哲學
〈土曜日や寢汗に日向ぼこり哉 涙次〉
【ⅰ】
杵塚春多、* 輸入バイク商・枝垂哲平から購入したKTM RC160の慣らし運轉を濟ませたところで、貴重なツーリング仲間を得た。** 文藝同人誌『季刊 新思潮』の新入り詩人・四条克梓である。彼はモッズ族の端くれで、生前の永田と同じくGPX popZ110に乘つてゐる。だがカブスタイルでオートマのpopZでは軟派過ぎる、モッドならやはりマニュアルのイタ車だ、と云ふ譯で、今年4月頃發賣豫定のランブレッタ Jシリーズ125の先行豫約をしたばかり。尤もこれは日本正規代理店との商談なので、枝垂とは関係ない。
* 當該シリーズ第33話參照。
** 當該シリーズ第34話參照。
【ⅱ】
四条は、詩人として遅咲きのじろさんとは違ひ、早くから方々の商業詩誌で賞を得、詩誌荒らしの異名を取つてゐた。で、話變はるが、四条の父親・丸茂優伍は資産家(要するに先祖傳來のものを代々受け継ぎ、貯め込んだカネで、株などをやつてゐる、まあ一種の無能者)で、安保さんの元の勤め先、㈱貝原製作所の大株主だつた。貝原製作所は、安保さんの* 脱サラに依り株価大暴落、何せ會社に數多くの特許権を貸与、天才メカニックの呼び名を恣ひまゝにし、現場の指揮に当たつてゐた重役、安保さんに「逃げられた」とあつては、經濟界の敏感な反應は致し方ないところであつた。
* 當該シリーズ第15話參照。
【ⅲ】
丸茂は株主総會で、貝原文嗣會長の責任を問ひ、不信任決議を提示した。が、片やもう一方のメインキャピタリスト、政府與党はそれを跳ね付けた。貝原會長は政府與党に恩を着せられた譯である。貝原はそれ以來、政府の傀儡と化した。安保さんは彼一流の哲學、「株なんかゞあるから會社が堕落するんだ」と云ふ事で、その一件には関與しなかつたが、社員の有志が共同してカンテラ一味に、「會長を斬つて慾しい」と直訴。カンテラとしても、與党との癒着には問題ありとし、對貝原、手を打たねば、との思ひは濃厚なのであつた。
※※※※
〈無殘やな天下を周る錢金も摑めぬ我よ無能力者よ 平手みき〉
【ⅳ】
丁度、貝原の* 不肖の息子、武平が旅先から帰つて來たところであつた。武平がいゝ齡して遊んで暮らしてゐられるのも、親の財産があるからである。彼は所謂「ジェットセット」で、仲間を糾合して貝原の身邊警護をすると云ふ。で、手に手に凶器を持つた彼らに對し、じろさんが事に当たつたのだが、良家の子弟などが束になつて掛かつても、じろさんの「古式拳法」に敵ふ筈がない。敢へなく武平と仲間逹は撃退された。
* 前々シリーズ第186話參照。
【ⅵ】
カンテラは武平の娘で貝原の孫、麻織を不憫に思つたが、こればつかりは仕様がないのである。既に、社員逹が醸金し合つた依頼料は受け取つてゐた。カンテラは貝原邸に赴き、「會長、あんたを斬る。これも社員の生活をないがしろにした、あんた自身の業のせゐだと思つてくれ」-貝原、観念したのか無駄な抵抗はせず、おとなしく首を差し出した。-「しええええええいつ!!」。
【ⅶ】
安保さんは、杵塚、テオ、じろさんらの趣味(と云ふか生き甲斐)に口を挾む積もりは毛頭なかつたが、親のカネでなうなうと詩を書き、バイクに乘るなど、彼にしてみれば持つての外なのであつた。安保さん、徹底して叛ハイソサエティの哲學を貫き通す覺悟は出來てゐた。
※※※※
〈溜め池が氷溶く時日は沈む 涙次〉
【ⅷ】
四条克梓の本名は丸茂聖興。彼は「聖」と云ふ字が嫌ひだつた。何故ならそれが丸茂家の有り余るカネを暗示してゐる、社會での優位性を示唆してゐるやうな氣がしたからだ。自分の家が謂はゞ聖域である彼の、氣遅れだつたのだ。どの道それは詩人にしか分からぬ事である。お仕舞ひ。
それ以來曠野はサンクチュアリとなつた。
俺を呼ぶのに
イエスと云ふ名は要らない
俺はNoと叫ぶ
彷徨ひの中で。
全く、千金を積んでも
叶はぬ夢とは何だらうか
きみの心の激震を演出したなんて
到底俺のわざくれとは思へない
だから俺逹が改めて向き合ふ時
そんなに眩しさうな顔をするのは已めてくれ
血の轍を踏んで行くのに
邪魔だからだ。
(後略)
-四条克梓-




