7 浸食されるリアル
最終話です。
一足早いですがお読みいただきありがとうございました。
チュートリアルを終えた私は一旦AFOをログアウトして現実へと帰還していた。想像していた以上に時間がかかってしまっていたことに加えて、最優秀者に選出されてしまったことなどで精神的に疲れてしまったためだ。
なお、最優秀者の選定基準などの情報は私のアバターネームを晒さない、といった基本的な個人情報に配慮したものであれば許可することにした。それというのもプレイヤーに先んじて公式で公開が決定してしまったので、隠しておく理由がなくなってしまったのだ。
セカンダリーメンバーになってようやく発見されたのが相当嬉しかったようだが、それならもっとヒントを用意するとか分かりやすく誘導するなどすればいいのに。
ツッコミどころしかない運営の対応にため息が漏れる。それとほぼ同時にいくつかの通知が届いているのに気が付く。開いてみれば解説ニキを始めフレンド登録をした数人のプレイヤーたちからの労いの一言だった。
最後に交わした言葉の通り、彼らも一旦ログアウトしたらしい。というか、あの時点でまだやる気を覗かせていたのは極一部の戦闘狂くらいなものだった。上位陣ですら多くが気分をリセットしたいと言い合っていたほどだ。
そんな中、少年アバターの彼だけはさっさと本編へと行ってしまった。今頃は宣言通りデモンアーミーを倒しているのかもしれない。一体なにが彼をそこまで急き立てているのだろうか?単なる暴力衝動の発露?いや、あれはそれどころではない深刻さを秘めていた気がする。
もっとも今後再会することがあるかすら怪しいところだから、その本心を尋ねる機会はないだろうけれど。
ふと、視界の隅に黒いナニカが現れる。チラチラと気を引くように動き回るそれに鬱陶しくなって手を振れば霧散するように消えていった。
おや、珍しい。いつもであれば討滅するのにもっと時間と手間がかかる……、って討滅って何よ?AFOのプレイ直後だったからなのか思考がゲームに毒され過ぎているわね。いくらVRとはいえゲームとリアルを一緒にするのはよろしくない。
ゆっくりと頭を振って混濁しつつある意識を覚醒させる。やりたくて始めたゲームだったが、化け物とのバトルという非日常体験は予想していた以上のストレスだったのかもしれない。
これはもうさっさと寝て、心と体を休ませるべきだろう。体調不良でログイン拒否なんてことになったら困るもの。
「それにしてもまさか、あんなものを幻視してしまうだなんてね」
眠る準備を始めるために立ち上がりつつそう独り言ちていた私だが、その時には既に「あんなもの」が何だったのかは忘却してしまっていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
早朝。夏の夜は短く既に東どころか空全体が明るくなってはいたものの、一般的な始業時間にはまだほど遠いという頃合いのことだ。
事務用のデスクが規則的に並べられ、その上にいくつものディスプレイが配置された典型的なオフィスといった部屋の片隅で、一人の女性が深々と体を椅子の背もたれへと預けさせていた。
「お疲れ様。なんとか間に合ったね」
「……間に合ったんでしょうかねえ?あ、コーヒーありがとうございます」
上司に当たる男から差し出された紙コップ入りのインスタントコーヒーを受け取りながら、湧き上がってくる疑問を口にする。
なお、彼が気配の一つも感じさせずに現れたことについては、もはや慣れてしまったのかスルーである。
「間に合っているさ。現に彼ら、彼女たちの何人かは奴らを排除して侵入を阻止している。まあ、本人たちは無意識の行動だったようだけれどね」
そんな女性の疑問に、男は自信ありげな確信に満ちた声で返す。
「だが、そんな小さな積み重ねが貴重な時間を稼ぐことに繋がるんだ。そうやって得た時間をう有効に使っていけば、新たな仲間を見つけ出すことだってできるかもしれない。それにセカンダリーメンバーの彼ら自身が大いなる力に目覚めていく可能性だってある。第一陣のようにね」
「さすがにフロンティアピープル並みというのは期待のし過ぎというか、欲張り過ぎなのでは?」
続く言葉に苦笑を漏らす。今回投入されたセカンダリーメンバーとは違って、フロンティアピープルは文字通り未開の地を開拓するべく投入された面々だ。ただし、その分最先端の技術やら何やらが惜しげもなく与えられていた。
しかしながら一番の違いは全ての事情を知っているという点であろう。未だ公には秘匿され続けている『浸食現象』。密やかにだが確実に世界を蝕み始めているナニカについて教えられた上で、それらとの戦いに身を投じているのだった。
「……でも、あの人たちを援護できるくらいにはなってもらいたいですね。身体も、そして精神も」
だからこそ、事情を知りつつも戦う力を持たない彼女は願ってしまう。人知れず戦い続けている勇者たちの負担が少しでも軽くなりますように、と。
「ふふ。君も十分に欲張りだと思うよ」
そんな部下の様子に小さく男が笑う。全てが定められて既定路線を走り抜け続けているフロンティアピープルとは異なり、セカンダリーメンバーは発見も選出も、そして参加決定に至るまで想定外でしかなかった。
そもそもAFOはフロンティアピープルのための訓練場として整備されたものであり、不人気を理由に適度な頃合いで一般からはフェードアウトさせる予定だったのだ。
それが何の因果かカモフラージュのための動画や攻略サイトに人気が出てしまい、続投が決定してしまった。そして「どうせならば素質の片鱗でも垣間見せる者を見繕ってはどうか?」という意見から集められたのがセカンダリーメンバーだったのである。
真実を知らされないまま彼らがどのような成長を遂げることになるのか、そもそも成長することができるのかを含めて全てが未知数な状態であり、だからこそ事情を知る二人は期待と不安の両方を抱え込むことになっていた。
「いずれにせよ、既に賽は投げられてしまったんだ。あとは良い目が出るように祈りながら足搔き続けるだけさ」
「足搔くことはするんですね」
「もちろんだとも。誰かに未来を託すだけなんて性に合わないからね」
悲壮ともいえる覚悟を浮かべる二人の元に、差し込む朝日は届くのだろうか?
執筆意欲増進のためにも、評価等もよろしくお願いします。