5 こうして二つ名や異名は固定化されていく
「皆、初勝利おめでとう。よくやった!そして誰一人欠けることなく帰還してきたことを嬉しく思う」
出迎えてくれた笑顔に対し、私たちの雰囲気は悪かった。教官の言葉通り、無事にイベントをクリアできたはずなのに、である。
事の起こりはクリアまであと少しとなった時のことだった。倒せば減る。出現する総数が決まっている上に追加もないのだから当然の話だ。それでもバトルジャンキーと化した上位陣の勢いが衰えることはなかった。
結果、最終盤になって獲物の取り合いが始まってしまう。各々が近くにいるポーンを攻撃していただけなのだ。譲る人がいなければそうなるのも道理だ。
まあ、これに関しては誰が悪いというものでもないが、強いて言うなら大まかにでもルールを決めておかなかった全員ということになるだろうか。例えば、初めに「早い者勝ちの恨みっこなし」とでも言っておけば、不満は残ってもこじれることもなかったはずだ。
「能力はあるのに協調性がなくてバラバラとか、チーム系のスポーツ漫画かよ」
「ぷっ!」
「ぶふぉっ!」
誰かのぼやきに何人かが噴出し、何人かが怖い顔で出所を探す。前者はともかく後者は反応してしまったことで自覚があると明言してしまっているのだが、苛立ちのせいか気が付いていないみたいね……。
なお、言った本人こと解説ニキは私の隣で素知らぬ顔をしていた。
「まあ、撃滅数第一位の彼からしてあんな態度なんだから仕方がないか……」
私が視線を向けた先、少年アバターのプレイヤーは周囲の不穏な空気を一切無視して、ぬぼーっと無表情のまま突っ立っていた。
ちなみに、なぜそんなことを知っているのかと言うと、こちらも雰囲気の悪さには我関せずといった態度で教官が戦績上位者を発表していたためである。そのこと自体は下調べした通りの展開のはず……、なのだがどうにも気にかかってしまう。
「うん?どうしたリーダー。何か心配事か?」
特に顔に出した覚えはなかったのだが、隣の解説ニキに気付かれてしまう。解説ニキは解説ニキだけあって解説ができるくらい観察眼に優れているのだ。
「心配事というか、教官が注意も叱責もしないのが不思議に思えて。あとリーダーじゃないです」
彼女の立場上、私たちに話を聞かせることも職務の一つのはずだそしてリーダーでhない。大事なことなのでこちらでも言っておく。
「まあ、軍という割には緩いよな。だけど一部のガチガチなリアル準拠な設定の作品以外だと、漫画やアニメ、ゲームだとこんなものだぜ」
「そうなんですか?」
「読者や視聴者にしてもプレイヤーしても、コンテンツの消費者は俺たちみたいな一般人なんだ。そういう体験をしてみたいっていうやつを除けば、軍隊風なテイストを味わえればそれで十分なんだよ」
言われてみれば確かにそうだ。私だって空を自由に飛び回りながら襲い掛かってくる無数の敵を倒していく、という部分に惹かれたのであって、軍隊での生活を体験してみたいとは欠片も思ってはいなかった。
「ありがとうございます。すごく納得できました」
「リーダーには助けてもらった恩があるからな。少しでも返すことができて良かったぜ」
だからリーダーではないのだけれど。……解説ニキの呼び名同様、言うだけ無駄なのかしら?
「あと、俺の勝手な想像なんだが、これでチュートリアルは終わりになるだろ。プレイヤーの中にはさっさと自由に行動したいと思っている奴もいると思う。手早く終わるために余計なことをしないように設定されているのかもしれないな」
これまたメタ的な視点だが、そういう考え方もあるのね。
「リーダー。ねえ、リーダー。教官が見てるよ」
ちょいちょいと別のプレイヤーに肩を突かれてようやく見られているのに気が付く。自分で思っていた以上に話し込んでしまっていたらしい。
……リーダー呼びについては諦めることにする。
そして顔を上げたことで教官と目が合う。
「っ!?」
瞬間、なんだかとても嫌な予感が脳裏をよぎる。慌てて動こうとするも、教官が口を開く方が早かった。
「さて、改めてになるが初陣にもかかわらず皆素晴らしい戦いぶりだった。ほんの短い時間だったが、諸君らを指導できたことを誇りに思う。最後になったがこの戦いにおける最優秀者を発表しておこう」
最優秀者の発表!?そんなものがあるだなんて、公式はおろか非公式の攻略サイト――ネタバレがありのため――のどこにも掲載されてはいなかったのだけど!?
恐らくは私と同じように入念な下調べをしていたのだろう。何人かが周囲の人たちへと「そんな話聞いたことないぞ!」と叫んでいた。
そんな私たちの慌てぶりを、教官は面白そうに眺めていた。彼女には「訓練所の主」や「鬼教官」といった厳しく怖いイメージが強いのだが、こんな風に揶揄ってくることもあるのか。やはりAFOのNPCに搭載されているAIはとんでもない高性能だわ。
だとすると先ほどまでの態度もわざとだった?上位陣の空気が険悪なまま放置しておくことにも意味があったということ?それは一体どんな……?
ダメだ。さっぱり分からない。お手上げ状態に頭を抱えていると、ついに爆弾が投下されることに。
「最優秀者はリーダー、君だ」
「ええええええええええっ!?!?」
「な、なにっ!?」
驚愕の表情を浮かべたたくさんの人から見つめられて、訳が分からずたじろいでしまう。中には睨むような負の感情がこもったものもあったのだ。
「リーダー、今の君のことだぞ」
「はい?」
解説ニキに言われたことで、仲間内からはそう呼ばれていたことを思い出す。
いや、言い訳させて欲しい。リアルでの本名は論外だがアバター製作時につけたキャラクターネームですらないのだ。すぐに自分のことだと思い当たらなくても仕方がないと思う。
「なんでそいつが最優秀者なんだよ!?納得いかねえ!!」
叫んで異議を申し立てたのはチャラ男プレイヤーだった。こちらが素なのだろう興奮のためか口調が荒くなっている。あと、失礼だから人を指さすのは止めて。しかしそんな私の不快感とは裏腹に、あいつの周辺では少年アバターの彼を除いた上位陣が同意を示すように頷いていた。
「そいつは二体しかデモンアーミーを倒していないじゃねえか!」
同調者の存在に気を大きくしたのか、ずかずかと教官の前に進み出て文句を言う。ついさっきまであれほど険悪な様子だったのにいい気なものだ。
ちなみに私の戦果となっている二体だが、片方は突撃時に【ソード】の当たり所が良くて、もう片方は皆で弾幕を張っていたらダメージが蓄積していたところにラストアタックとなったもので、偶然の要素が強い。
「ふむ……。どうやらお前たちは何か勘違いしているようだな」
執筆意欲増進のためにも、評価等もよろしくお願いします。