なく並べられた無数の穂先が、波のように連続して突き出されてきたらどうなるか。

 剣を振るうスペースがない。回避する隙間がない。

 さらに恐ろしいのは、これが「魔導士殺し」として完璧に機能することだ。


「……なるほど。これなら『魔法』を使わせる隙を与えず刺せる」


 レオハルトが、低く呟いた。

 魔法の行使には、魔力を練るための数秒の詠唱時間と集中が必要だ。

 だが、このファランクス(密集陣形)は、休むことなく面として迫ってくる。魔導士が詠唱を始めようとした瞬間、視界のすべてを埋め尽くす五メートルの穂先が、問答無用で顔面に迫ってくるのだ。集中などできるはずがない。


「個人の技など、この『無学な暴力』の前では意味をなさない、というわけか」


 レオハルトの言葉に、隣にいたアーレイがパイプの煙を吐き出して同意した。

「指揮官殿の頭の中は、底知れんな。弱者を強者にするのではなく、弱者を束ねて『地形』そのものに変えてしまった。……あの槍衾やりぶすまは、もはや生きた防壁だ」


 千代の視界の『戦術眼』には、劇的な変化が表示されていた。

 個々では【戦闘力:0.2】のままの村人たちのデータが、陣形を組んだ瞬間、リンクして一つの巨大なユニットとして認識され始めたのだ。


 【部隊:長槍兵ファランクス

 【面制圧力:B+】

 【対騎兵阻止率:八十パーセント】


 ――できた。

 千代は、メガホンを下ろし、雨に濡れた前髪を払った。

 泥だらけになって息を切らす村人たちを見つめる。

 彼らはまだ、自分たちがどれほど恐ろしいシステムに組み込まれたのか、理解していないだろう。敵が目の前に迫れば、恐怖で陣形が崩れる可能性は高い。

 だが、これで五百の軍勢に対抗するための「手駒」は揃った。


 アーレイの地盤(迷路)。

 ドーゴンの罠。

 オリエールの盾。

 村人たちの槍衾。

 そして、ゲンガイとレオハルトの殺戮の刃。


 開戦まで、残り六十時間。


 泥の要塞は、その致死性の牙を、静かに研ぎ澄ませていた。




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