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七星の戦記 Eランクの女子高生指揮官、最強の落ちこぼれたちを率いての異世界防衛戦 〜私の「戦術眼」には勝利へのルートが見えています〜  作者: 真野真名
第2章:泥の要塞

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第17話:最弱の槍




 開戦まで、残り七十二時間。


 空からは相変わらず、陰鬱な小雨が糸のように降り続いている。


 アーレイによる土塁の構築と、ドーゴンによる凶悪な罠の設置が進む一方で、千代の脳内の演算機は、ひとつの致命的なエラーを弾き出し続けていた。


『手数の絶対的な不足』である。


 罠や地形で敵の進軍を阻害し、オリエールが攻撃を吸収したとしても、五百という質量の波を六人の攻撃手だけで削り切ることは物理的に不可能だった。敵を一人殺すのに十秒かかれば、五百人を殺すのに五千秒、およそ一時間半。その間、前衛は一瞬の休息も許されずに武器を振り続けなければならない。人間や魔人の筋肉の乳酸値が限界を超え、関節が悲鳴を上げるには十分すぎる時間だ。


 消耗戦になれば、確実にこちらがすり潰される。

 それを防ぐためには、六人の傭兵以外に、敵の「足止め」と「面制圧」を行う物理的な壁が必要だった。


「……というわけで。業務提携のオプションとして、あなたたちにも戦ってもらいます」


 千代は、泥だらけの広場に集められた兎人族の成人男女――およそ六十名の前に立ち、極めて事務的に通達した。

 村人たちの間に、絶望的な悲鳴が上がった。


 無理もない。彼らはつい昨日、千代から「戦わなくていい、家の中で耳を塞いでいろ」と言われたばかりだったのだ。食料を供出したのだから、あとは傭兵たちが勝手に死んでくれるものだと思っていたのだろう。その目論見が外れ、最前線に引きずり出されたのだから、彼らの表情は屠殺場に連行される家畜そのものだった。


「お、お待ちくだされ千代様!」


 村長のブロップが、泥に膝をついて懇願した。


「我ら兎人族は、生来争いを好まぬ種族。剣の持ち方も知らなければ、血を見るだけで卒倒する者もおります。そのような我らが戦場に出たところで、足手まといになるだけでは……」


「そうね。だから、まずは適性検査をするわ。ゲンガイ、オリエール」


 千代の合図で、ゲンガイがガラクタの山から拾い出した錆びた鉄剣を、最前列にいた若い村人の足元に放り投げた。

 オリエールは、木製の粗末な丸盾を別の村人に押し付ける。


 結果は、ブロップの自己申告を裏付ける、あるいはそれ以上に悲惨なものだった。

 鉄剣を持たされた若者は、その重さに耐えきれずに手首を痛め、剣を落として足の甲を負傷し、泣き出した。

 丸盾を持たされた村人は、オリエールが試しに軽く蹴りを入れただけで、盾ごと後ろへ数メートル吹き飛び、泥水を飲んで気絶した。


 武器を振るう筋力がない。

 衝撃に耐える骨格がない。


 何より、敵意に向き合う精神構造が根本から欠落している。

 彼らは、捕食者から逃げることに特化して進化した生物なのだ。戦うための筋肉も神経回路も、遺伝子レベルで存在していない。


「……千代様、やっぱり無理ですよ」


 少年カミイが、気絶した村人を介抱しながら、情けなさそうに言った。


「彼らに武器を持たせるのは、子供に刃物を持たせるより危険です。自分の足を切るか、味方の背中を刺すのがオチです」


「時間の無駄だな」


 傍らで腕を組んでいた剣聖レオハルトが、冷たく言い捨てた。


「恐怖で視界が狭窄している。手足の筋肉は硬直し、重心は常に逃げるために後ろへ傾いている。……これは兵士ではない。ただの肉だ。戦場に出せば、一秒で五体が分断されるだろう」


 剣の達人からの、身も蓋もない最終宣告。

 村人たちはその言葉に安堵し、「ほら見ろ、やっぱり自分たちは戦えないんだ」という顔をして、互いの体を寄せ合った。誰もが、「無力であること」を盾にして、責任から逃れようとしている。


 その光景は、自分たちは弱いから仕方がないと、互いに傷を舐め合いながら沈没していく人間の、ひどく滑稽で、救いようのない甘えの構造。


 千代は、深くため息をついた。


 レオハルトの言う通りだ。彼らに「個人の武芸」を教えるのは、魚に空の飛び方を教えるようなものだ。


 だが、千代の視界の『戦術眼』には、この六十名の弱者たちが、依然として「利用可能なリソース」としてカウントされ続けている。


「個人の武力なんて、最初から期待していないわよ」


 千代は、泣き言を言う村人たちを一瞥し、冷徹に言い放った。


「あなたたちに『剣士』になれとは言っていない。剣を振るうには、筋力と動体視力と空間把握能力が必要よ。そんな高等技術を三日で教え込めるわけがない」


「で、では……?」


「あなたたちには、ただの『歯車』になってもらうわ」


 千代の視線は、村の裏手に群生している、天高く伸びた植物の林に向けられていた。

 それは、元の世界でいうところの「竹」に酷似していた。表面は滑らかで硬く、節があり、真っ直ぐに成長している。ルイから聞いた話によれば『鉄心竹』と呼ばれる、加工が困難なほど硬い植物らしい。


「ドーゴン。あの竹を切り出して。長さは均一に五メートル。先端を斜めに削いで、火で炙って硬化させて」


「五メートルの竹の棒? お嬢ちゃん、そんな長え棒切れ、何に使うんだ。物干し竿にでもすんのかい?」


 ドーゴンが首を傾げる。異世界において、槍といえばせいぜい二メートル前後の取り回しの良いものが主流だ。五メートルもの長尺物は、重くて振り回すこともできず、乱戦になればただの邪魔な棒切れでしかないというのが常識だった。


「物干し竿じゃないわ。五百の魔王軍を串刺しにする、世界で一番最弱で、最強の兵器よ」


 千代は、泥だらけのローファーで地面を軽く蹴った。


「古代のファランクス、戦国の長槍陣形。……弱者を戦力に変えるための、歴史的アンサーを見せてあげる」




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