第6話:Deal
1:絶望の朝
【翌朝・聖百合園女学院 正門前 8:12】
莉子(凛太朗)は、今日も完璧な美少女モードだった。
白いヘアバンドに、ふわふわポニーテール。スカートは校則ギリギリの長さで、歩くたびにひらひらと揺れる。
「おはよー、莉子ちゃん!」
「今日も超かわいい〜!」
「一緒に写真撮って♡」
周囲の生徒たちが、次々と声をかけてくる。
「おはよー!みんなもかわいいよ〜!♡」
莉子は、満面の笑みで手を振った。
だが心の声は、全く別のことを考えていた。
(あの変態委員長に喰われる前に……なんとか対策を考えなくちゃ……!!3限目が来るまでに逃げ道を……!!)
【回想:昨夜の凛太朗】
寮の自室で、凛太朗は頭を抱えていた。
「明日……3限目……保健室……」
スマホには、姉・美玲からのメッセージ。
『凛太朗、前に送った付け胸とニップレス、ちゃんと届いてる?これ使えば完璧だから♡』
部屋の隅に置かれた、荷物の入った段ボール箱を見る。
確かに、付け胸とニップレスは届いている。
(いや、問題はそこじゃない……!)
凛太朗は、璃々花の言葉を思い出した。
『明日……私と二人きりで、上半身裸になってもらうってこと♡』
「……絶対、何かされる」
ベッドに突っ伏して呟く。
「どうすりゃいいんだよ……」
莉子は、校舎へ向かいながら、頭の中で選択肢を考えた。
(1. 仮病で保健室送り→でも保健室が罠)
(2. 屋上からロープで脱出→危険すぎる)
(3. 誰かに成り代わる→どうやって?)
(4. 開き直って「実は男です!」とカミングアウト→即人生終了)
「……もうダメだ……詰んでる……」
廊下を歩きながら小声で呟いた。
その時……
「おはよ、莉子ちゃん♡」
背後から、優雅な声が聞こえた。
振り返ると、そこには氷川璃々花が立っていた。
璃々花は、莉子の耳元で囁いた。
「……今日のブラ、どんなの?後で見せてね?」
周囲の生徒たちが、キャーキャーと騒いだ。
「きゃー!会長と莉子ちゃん仲良すぎー!」
莉子は、顔面蒼白になった。
(来てる来てる来てる!!もう完全に狩られる準備できてる!!)
そしてチャイムが鳴った。
1限目開始。
残り2時間で、3限目(=運命の個別検診)が迫る。
2:悪あがき
【1限目・教室 8:50】
莉子は、机に座りながら——全く授業に集中できていなかった。
黒板に書かれた英語の単語が、全く頭に入ってこない。
代わりに、頭の中には……
(どうする……どうする……どうする……)
という焦りだけが渦巻いていた。
隣の席の女子生徒が、小声で話しかけてきた。
「ねぇ、莉子ちゃん。今日、健康診断でしょ?ちゃんと準備した?」
「え……あ、うん……」
「私、内科検診苦手なんだよね〜。先生に胸触られるの、恥ずかしくて」
莉子は、思わず顔を引きつらせた。
(胸……触られる……)
「でも莉子ちゃん、特別検診なんでしょ?いいな〜。個別だと恥ずかしくないよね」
「あ、あはは……そうだね……」
乾いた笑いを返した。
(個別……二人きり……璃々花さんと……)
莉子は、思わず机に突っ伏した。
「莉子ちゃん?大丈夫?」
「ちょっと……お腹痛くて……」
「え、大丈夫!?保健室行く?」
「い、いや!保健室は……!」
慌てて顔を上げた。
(保健室に行ったら、璃々花さんに捕まる……!)
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる……」
莉子は、立ち上がって教室を出た。
3:作戦会議
【1限目・女子トイレ 9:05】
莉子は、個室に閉じこもってスマホを取り出した。
姉・美玲に、ビデオ通話をかける。
「あら〜?凛太朗、どしたの?授業中じゃないの?」
「姉ちゃん……マジでヤバい……」
「何が?」
「健康診断……3限目に、璃々花さんと二人きりで……」
「ああ、知ってる知ってる。璃々花ちゃんから連絡あったもん」
「は!?」
絶句する凛太朗。
「姉ちゃん、璃々花さんと何話してんの!?」
「色々〜。凛太朗の弱点とか♡」
「弱点って何だよ!?」
「風呂上がりの私を見ただけで腰抜かすとか〜」
凛太朗は、顔を真っ赤にした。
「そ、それ言ったの!?」
「だって面白いじゃん♡璃々花ちゃん、めっちゃ喜んでたよ〜」
「うわああああ!!」
頭を抱えて叫ぶ。
「姉ちゃん、どうすりゃいいんだよ……もう逃げ場ないじゃん……」
「逃げなくていいんじゃない?」
「え……?」
「璃々花ちゃん、凛太朗のこと本気で好きだよ?だったら、ちゃんと向き合えばいいじゃん」
凛太朗は、言葉に詰まった。
「……向き合うって、どういう……」
「璃々花ちゃんと、ちゃんと話すの。逃げないで、デートとか誘ってさ」
美玲は、画面越しに微笑んだ。
「凛太朗、あんた本当は……璃々花ちゃんのこと、気になってるんでしょ?」
「そ、そんなこと……」
「嘘つき〜。顔真っ赤だよ?」
スマホを握りしめる。
「……姉ちゃん」
「大丈夫。凛太朗なら、璃々花ちゃんとしっかり向き合える。姉ちゃん、信じてるから」
美玲は、ウインクして——通話を切った。
凛太朗は、一人、個室に残された。
(……向き合う、か)
個室を出て鏡を見た。
そこには、莉子の姿がある。
(俺は、男だ。凛太朗だ)
凛太朗は、決意した。
(璃々花さんと……ちゃんと向き合おう)
4:決意
【2限目・教室 9:50】
莉子は教室に戻り、2限目が始まった。
授業は、数学。
だが莉子は、全く集中できていなかった。代わりに、頭の中では璃々花との会話をシミュレーションしていた。
(璃々花さん、実は俺……)
(いや、違う。璃々花さん、俺、あなたのこと……)
(……ダメだ、言葉が出てこない)
そして……気づいた。
(……俺、璃々花さんのこと、好きなのかな)
【回想:凛太朗——第3話、誕生日のケーキ】
璃々花が、涙を流しながら呟く。
「どうして……あなたは……私のことを、そんなふうに……」
あの時、凛太朗は——璃々花の涙を見て、胸が痛くなった。
(この人を、泣かせたくない)
そう思った。
(……もう、逃げない)
チャイムが鳴った。2限目が終了し、休み時間。
そして次は、3限目。運命の個別検診。
莉子は、立ち上がった。
5:遭遇
【2限目終了後・廊下 10:40】
莉子が教室を出ると——廊下で、璃々花が待っていた。
「あら、莉子ちゃん。ちょうどよかった」
璃々花は、にっこりと微笑んだ。
「そろそろ時間よ。保健室、行きましょう?」
莉子が璃々花を見つめる。
「……璃々花さん」
「何?」
「あの……検診の前に、ちょっと話したいことが……」
璃々花は、少し驚いた表情をした。
「話?」
「はい……」
莉子は、深呼吸をした。
「俺……璃々花さんに、ちゃんと伝えたいことがあって……」
璃々花の目が、わずかに見開かれた。
「……いいわ。保健室で、ゆっくり聞いてあげる」
璃々花は、莉子の手を取った。
「行きましょう」
二人は、保健室へ向かった。
6:個別検診
【聖百合園女学院・保健室奥 特別個別検診室 3限目・10:45】
カチャリ。
鍵が閉まる音。
薄暗いカーテン越しの光だけが差し込む個室。
医療用ベッドと、白衣を羽織った璃々花(+聴診器)だけ。
璃々花は、ニコニコしながら近づいてきた。
「さぁ……莉子ちゃん。話って何?早く済ませて、上、全部脱いでくれる?今日は私が丁寧に診てあげるから♡」
凛太朗は、意を決して璃々花を見据えた。
そして——
ドサッ!!
土下座した。
「頼む!!璃々花様!!今度絶対デートするから!!映画でもディズニーでもお台場でもどこでも連れてく!!だから今日は……今日は見逃してくれ!!俺、まだ心の準備が……!!」
部屋に響く、凛太郎の叫び。
璃々花は、目を丸くして……ぽかーんとした。
3秒間の沈黙。
そして璃々花は、クスクス笑いながらしゃがみ込んで、凛太朗の顎を指で持ち上げた。
「ふふ……土下座までされちゃったら、仕方ないわね」
でも、目は完全に悪魔だった。
「デート、約束したからね?逃げたら殺すから」
璃々花は立ち上がって、白衣のポケットからメモを取り出し、サラサラと何かを書き始めた。
「こんなこともあろうかと、前からデートを想定してたのよ。じゃあ、条件を提示するわ」
【璃々花の提示する”見逃し条件”】
1.明後日の土曜日、終日デート(コースは璃々花が完全決定)
2.デート中は”カップル専用”コーデと手繋ぎ必須
3.デート写真を最低50枚撮る(キス写真も含む)
4.その間、凛太朗は「莉子ちゃん」として完璧に振る舞う
5.違反したら即・次回の健康診断は”全裸測定”に変更
璃々花はメモを差し出しながら、にっこりと笑った。
「サインしてくれたら、今日のところは見逃してあげる♡……ほら、ペン」
凛太朗は、完全に詰みながらも——
手が震えながら、サインしてしまった。
「決まりね。じゃあ、今日はこれで帰っていいわよ」
璃々花はサインを確認して、満足げに微笑んだ。
そして最後に、耳元で囁いた。
「でもね……次に土下座させるのは、私の方からだからね?凛太朗♡」
7:生還
【保健室前・廊下 11:05】
凛太朗は保健室から出て、壁に背中を預けた。
「……助かった……」
命からがら、生還した。だが——
「土曜日……デート……」
凛太朗は、スマホを取り出してカレンダーを確認した。
明後日の土曜日。
そこには、璃々花との「運命のデート」が待っている。
「……どんなコースにされるんだよ……」
【回想:璃々花の言葉】
『デート中は”カップル専用”コーデと手繋ぎ必須』
『デート写真を最低50枚撮る(キス写真も含む)』
「キス写真って……マジかよ……」
凛太朗は、頬を赤らめた。
その時——
「凛太朗」
背後から、璃々花の声が聞こえた。
振り返ると、璃々花が立っていた。
「土曜日、楽しみにしてるわね♡」
「あ、はい……」
「それと……」
璃々花は、凛太朗の耳元で囁いた。
「今日、土下座してくれたの……すごくかわいかったわよ」
「……ッ」
凛太朗の顔が一気に真っ赤になった。
璃々花は、クスッと笑って去っていった。
凛太朗は一人残されて呟いた。
「……もう、完全に璃々花さんのペースだ……」
でも、心の奥底では、少しだけ嬉しかった。
(璃々花さん……俺のこと、かわいいって……)
凛太朗は、胸に手を当てた。
心臓が、激しく鳴っていた。
(……俺、どうなっちゃうんだろ)
8:準備
【放課後・寮の自室 16:30】
凛太朗は、部屋でベッドに寝転がっていた。
スマホには、美玲からのメッセージ。
『凛太朗、デート決まったんだって?おめでと〜♡』
「……姉ちゃん、璃々花さんと何話してんだよ……」
溜息をついていると、璃々花からメッセージが届いた。
『土曜日、10時に駅前で待ち合わせね♡服装は、かわいい系で。楽しみにしてるわ』
凛太朗は顔を真っ赤にした。
「かわいい系って……どんなの着ればいいんだよ……」
クローゼットを開けると、そこには美玲が送ってくれた女物の服が、たくさん並んでいる。
「……どれにしよう」
凛太朗は、一着一着、服を手に取った。
ワンピース、スカート、ブラウス……
どれも、かわいい。
「……璃々花さん、喜んでくれるかな」
凛太朗は、鏡の前で服を当ててみた。
そこには——莉子の姿がある。
服を一着選んでベッドに置いた。
そして、自分に言い聞かせるように呟いた。
「……土曜日、頑張ろう」
窓の外に目をやると、夕陽が美しく輝いている。
(璃々花さん……俺、あなたのこと……)
凛太朗の心に、新しい感情が芽生え始めていた。(つづく)




