6 明らかとなる新事実
「私は何度も言ったはずだ。生きて帰ることこそが第一だ、命を粗末にするな、とな」
ギロリと眼光鋭くねめつけられて私たちは言葉を失う。
「逆に貴様に問おうか。ポーンを十七体倒したと得意になっていたが、お前はその間に何度『回復弾』のお世話になった?」
回復弾というのは初回のイベントバトルでのみ実装されている代物で、HPを大きく損傷すると自動で回復してくれるという、要は空中戦に慣れていないプレイヤーやVRでのアクションそのものが苦手な人への救済措置だ。
なお、戦闘での行動や各種リザルトは記録されていて、本人であれば簡単に確認することができる。
「な、なんだよ?そういう仕様だろうが。使えるもん使って何が悪いんだ!」
「……誰かから入れ知恵をされていたか?まあいい。貴様らが当たり前のように受け入れていた回復弾だが、あれは我らが組織が極秘裏に開発を行っていたものだ。だが、今回の襲撃で協力関係にある各国の上層部に露見してしまった」
「はあ?いきなり何を言って――」
「黙れ。まだ私が説明をしている最中だ。そのよく動く口を縫い付けられたくなかったら今すぐ口を閉じていろ」
決して大きな声ではなかったが、迫力ある教官の軍隊式?な叱責にチャラ男プレイヤーはあっという間に縮こまってしまった。余談だが私たちもその余波を受けていたため、彼のことを情けないだとかカッコ悪いとは思えなかった。
つまり、今の教官はそれほど怖かった。
「回復弾はデモンアーミーによって生じたものに限定されるが、どんな傷をも癒してしまえる。その存在が明るみになったことで、さっそく各国が競って数を確保しようと動き出している。政治的な駆け引きもあるだろうが、今後はそちらに優先的に回されることになるとのことだ」
これは……、なるほど。回復弾がこのチュートリアルバトルにしか登場しないことへの設定なのか。
「俺たちが悪いって言うのか!?そんなに大事な物なら、使わなけりゃ良かったじゃねえか!」
チャラ男プレイヤーに代わって上位陣の一人が声を上げる。いやはや、この空気の中でよくそれだけの啖呵が切れたものだ。素直に尊敬する。
「そんなもの、君たちの方が大事だからに決まっているだろう」
文字にするととても人情味にあふれる言葉だが、恐らくそれを額面通りに受け取った人はいなかっただろう。それほどに教官の眼は冷え切っていた。
「ああ、大事とは言っても倫理的な意味や道義的な意味ではないから勘違いしないように。……そうだな、価値がある、と言った方が伝わりやすいか。我々にとってデモンアーミーと渡り合える人材は何よりも価値があり貴重な存在となる。志願してきたとはいえ一度も訓練を行ったことのない貴様らが戦闘に駆り出されたのも結局はそのためだ」
この辺りの話はプレイヤー間で予想されたり推測されたりはしていたのだけれど、公式からは明言されていなかったと思う。少なくとも私が事前に調べたものの中にはなかった。
「回復弾はそんな大切な人材を守るために研究開発されていたいわば虎の子だった。まあ、露見は時間の問題だっただろうから、その点は上の見通しが甘かったとも言えるのだがな」
フンと鼻を鳴らす教官だったが、今の時点でバレたのは想定外だったようだ。
だが、ゲーム的にはヌルゲー化するどころか難易度が崩壊してしまうので、仮に私たちプレイヤーが陽動とかく乱に従事して無傷でクリアしたとしても、何らかの理由が付けられて回復弾は退場させられることになったはずだ。
それにしてもここまでくると、作っておいたはいいが発表する機会がなかった設定を大放出しようとしているのではないか?なんて邪念すら沸いてくる。
とにもかくにもそうした裏の設定から、このチュートリアルバトルにおいてはデモンアーミーの撃滅数は評価ポイントが低めになっているらしい。
それでは、どのような行動が高評価となっていたのか?
「ここまで言えばなぜ彼女が最優秀者に選ばれたのかも理解できるな?仲間を、デモンアーミーと戦える貴重で価値のある人材を助けて回ったからだ」
だった。まさかバトルメインのゲームなのに仲間を助けることが高評価に繋がるとは想定外もいいところだわ。
加えてチュートリアルバトルは個人戦であり、同じ組に振り分けられたプレイヤーはライバル同士でもある。中には戦闘に適応できなかったプレイヤーもいたと思うのだが、誰かを助けるなんて敵に塩を送ることになるのだから、あえて誰も試そうとはしなかったのではないかしら。
「なんっだよ、それっ!そんなことどこにも書いてなかったぞ!」
教官の説明を一応は理解はできても、心情的には納得しきれなかったのかチャラ男プレイヤーが吠える。訓練の時から動きは良かったと思っていたが、しっかりと下調べをしていたためだったようだ。アバターは千差万別で中の人の性格や特徴と一致するものではないとはいえ、なんとなく違和感を覚えてしまうわね。
悪いことにその苛立ちは他の上位陣にも感染していき、今にも暴れ出しそうになっていた。
「……もう、いいか?僕はさっさとゲーム本編を始めたいんだけど?」
そんな空気を読もうともせずに、なんとここで少年アバターの彼がマイペースな調子で口を挟んできたではないか。
「はあ!?お前は悔しくないのかよ!?一位を横から掻っ攫われたんだぞ!?」
「別に。チュートリアルで貰えるものなんて高が知れてるしどうでもいい。そんなことよりもデモンアーミーをもっと殺したい」
不意に溢れ出したどろりと粘ついてはまとわりつくような黒い感情に、背筋が粟立つ。そこそこに距離があった私ですらそれだったのだ。近距離で触れることになった上位陣たちはさぞかし肝を冷やしていることだろう。
案の定、毒気をぶつけられたチャラ男プレイヤーはそれをいなしきれずにふらつくようにして引き下がることになったのだった。
「他に意見のある者は……、いないようだな。それでは現時刻をもってデモンアーミー撃退戦を完了とする」
教官の言葉と共に、『イベント完了』の文字が浮かび上がる。
「それと、エンジェルフォースへようこそ、ひよっこども。諸君らのこれからの活躍を期待している」
ニヤリと笑う教官を最後に視界は暗転。こうして私たちの波乱づくめのチュートリアルは、ようやく終わりを迎えたのだった。
ところで、戦闘前に余計な一言を言って教官を呆れさせたり爆笑させたりする人はチャラ男プレイヤー以外にも多数いたようで、専用のスレッドが立っているほどだった。
執筆意欲増進のためにも、評価等もよろしくお願いします。