第一章:悪役令嬢の目覚め
「……え? ここはどこ?」
白い天井。
重厚なシャンデリア。
レースのカーテンの向こうには、薔薇の咲き誇る庭園が広がっていた。
カルトラ・セレネン・シュナイドールは、自分の手を見つめた。
小さな、白い、貴族の令嬢にふさわしい手。
しかし、最後の記憶は現代のオフィス。
残業の最中に倒れて、気がついたらここにいた。
「お目覚めになりましたか、お嬢様?」
年配の女中が、心配そうに近づいてくる。
「……私は、誰?」
「え? お嬢様、まさか記憶を……。あなたはカルトラ・セレネン・シュナイドール様。シュナイドール公爵家の令嬢でございます。そして、王太子殿下の婚約者候補の一人でいらっしゃいます」
女中の言葉に、カルトラの頭に閃光が走った。
──『恋の王冠と剣の誓い』。
前世でプレイした乙女ゲームのタイトルが、鮮明によみがえる。
この世界は、そのゲームの舞台。
そして、カルトラは……悪役令嬢だ。
ゲームでカルトラは高慢で傲慢な貴族令嬢として描かれ、ヒロインを陥れ、王太子に迫害され、最終的に国外追放か処刑される破滅ルートのキャラ。
──まさか……私が、あの悪役令嬢?
しかも、記憶によれば、ゲームのストーリーはもう始まっている。
三日後に王宮舞踏会があり、そこでヒロインのリゼッタ・ハルトマンが登場し、王太子エリヤス・レクシウス・ルミエールに見初められる。
そして、カルトラは嫉妬から彼女を陥れ、悪役としての道を歩むことになる。
「……嫌だ。そんなの、絶対に嫌……」
「お嬢様? 大丈夫ですか?」
カルトラは女中の言葉に返答する事も忘れ、ベッドから起き上がり、鏡の前に立った。
金髪青眼。
整った顔立ちだ。
まさに貴族の令嬢そのもの。
左手には月のような紋様が刻まれている。
入れ墨だろうか。
でも、この顔が、ゲームの中では「憎たらしい悪女」として描かれるのかと思うと、ぞっとした。
でも……なら、最初から違う道を歩めばいい。
彼女は決意した。
私は、悪役なんかになんかなりたくない。
普通に生きて、幸せになってみせる。