第4話:Transformation
1:璃々花の攻勢
氷川璃々花の「友達宣言」から三日が経った。
だが、飛鳥凛太朗は気づいていた。
璃々花の態度が少しずつ、変わってきている。
「莉子ちゃん、これ重いでしょ?持ってあげる」
生徒会室で書類を運ぼうとすると、璃々花がさりげなく手を添えてくる。
指が、わずかに触れ合う。
「あ、ありがとうございます……」
「ふふ、友達なんだから、遠慮しないで?」
璃々花は微笑むが、その距離感が——明らかに近い。
(……なんか、この人、最近やたら距離近くない?)
翌日。
「莉子ちゃん、今度の休日、一緒に買い物行かない?」
「え……?」
「ほら、文化祭の準備もあるし。それに……」
璃々花が耳元で囁く。
「二人きりで、ゆっくり話したいの」
凛太朗の背筋に、ゾクッとした感覚が走った。
(ちょ、ちょっと待て!これ完全に……!)
さらに翌日。
生徒会室で書類整理をしていると、璃々花が後ろから抱きつくように覆いかぶさってきた。
「莉子ちゃん、この資料……あ、ごめんなさい。取りにくかったわね」
璃々花の髪が、凛太朗の頬に触れる。甘い香りが、鼻をくすぐった。
「り、璃々花さん……!」
「ん?どうしたの?」
璃々花は、何でもないような顔で微笑んでいる。
(……ヤバい。このままじゃ完全に璃々花さんのペースだ)
凛太朗は、内心で焦っていた。
【回想:凛太朗——高校1年、配信者時代】
画面越しに、大勢の視聴者を翻弄していた頃。凛太朗が学んだことが一つあった。
(人を惹きつけるには、“予想外”が最強だ)
視聴者が期待する反応を、あえて裏切る。
かわいいと思われたら、急にクールになる。
大人しいと思われたら、急に大胆になる。
そうすることで相手は、もっと自分に夢中になる。
(璃々花さんは、今の”清楚な莉子”を気に入ってる。だったら……)
凛太朗は、決意した。
(このままじゃダメだ。俺も、攻めに転じないと)
その夜、寮の自室に戻った凛太朗は、スマホを手に取った。
画面には、姉・美玲の連絡先。
(……姉ちゃんに相談するの、ちょっと悔しいけど)
凛太朗は、ビデオ通話のボタンを押した。
2:美玲の悪ノリ
「あら〜?凛太朗からビデオ通話なんて珍しいじゃん!どしたの?」
画面に映ったのは、姉・美玲。大学生になってからさらに垢抜けた美玲は、ゆるふわ巻き髪にギャルメイク、派手なネイルをしていた。
「姉ちゃん……ちょっと、相談があって」
「おお?珍しい!で、何?まさか恋の相談!?」
「ち、違う!そうじゃなくて……」
凛太朗は、少し迷ってから——璃々花のことを話し始めた。
転入初日に正体がバレたこと。
璃々花が「友達」になると言ってくれたこと。
そして最近、璃々花の距離感がやたら近いこと。
「へぇ〜。つまり、あの氷川璃々花が、凛太朗のこと気に入ってるってこと?」
「……多分」
「で?凛太朗はどう思ってるの?」
「え……?」
「あの子のこと。嫌い?」
凛太朗は、言葉に詰まった。
「……嫌いじゃ、ない」
「ふーん。じゃあ、ちょっと気になってるってこと?」
「そ、そういうわけじゃ……!」
美玲は、ニヤリと笑った。
「あはは!凛太朗、顔真っ赤じゃん!これは完全に恋だね〜♡」
「だから違うって!俺はただ……」
凛太朗は、少し考えてから本音を漏らした。
「……このままじゃ、完全に璃々花さんのペースなんだよ。俺、何か仕掛けたい」
美玲の目が、キラリと光った。
「……仕掛ける?」
「璃々花さんを、俺のペースに引き込みたい」
「へぇ〜!凛太朗、攻めの姿勢じゃん!いいね〜!」
美玲は、画面越しにグッとサムズアップした。
「じゃあさ、ちょっと本気出してみたら?」
「本気……?」
「そう。凛太朗の”本気モード”。あの子に見せてないでしょ?」
凛太朗は、眉をひそめた。
「本気モードって……どういう意味?」
「だから、清楚系じゃなくて……」
美玲は、画面越しにウインクした。
「凛太朗が一番輝く、“ギャルスタイル”!」
【回想:凛太朗と美玲——中学時代】
「ねぇ凛太朗、こっちのメイクの方が似合うよ?」
美玲が、凛太朗にギャル系のメイクを施していた。
ラメ入りのアイシャドウ、濃いめのマスカラ、ツヤ感のあるリップ。
「え……でも、これ派手すぎない?」
「いやいや!凛太朗、実はギャル系の方が似合うんだって!」
鏡を見ると、そこには今までとは全く違う、華やかな「自分」がいた。
「……マジで?」
「でしょ?清楚系もかわいいけど、ギャル系の方が凛太朗の”華”が出るの!」
美玲は、ニコニコしながら続けた。
「でもまぁ、お嬢様学校に潜入してるなら、清楚系の方が無難かもね〜」
「ていうか……聖百合園って、ギャルとか許されるの?」
「大丈夫、大丈夫!校則の範囲内でもギャルっぽくできるって!」
美玲は、スマホを操作しながら続けた。
「明日、メイク道具とか送るから。あと、ネイルシールとか、ヘアアイロンとか……」
「ちょ、ちょっと待って!そんなに本格的にやるの!?」
「当たり前じゃん! やるなら、本気でやらないと!」
美玲は、悪戯っぽく笑った。
「璃々花って子、完璧清楚系でしょ?だったら、凛太朗が真逆に振り切ったら……」
美玲は、画面越しにグッと拳を握った。
「絶対、動揺するって!」
凛太朗は、少し考えてから——頷いた。
「……分かった。やってみる」
「よっしゃ!じゃあ決まり!明後日の夜には荷物届くから、週末に練習してね〜♡」
「練習……?」
「そりゃそうでしょ!ギャルメイクも、ギャルの喋り方も、練習しないと!」
美玲は、さらにテンションを上げた。
「あ〜、楽しみ!凛太朗のギャル化、姉ちゃん全力でサポートするから!」
「……悪ノリしすぎだろ」
「えへへ〜♡」
通話が終わった後、凛太朗は一人、鏡を見つめた。
(……本当に、大丈夫なのか?)
不安がよぎるが、拳を握りしめる。
(いや、やるしかない。璃々花さんを、俺のペースに引き込むんだ)
凛太朗の胸に、闘志が燃え上がった。
3:週末の特訓
二日後、美玲から荷物が届いた。
中には……
ギャル系メイク道具一式
ネイルシール(派手めのデザイン)
ヘアアイロン
そして、手紙。
『凛太朗へ
週末、ビデオ通話で特訓するから、準備しといてね♡
姉ちゃんより』
凛太朗は、溜息をついた。
「……マジでやるのか」
そして週末。凛太朗は、美玲とビデオ通話を繋ぎながら、ギャル化の特訓を始めた。
「まずはメイクから!ベースはいつも通りだけど、アイメイクを濃いめにして……」
「こう……?」
「そうそう!で、マスカラはしっかり重ねて!」
美玲の指示に従って、凛太朗は丁寧にメイクを施していく。
「次はリップ!ツヤ感出して、ちょっとぷっくり見せるのがポイント!」
「……こんな感じ?」
「完璧!」
鏡を見ると、そこには……今までとは全く違う、華やかな「莉子」がいた。
「……おお」
「でしょ?やっぱ凛太朗、ギャル系似合うって!」
次は髪型。
「ヘアアイロンで、ゆるふわに巻いて……」
「こう……?」
「そうそう!で、ちょっとふんわりさせて……」
作業を終えると、鏡の中の「莉子」は、まるで別人のようだった。
「すげぇ……」
「でしょ〜?で、次はネイル!」
「ネイルって……学校、大丈夫なの?」
「ネイルシールなら、すぐ剥がせるから大丈夫!それに、一日くらいならバレないって!」
凛太朗は、派手なネイルシールを爪に貼った。キラキラと光るデザイン。
「……派手だな」
「それがいいの!で、最後は……」
美玲は、ニヤリと笑った。
「喋り方!」
「喋り方……?」
「そう!ギャルっぽく、明るく、フランクに!」
美玲が手本を見せる。
「やっほ〜!璃々花っち、遊びに来たよー!」
「……璃々花っち?」
「そう!“さん”じゃなくて、あだ名で!距離感縮めるの!」
凛太朗は、少し恥ずかしそうに真似してみた。
「や、やっほー……璃々花っち……」
「声、もっと明るく!元気よく!」
「……やっほ〜!璃々花っち!」
「そうそう!完璧!」
美玲は、画面越しに拍手した。
「これで準備OK!月曜日、璃々花をビックリさせちゃいなさい!」
凛太朗は、鏡の中の自分を再び見つめた。派手なギャルメイクの少女が、自分を見つめ返している。
(……本当に、これが俺?)
戸惑いながらも、凛太郎は璃々花の姿を思い浮かべる。配信者時代の教訓が、頭をよぎる。
(璃々花さんは、“清楚な莉子”を期待してる。だったら——真逆に振り切ればいい)
凛太朗は、決意を固めた。
(月曜日……璃々花さんを、ビックリさせてやる。そして、彼女を俺のものにする……!)
4:ギャル莉子、降臨
月曜日、放課後。
トイレで着替えとメイクを済ませた凛太朗は、生徒会室の前で深呼吸をした。
制服のスカートは、校則ギリギリまで短くした。
リボンは、わざとゆるく結んだ。
髪は、週末に練習したゆるふわ巻き髪。
ネイルシールも、バッチリ。
メイクも、ギャル系に仕上げた。
(……よし。いくぞ)
凛太朗は——いや、ギャル莉子は、ドアを勢いよく開けた。
ガチャッ!!
「やっほ〜!璃々花っち、遊びに来たよー!!」
璃々花は、書類を整理していた手をピタッと止めた。
ゆっくりと顔を上げる。
「……は?」
二人の間に、長い沈黙が流れ、やがてその静寂が破られた。(つづく)




