表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七星の戦記 Eランクの女子高生指揮官、最強の落ちこぼれたちを率いての異世界防衛戦 〜私の「戦術眼」には勝利へのルートが見えています〜  作者: 真野真名
第2章:泥の要塞

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/42

第13話 発光する食卓




 軍事行動において、兵站へいたんの確保は作戦の成否を分ける絶対条件である。


 千代が村人たちに対して「不干渉の業務提携」を宣言してから数時間後、集落の広場には約束通り、傭兵たち七人分の「報酬カロリー」が運び込まれた。


 粗末な木をくり抜いた長机の上に、村の女たちが無言で器を並べていく。彼女たちは千代たちと一切目を合わせようとせず、まるで意思を持たない自動人形のように作業を終えると、そそくさと小屋の影へと退避していった。


「……なんだこりゃ。本当に食い物か?」


 真っ先に席についたゲンガイが、胡乱うろんな目で目の前の器を見下ろした。


 千代も同意せざるを得なかった。

 木製の椀に注がれているのは、沼の底の泥を遠心分離機にかけて上澄みだけをすくったような、濁りきった灰色のスープだった。得体の知れない植物の根や茎が浮いており、湯気からは湿った土と、微かなカビの匂いが立ち昇っている。


 だが、問題はスープではない。


 主菜として中央の木皿に山盛りにされている「それ」は、どう見ても人間の消化器官に収めるべき物質には見えなかった。


「光ってやがるぞ。深海魚の臓物か何かか?」


 オリエールが、警戒心を露わにして顔をしかめた。

 皿に盛られていたのは、鶏卵ほどの大きさの、半透明の果実だった。皮は剥かれており、果肉の奥底から、まるで放射性物質を含んだ鉱石のように、青白い燐光を放っている。周囲が薄暗い曇天であるため、その不気味な発光はひどく際立っていた。


「『聖樹の実』でございます」


 案内役のルイが、少し離れた場所から伏し目がちに説明した。


「村の最深部にある、古い大樹から採れる実です。……我ら兎人族にとって、最高の御馳走であり、これ以上のものは村のどこを探してもありませぬ。どうか、お召し上がりください」


「ふむ。毒気は感じないな。純度の高い魔力の塊だ。魔力ポーションを固形化したようなものか」


 老軍師のアーレイが、躊躇うことなく光る実を一つ手に取り、口に放り込んだ。

 数回の咀嚼の後、彼は満足げに喉を鳴らした。


「悪くない。味は薄いが、細胞の隅々まで魔力が浸透していく感覚がある。これなら疲労回復の薬効も期待できるだろう。……おいドワーフ、食わないならわしがもらうぞ」


「冗談じゃねえ! 俺は徹夜の図面引きで腹が背中とくっつきそうなんだ!」


 ドーゴンが慌てて両手で実を抱え込み、大きな口を開けて放り込む。


 毒がないと分かれば、極限の空腹状態にあった傭兵たちに遠慮はなかった。ゲンガイは「肉じゃねえのかよ」と文句を言いながらも、洗面器ほどの大きさの皿を抱え込み、発光する果実を泥水スープで流し込むようにして貪り食い始めた。オリエールも無言で食事を進め、虚無の剣士レオハルトに至っては、必要最小限の顎の動きだけで、機械的に実を胃の腑へ送り込んでいる。


 千代もスープに口をつけた。土の味しかしない。だが、空っぽの胃袋には温かさが何よりの御馳走だった。光る実を一口かじると、梨とゼラチンを掛け合わせたような食感と共に、ミントに似た清涼感が鼻腔を抜け、確かに体の内側からじんわりと熱が湧き上がってくるのを感じた。


 栄養価は申し分ない。

 これなら、彼ら怪物たちも最高のパフォーマンスを発揮できるだろう。

 千代が安堵の息を吐こうとした、その時だった。


「……あの」


 少年カミイが、手に持った実を口の端まで運んだまま、完全に動きを止めていた。

 彼の獣耳が、不安げに周囲の空気を拾っている。


「どうしたの、カミイ。毒見ならアーレイが済ませたわよ」


「いえ、そうじゃなくて……」


 カミイの視線は、食事のテーブルではなく、広場を囲む小屋の隙間に向けられていた。

 千代も、釣られて視線を巡らせる。

 そして、背筋に冷たいものが走るのを感じた。


 視線だ。


 無数の、粘り気のある視線が、自分たちに突き刺さっている。

 家々の窓の隙間、半開きの扉の奥、建物の影。そこから、村中の兎人族たちが、息を潜めてこちらの食事風景を凝視していた。


 彼らの目は、救世主に対する畏敬や、感謝の色ではない。

 圧倒的な「飢餓感」と、相反する「恨めしさ」。


 千代たちが光る実を喉の奥へ飲み込むたびに、隠れている村人たちの喉が、ごくりと唾を飲み込む音が、静寂の中で波紋のように広がっていく。


「これ……村の人たちの分は、ないんですか?」


 カミイの震える声が、食事の席に冷や水を浴びせた。

 ゲンガイの咀嚼が止まり、オリエールが手を止める。

 千代は視界の『戦術眼タクティカル・ビュー』を瞬時に起動し、小屋の影に隠れている村人たちのステータスを走査した。


 表示されたデータを見た瞬間、千代の思考は氷のように冷え切った。


【個体名:ギド(兎人族)】

【HP:低下中】

【MP(魔力):枯渇寸前】

【状態異常:魔力欠乏症/細胞崩壊の兆候】


 他の村人たちも同様だった。昨日よりも明らかに数値が悪化している。全員が、深刻な栄養失調、いや、「魔力失調」に陥っていた。


 千代は、手の中にある発光する実を見下ろした。

 アーレイは「魔力ポーションを固形化したようなもの」と言った。

 人間である彼らにとっては、それはただの「上質なサプリメント」に過ぎない。


 だが、この脆弱な亜人種にとって、この実は全く別の意味を持っていたのではないか。


「……ルイ」


 千代の声は、自分でも驚くほど低く、凄みを帯びていた。


「この実の正体について、物理的かつ生物学的な説明を要求するわ。嘘をついたら、あなたのその長い耳を根元から引き抜く」


 ルイは千代の冷酷な瞳に射すくめられ、その場にへたり込んだ。



 そして、恐怖と罪悪感に顔を歪めながら、最も残酷な事実を口にした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ