第13話 発光する食卓
軍事行動において、兵站の確保は作戦の成否を分ける絶対条件である。
千代が村人たちに対して「不干渉の業務提携」を宣言してから数時間後、集落の広場には約束通り、傭兵たち七人分の「報酬」が運び込まれた。
粗末な木をくり抜いた長机の上に、村の女たちが無言で器を並べていく。彼女たちは千代たちと一切目を合わせようとせず、まるで意思を持たない自動人形のように作業を終えると、そそくさと小屋の影へと退避していった。
「……なんだこりゃ。本当に食い物か?」
真っ先に席についたゲンガイが、胡乱な目で目の前の器を見下ろした。
千代も同意せざるを得なかった。
木製の椀に注がれているのは、沼の底の泥を遠心分離機にかけて上澄みだけをすくったような、濁りきった灰色のスープだった。得体の知れない植物の根や茎が浮いており、湯気からは湿った土と、微かなカビの匂いが立ち昇っている。
だが、問題はスープではない。
主菜として中央の木皿に山盛りにされている「それ」は、どう見ても人間の消化器官に収めるべき物質には見えなかった。
「光ってやがるぞ。深海魚の臓物か何かか?」
オリエールが、警戒心を露わにして顔をしかめた。
皿に盛られていたのは、鶏卵ほどの大きさの、半透明の果実だった。皮は剥かれており、果肉の奥底から、まるで放射性物質を含んだ鉱石のように、青白い燐光を放っている。周囲が薄暗い曇天であるため、その不気味な発光はひどく際立っていた。
「『聖樹の実』でございます」
案内役のルイが、少し離れた場所から伏し目がちに説明した。
「村の最深部にある、古い大樹から採れる実です。……我ら兎人族にとって、最高の御馳走であり、これ以上のものは村のどこを探してもありませぬ。どうか、お召し上がりください」
「ふむ。毒気は感じないな。純度の高い魔力の塊だ。魔力ポーションを固形化したようなものか」
老軍師のアーレイが、躊躇うことなく光る実を一つ手に取り、口に放り込んだ。
数回の咀嚼の後、彼は満足げに喉を鳴らした。
「悪くない。味は薄いが、細胞の隅々まで魔力が浸透していく感覚がある。これなら疲労回復の薬効も期待できるだろう。……おいドワーフ、食わないならわしがもらうぞ」
「冗談じゃねえ! 俺は徹夜の図面引きで腹が背中とくっつきそうなんだ!」
ドーゴンが慌てて両手で実を抱え込み、大きな口を開けて放り込む。
毒がないと分かれば、極限の空腹状態にあった傭兵たちに遠慮はなかった。ゲンガイは「肉じゃねえのかよ」と文句を言いながらも、洗面器ほどの大きさの皿を抱え込み、発光する果実を泥水スープで流し込むようにして貪り食い始めた。オリエールも無言で食事を進め、虚無の剣士レオハルトに至っては、必要最小限の顎の動きだけで、機械的に実を胃の腑へ送り込んでいる。
千代もスープに口をつけた。土の味しかしない。だが、空っぽの胃袋には温かさが何よりの御馳走だった。光る実を一口かじると、梨とゼラチンを掛け合わせたような食感と共に、ミントに似た清涼感が鼻腔を抜け、確かに体の内側からじんわりと熱が湧き上がってくるのを感じた。
栄養価は申し分ない。
これなら、彼ら怪物たちも最高のパフォーマンスを発揮できるだろう。
千代が安堵の息を吐こうとした、その時だった。
「……あの」
少年カミイが、手に持った実を口の端まで運んだまま、完全に動きを止めていた。
彼の獣耳が、不安げに周囲の空気を拾っている。
「どうしたの、カミイ。毒見ならアーレイが済ませたわよ」
「いえ、そうじゃなくて……」
カミイの視線は、食事のテーブルではなく、広場を囲む小屋の隙間に向けられていた。
千代も、釣られて視線を巡らせる。
そして、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
視線だ。
無数の、粘り気のある視線が、自分たちに突き刺さっている。
家々の窓の隙間、半開きの扉の奥、建物の影。そこから、村中の兎人族たちが、息を潜めてこちらの食事風景を凝視していた。
彼らの目は、救世主に対する畏敬や、感謝の色ではない。
圧倒的な「飢餓感」と、相反する「恨めしさ」。
千代たちが光る実を喉の奥へ飲み込むたびに、隠れている村人たちの喉が、ごくりと唾を飲み込む音が、静寂の中で波紋のように広がっていく。
「これ……村の人たちの分は、ないんですか?」
カミイの震える声が、食事の席に冷や水を浴びせた。
ゲンガイの咀嚼が止まり、オリエールが手を止める。
千代は視界の『戦術眼』を瞬時に起動し、小屋の影に隠れている村人たちのステータスを走査した。
表示されたデータを見た瞬間、千代の思考は氷のように冷え切った。
【個体名:ギド(兎人族)】
【HP:低下中】
【MP(魔力):枯渇寸前】
【状態異常:魔力欠乏症/細胞崩壊の兆候】
他の村人たちも同様だった。昨日よりも明らかに数値が悪化している。全員が、深刻な栄養失調、いや、「魔力失調」に陥っていた。
千代は、手の中にある発光する実を見下ろした。
アーレイは「魔力ポーションを固形化したようなもの」と言った。
人間である彼らにとっては、それはただの「上質なサプリメント」に過ぎない。
だが、この脆弱な亜人種にとって、この実は全く別の意味を持っていたのではないか。
「……ルイ」
千代の声は、自分でも驚くほど低く、凄みを帯びていた。
「この実の正体について、物理的かつ生物学的な説明を要求するわ。嘘をついたら、あなたのその長い耳を根元から引き抜く」
ルイは千代の冷酷な瞳に射すくめられ、その場にへたり込んだ。
そして、恐怖と罪悪感に顔を歪めながら、最も残酷な事実を口にした。




