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審査員病 数多のアマチュアを見すぎて何が面白いかわからなくなった人々

作者: 卯月らいな

審査員。それは、優れたアマチュアの中から、優れた人物をプロの世界へと導く人々。


審査員に認められ、プロの世界にデビューしたある人は、世界的作家に育ち、また、あるものは、デビューしてすぐにその存在を忘れ去られる。


世の中には大小、さまざまなエンターテイメントや芸術分野の未来のホープを選び出すコンテストが開かれている。


しかし、審査する人々は悩んでいた。


あまりにたくさんの作品を見すぎたため、何が面白くて、何が未来を切り開くのかがわからなくなってしまったのだ。


あまりに優れた作品、そうではない作品を見すぎて、目が肥えて、多少のコンテンツでは感情が動かされなくなっていた。


やがて、その審美眼は、洗練されるどころか曇ってしまい、一般大衆が面白いと思うものを面白いと感じなくなっていた。


世の人はそれを審査員病と呼んだ。


☆ ☆ ☆


俺の名前は、バスター加藤。もちろん芸名だ。


名優バスターキートンにあやかって芸名つけるくらいだから、肉体的には18歳と若くとも中身はそうではないことが、きっと、にじみ出ていることだろう。


いや、ひょっとしたら、野球のバスター戦法にあやかって名付けたくらいに思われてるかもしれない。そうあってほしい。


実は転生者だ。前世では天才芸人の名をほしいままにしていた。


ゴールデンタイムにコント番組を持たせてもらい、ベタなコントからシュールなコントまでお茶の間を釘付けにした。


視聴率王。そんな風に呼ばれた日もあったっけ。


あの輝かしい日々が忘れられない。だから、こうして転生してからも、再び芸人になろうと思ったのだ。


基礎練習を重ねては、学園祭などの舞台に飛び込み参加し、笑いを取る。どうやら前世から腕は衰えていないみたいだ。


今日は最終オーディション。芸能事務所の人にネタを見てもらえるらしい。


選考に残ったのは2人。もう一人の候補と面白い方が事務所所属になる。


前世はどうあれ今の俺は無名の新人だ。お世話になる人達に挨拶まわりを済ませ、控室に戻る。


すると、一人の男が震えていた。今の俺と同じくらいの年に見える。


「大丈夫ですか?」


声を掛けると「ひいっ!」と小さな悲鳴を上げる。


「あ、あなたがバスター加藤さんですか?オーディションで競合になる」


「そうだけど」


どうやら、この男がライバルらしい。名前は、ワイルド南だったか。


「なんで震えてるんですか?」


「そりゃ、震えますよ。僕みたいな技術のないずぶの素人が、最終選考に残るだなんて!」


謙遜しているのだろうか?


ちょっと勇気づけてやるか。


「まあ、落ち着きなよ。最終選考に残るってことは、見るべきものがあって残したんだよ。大丈夫。プロの人達が一目置いてるんだから、自信もって」


「ぼ、ぼく、本当に適当にネタを作ったんです⋯⋯」


「どういうことだ?」


俺が聞き返すと、男は震えを強めて椅子がガタガタしはじめた。


「意味の通らない一人芝居をただしただけなんです。『マリアナ海溝盆踊りしようよ!』『ハロー!ドキドキワールド!』って。頭の中に浮かんだ単語を適当にランダムに結びつけたようなことを棒読みで」


「ふむ。それで?」


「審査員の一人が、絶賛しはじめたんです。新時代の無理問答。21世紀の脱構築、シュールレアリズム、モザイクアートだって」


「なるほど」


審査員病というやつだ。数多のアマチュアを審査員という人々は見る。


オーディションを受ける人の多くは、いわゆるベタや王道をする人々だ。どこかで見たようなネタの焼き回し。そんなものを審査員は嫌う。


求めているのは次の時代を切り開く新規性なのだ。そういったときにこういった出場者がフィットする。


出場者が10組だとして、9組が甲乙つけがたい技術の高いベタで1組が風変わりのシュールだった場合、審査員の心理としてシュールに賞を与えたくなる。


これは逆パターンもあって、シュールが9組だったらシュールにうんざりして、ベタの1組に与えたがる。


そう。ベタであるかシュールであるかは本質ではない。審査員は母集団の中のアウトローを選びたがるのだ。


目立つ異物が特異点に見えて、高く評価する。競合の多いカテゴリはいくら高いレベルで競っていても過小評価される。


審査疲れが起きたときによくある話だ。


今回も実は意味不明用語を連呼する系は多く見られたが、一次審査でほとんど落ちている。


二次審査に残ったのは彼だけ。しかも、声の通りが良いや華があるなどの一芸に秀でていたとかですらなく、全部落とすのはさすがに心理的にしんどいのでとりあえず1人だけ残しただけのように見えた。


そして、そんな一次審査を見ていない二次審査員の目には彼が個性派に映ったはずだ。


過学習。


生成AIについて解説した書籍にそんな言葉が書いてあったことを思い出す。


AIの審美眼を磨くために、参考データをたくさん読ませ過ぎると、かえって審美眼が曇ることがある。おおよそそんな意味だ。


AIだけでなく人間もその道のエキスパートこそ過学習になることがあるのかもしれない。


「まあ、なにはともあれ、いいチャンスじゃないか。芸能事務所が気に入ってくれたんだ。最初は、華や実力がなくても、後々から育っていったコメディアンも世の中にはたくさんいる」


俺はそんなやつらをたくさん見てきたと続けそうになるのを飲み込む。それを言ってしまうと自分が何者か話さないといけなくなるから。


「僕、芸人なんかになりたくないんです」


思いもよらぬことを言い出す。


「受験勉強に疲れちゃって。高校なんかに行きたくない。だけど、中退するのは両親を説得できない。だから、オーディションを受けて芸能人になることを言い訳にしようと⋯⋯。ただ、勇気がないだけなんです。本当に受かっても芸能界なんて……」


なるほど。この世界で食っていくモチベーションが低いようだ。


よくもまあ、こんなのを最終選考に残したもんだ。審査員病も極まると恐ろしいものだ。


しかし、困ったな。さすがにこんな彼に負けるとなると、少しプライドが傷つけられる。


オーディションなんて、今の時代、たくさんある。ここでチャンスを逃しても活路はある。だが、そうであっても、こんなことで負けたとしたら、やはり悔しい。


「まあ、受かったら芸能界に入ってみればいいじゃないか。やってみたら、意外と向いてるなんてこともあるかもしれないから」


心にもないこと励ましを言ってしまうが、彼は僕の両手を掴む。


「あ、ありがとうございます!僕、頑張ってみます!」


励ましになったようだ。態度には出さず心の中でため息を付く。


「オーディション本番でーす。こちらの部屋へ」


ワイルド南くんは棒読み無理問答ネタを繰り広げた。


審査員たちは興味津々でそれを眺めていた。


対して、俺は、タイミングよくバナナに滑ってこけてみたり、服を破けてみたり、古典的なパントマイムベースのスラップスティックを高い技術とリズム感でこなしてみせた。


俺のやっていることはサイレント映画を参考にした古典的な笑いである。


次の時代を切り開くものではないのかもしれない。


だが、技術的には高度で、練習を重ねないとできないことをやっている。そんな自負もあった。


俺はやろうと思えば話芸だって不条理芸だってこなせる。時代の空気に合わせてSNS疲れや政治を風刺した時事ネタだって。引き出しの多さには自信がある。だが、限られた持ち時間の中で己の技術力を証明するには動きに頼った方がいいと判断した。


「完成されすぎてるね」


審査はその一言で打ち切られた。結果はどうやら決まったようだ。


後日、ワイルド南くんは、大々的にデビューを果たし、そして、3ヶ月もしないうちに蒸発した。


週刊誌を読んでもその理由は書かれてなかったが、俺は知っていた。


対して、俺は、するめ味の芸ともてはやされ、徐々に芸能界でキャリアアップしている。


時代に合わせた話芸を覚え、ゲーム実況などの動画もこなして、高い再生数を稼いでいる。


その評価を聞きつけたテレビ業界から、お呼びがかかりはじめている。


あれから10年が過ぎたその日も、テレビロケから解放された俺は、駅に向かっていた。どこかで見たような顔が。


「ワイルド南くん!」


「お久しぶりですね。加藤さん。ワイルドって名前は捨てましたよ。今の僕はただの南康太です」


デビュー以前の自分を知っているかつてのライバルにほおがゆるみ、一緒に飲みに行くことにした。


「どうですか?」


「まあ、芸人として順調にキャリア積めてるよ。君は?」


「あれから、高校卒業して、名門私立大学を卒業して、雑誌の編集になってるんですよね」


「へえ。君が」


意外なキャリアアップに驚く。


「まあ、フリーで使い捨てのようなもんですけど。でも、ヒット作を発掘して、少し出版社で顔が売れてきてるんです」


「ほうほう」


「漫画家の卵を審査する側になったんですけど、バスターさんと競い合ったあの頃の経験が生きてるんです。絶対、地道に技術を磨いた人か、技術はなくても魂の叫びがある人を発掘しようって。そう決めたんです」


「立派になったな⋯⋯」


思わず、涙をこぼしそうになる。この肉体もアラサーなのに涙もろくなったもんだな。


その晩、俺達は飲み明かした。ふたりの明日を夢見て。



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