2 飛行訓練
「全員武器の選択は終わったな?それではこれより短時間だが訓練に入る」
漫画やアニメであればなし崩し的に、またはいきなり戦闘が開始されるものだが、こちらはゲームのチュートリアルだけあってちゃんと段階を踏んでくれるもよう。
今度は一瞬で雑多なボロ屋が立ち並ぶ『訓練場』へと移動してきた私たちは、教官の言葉を受けてこれまで以上に神妙な面持ちになっていた。
「〔ウイングデバイス〕には激突防止機能が組み込まれているから、周囲の壁を気にする必要はない。飛行者同士の衝突は起こるが、そちらも衝突緩和機能によりごくわずかな衝撃しか感じないようになっているから、怖がることなく訓練を行って欲しい」
〔ウイングデバイス〕はその名の通り背部に展開する翼部分と、装着者の上半身――の胴体――をほぼ覆う鎧部分とで構成されているから、今説明のあった機能は鎧側に内蔵されているのだろう。
「開始から五分後にデモンアーミーの立体映像の投射も始める。今回支給した〔ウェポンデバイス〕は全てフレンドリーファイア対策が成されているから、逃げ回るだけではなく攻撃の方も積極的に行ってみてくれ。……それでは訓練、始め!」
開始の合図に翼を展開して恐る恐る浮かび上がる。いくらVRゲームの中、加えて話の流れを予習済みだとは言え空を飛ぶなど初体験なのだ。おっかなびっくりになってしまうのも仕方がないことだと思う。「お前からやれよ」と視線で押し付け合うことがなかっただけでもマシだったはずだ。
ほとんどの皆が少しずつ高度を上げていくのに対して、一人のプレイヤーが青空の中へ滑るように上昇していく。
「ほう。肝の据わった者もいるようだな」
「お、俺だって!」
楽しそうな教官の言葉に目立ちたがりのプライドを刺激されたのか、チャラ男プレイヤーがその後に続く。更にそれに触発されたように次々と同期たちが天高くへと舞い上がっていった。
気が付けば残っているのは私だけだった。ふと教官と目が合う。……き、気まずい!
「……高いところが怖い、という報告は受けていなかったはずだが?」
「あー、はい。高所恐怖症とかではないです。……いまのところは」
恐怖症といった類のものは何がきっかけで発症するか分からないから、これから先も大丈夫だ、などと言うつもりはない。それはさておき、このまま不適格だとか言われても困るので、こちらの考えを伝えておきましょうか。
「他の人に合わせたり、誰かに張り合ったところで身につくとは思えませんでしたので。私は私のペースで進めさせてもらいます」
「ふむ。そういうことか。確固たる信念があるならばこれ以上は何も言うつもりはない。だが、時間が限られていることだけは頭の片隅に置いておくように」
「分かりました」
ぺこりと頭を下げたところで会話は終了となり、私は再び浮かぶことに集中し……。
「あれ?」
先ほどまでとは一変して、それほど意識していなくても安定していることに気が付く。さっきの何気ない会話にこんな効果があっただなんて……。
第一陣の中にも上手く飛ぶことができずに「教官から直接的なコツやヒントをもらった」という人はいたようなのだが、私のようなケースの報告はなかったはず。ゲーム的なサポートが働いたのか?はたまた私の心の持ちようの変化から生じたことなのか?
ログイン後も覚えていたならば掲示板にでも書き込んでみることにしよう。……覚えていれば、ね。
それから後も教官の説明にあった通りデモンアーミーのホログラム的なものが現れて本番での立ち回りを確認したり、実戦形式――という体での――戦闘訓練っぽいものが行われたりした。
何人か際立つ好成績を修めていた人がいたのだけれど、そんな中でも頭一つどころか五つくらいは飛び抜けていたのが、最初に空高くへと上がっていったあのプレイヤーだった。
開始の合図があった瞬間、ぬぼーっと掴みどころのないそれまでの雰囲気がスイッチが切り替わったかのように一変して、次々と課題をクリアしていってしまったのだ。例えるなら小学生たちが遊んでいるところにその道のプロスポーツ選手が混じっていた、といった感じかしら。いやはや完全に一人だけレベルが違っていたわね。
そしてそんな少年アバターに次いで好成績だったのが、なんと意外なことにもチャラ男プレイヤーだった。ただし、これも彼がいたからこそだったようにも思えた。負けん気の強さやプライドの高さから対抗した結果、普段以上の力が出せたのではないだろうか。
まあ、あくまで私の見立てだけれど。
一方で私を含め下位集団も全員課題のクリアはできていたが、上位組との差は歴然だった。
仮に現時点での成績を平均してグループを作らされてしまったら、確実に足手まといというか足を引っ張ることになってしまっただろう。本番の戦いが単独行動による個人戦扱いで本当に良かった……。
そうこうしていると『ヴヴヴウウォオオオオオオオオ……』と低い警報の音が辺り一面に響き渡る。
「くっ、時間切れか……。諸君、先にも言った通り君たちの役割は陽動とかく乱だ。そうしてデモンアーミーどもの足を止めさせ、攻撃部隊の者たちが撃ち落とすというのが基本概要となる。……決して、命を粗末にするような真似はしないように
教官からの悲壮感あふれる激励を最後に場面は移り変わり、いよいよチュートリアルも最後の大詰めを迎えることに。
ちなみに、こちらのHPが残り少なくなったところで強制的にどこからともなく回復効果のある弾丸が撃ち込まれるので、敗北はおろか死に戻りすら発生しないそうだ。
「……って、いきなり上空スタート!?」
暗転して場面が切り替わったかと思えば、はるか下に地上を見下ろす空中だった。前方に広がるのは赤茶けた荒野ばかり、そんな不毛の大地の上をわらわらと異形どもが接近してくる。
今回登場するのは、デモンアーミーの中でも最下級の兵士ばかりだ。が、その数が多い。おおよそ参加プレイヤーの十倍が用意されているそうで、私たちの場合二百を超える大部隊に膨れ上がっていた。
『性懲りもなくまたデモンアーミーどもが現れやがったぞ!ルーキーども!いきなりの実戦だが、一匹たりとも防衛ラインを抜かせるんじゃねえぞ!』
名もなきNPCの怒声が聞こえたと同時に、中空に大きく『ストーリーイベント:ポーン撃退戦』と表示された。
いよいよ戦いの火蓋が切って落とされる。
執筆意欲増進のためにも、評価等もよろしくお願いします。