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七星の戦記 Eランクの女子高生指揮官、最強の落ちこぼれたちを率いての異世界防衛戦 〜私の「戦術眼」には勝利へのルートが見えています〜  作者: 真野真名
第2章:泥の要塞

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第15話 要塞建築 悪魔の設計図




 戦争の九割は、最初の矢が放たれる前に決着している。


 兵站、地形、そして事前の陣地構築。それが勝敗を分ける絶対的な要素であることは、古今東西のあらゆる戦史が証明していた。


 開戦まで残り百時間と少し。


 鉛色の雲から時折冷たい小雨がぱらつく中、泥の盆地では常軌を逸した土木工事が開始されていた。


「……で、指揮官殿。わしの魔法で村の周囲をぐるりと堀で囲み、敵の進軍速度を物理的に削げばいいのだな?」


 老軍師のアーレイが、愛用のパイプを吹かしながら千代に尋ねた。

 彼はすでに杖の石突で地面の感触を確かめ、地層の保水率や土の密度を脳内で演算し終えているようだった。ただの泥沼を広げるだけなら、彼にとって準備運動にも満たない作業である。


「駄目よ。そんな単純な円形の堀を作ったら、五百の質量で押し潰されて終わりだわ。敵は数に物を言わせて、泥の中に死体を橋代わりにしてでも直進してくる」


 千代は、泥だらけの地面に木の枝で簡素な図面を引き始めた。

 それは、ただの丸や四角ではなく、極めて複雑に折れ曲がった迷路のような線だった。


「人間の心理、いえ、生物の心理として、目の前に『安全そうな開けた道』と『険しい道』があれば、必ず安全な方を選ぶわ。特に大軍であればあるほど、行軍の効率を重視して広い道へ雪崩れ込む」


 千代が描いたのは、現代知識――正確には、日本の戦国時代において完成された城郭建築の基本構造である『虎口こぐち』と『馬出し』の概念図だった。


「だから、敵の進軍ルートを私たちが『デザイン』するの。村の正面に、あえて防御の薄い、歓迎するように広く開けた入り口を作る。でも、その入り口を抜けたら、今度は直角に曲がる狭い土塁の通路にぶつかるようにするのよ」


「ほう。直進の勢いを殺し、狭い場所に大軍を押し込めるわけか」


「そう。そして、そのクランクの先には、ドーゴンが作る予定の極悪な罠と、ゲンガイたちのキルゾーンが待っている。……これを『枡形ますがた』と呼ぶわ。敵は自分が選んで進んだつもりの道で、四方から十字砲火を浴びてすり潰されるのよ」


 アーレイは、千代が木の枝で描いた図面をじっと見つめた。

 その視線には、ただの女子高生に向けるものではない、同業の「盤面を操る者」に対する深い感嘆と、わずかな戦慄が混じっていた。


「……お嬢ちゃん。あんたが育った世界というのは、随分と性格の悪い軍学が発達しているらしいな。人を殺すことではなく、人を『効率よく死地に誘導する』ことに特化している」


「平和な世界だったわよ。ただ、歴史の授業で少し習っただけ」


 千代は悪びれずに言ってのけた。


「できるかしら、アーレイ。魔法でこのクランク状の土塁と、偽の安全地帯ルートを作り出すことが」


「愚問だな。わしの演算能力と地盤操作を舐めてもらっては困る。……少し下がっていろ。泥の飛沫がかかるぞ」


 アーレイがパイプを懐にしまい、杖を両手で構えた。

 呪文の詠唱はなかった。ただ、杖の石突を大地に突き立て、そこに極めて高密度の魔力を流し込んだだけだ。


 直後、地面が波打った。

 地震のような無差別な揺れではない。アーレイの魔力が地中の水分と土砂の結合をピンポイントで断ち切り、あるいは結びつけているのだ。

 村の周囲の泥土が、まるで巨大な見えないシャベルでえぐり取られるように隆起し、そして沈没していく。流体となった泥が意志を持ったように移動し、千代の描いた図面通りに、複雑なクランク状の土塁を形成していく。


 その光景を遠巻きに見ていた兎人族の村人たちから、驚きの声が上がった。

 彼らが知る魔法とは、火を放つか、風を起こすかといった単純な破壊現象でしかなかった。だが、この老人が行っているのは、圧倒的な質量を精密な計算で再構築する「土木作業」だ。


「よし、第一段階はこんなところか。土塁の表面は急速乾燥させて硬化させた。オークの体当たりでも三度は耐えるはずだ」


 アーレイが額の汗を拭いながら言った。


 千代の視界に展開された『戦術眼タクティカル・ビュー』のマップが更新され、新たな地形データがインプットされる。


 完璧な『虎口』の完成だった。

 敵はこの迷路に入り込んだ瞬間、前後左右の方向感覚を失い、密集陣形のまま身動きが取れなくなる。


「上出来よ、アーレイ。次は、この死地キルゾーンに設置する『おもてなしの道具』の調達ね」


 千代の視線は、広場の隅で煙を上げている仮設の工房へと向けられた。


 そこでは、ドワーフの工兵ドーゴンが、水を得た魚のように鼻歌を歌いながら、奇妙な金属音を響かせていた。




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