23-2. 温かい紅茶とアップルパイを用意したよ
この物語はフィクションです。
作中の人物・団体などの名称は全て架空のものであり、
特定の事件・事象とも一切関係はありません。
帰り道。二人はまた鉄格子付きの馬車に揺られていた。
「御主人様、千切れた指が見つかってよかったな」
ゴブリンから受けた傷を治癒する際の痛みにのたうち回るサトウの横で、メッカに向けて祈っているミルフィーユが呟いた。
欠損部位を生やすような治癒の痛みは、欠損部位を繋げて治癒する際の比ではないらしい。
最悪、治癒時の痛みで死亡することもあるそうだ。噛み千切られた指が原型をとどめたままゴブリンの胃から見つけ出せたのは僥倖だった。
土下座で祈るミルフィーユの横で、奇声を上げながら痛みに耐えるサトウ。御者をしている治安維持隊隊士は迷惑そうな視線を時折向けた。
噛み千切られた左手の小指と薬指。脇腹の刺傷。引き千切られた右耳。それらがウジュルウジュルと不快な音を立てながら治っていく。隊士のえずきが聞こえる。
「ああ‥‥。痛かった。もうゴブリンなんて見たくないぞ」
「何度もヒヤヒヤしたが。何とかノルマ達成できたな」
本来、六歳児程度のステータスのサトウが単独でゴブリンを討伐することはできない。
ゴブリンが初心者向けの魔物とされていても、その強さは本気で人間を殺そうとする中型犬のようなものだ。討伐時に囮役やサポートをすることはできても六歳児が単独で相手するのは荷が勝つ。
「やれやれ。まさか、こいつに助けられるとは」
サトウが足元のバケットバッグから卵を取り出す。
手のひらの中で震える瞳でこちらを見上げている卵。
街中で稀に見かける妖精だ。実に腹立つ顔をしている。
妖精は、自分を殺した対象の全ステータスを下げる断末魔を上げる。
サトウは今回、戦闘開始前にゴブリンに妖精を投げつけることで、衝撃で死亡した妖精にゴブリンを呪わせていた。
妖精の呪いによりゴブリンの強さを、本気で人間を殺そうとする中型犬から、本気で人間を殺そうとする小型犬程度には下げることができる。
いくらパグでも六歳児が襲われたら危険ではあるが。そこはサトウが必死になって戦うしかなかった。
一日目にスライムとゴブリンの観察。
二日目は街で妖精探し、翌日にスライムとゴブリン討伐。以降はその繰り返し。
そして本日一〇日目。多めに捕らえていた妖精を使った最後の討伐を行った。
これまで魔物討伐といえば、ミルフィーユやインラーンが闘っている横で走り回って囮をしていただけのサトウ。準備から討伐まで一人で行ったのは初めてだった。
「スライムはどうだった?」
「どうも何も。特に印象にないかな」
この一〇日間、スライムからは何のダメージも受けなかった。
スライムは水で満たされた風船のような魔物で、酸も毒も吐かず、よくある異世界作品のように弱点となる核も存在しない。
ただ緩慢な動きで生物の口や鼻に覆い被ろうとする特性を持つ謎生物だ。
野営の睡眠中や、怪我で動けないタイミングで出会ってしまえば窒息させられることもあるため、周囲の警戒を怠らないようにという意味で、脱初心者向けの魔物とされているのだ。
ゴブリンと共生関係にあるのも、スライムが窒息死させた生物の肉を目当てに、ゴブリンが集まっているだけ。という話らしい。
ゴブリンと同等の討伐難度とされるスライムだが、コツさえ知っていれば、それこそ六歳児でも簡単に倒せる。スライムの体液を全て出しきってしまえば良いのだ。
そのため上に乗って押し潰すだけで討伐可能で、残った外皮は討伐証明部位にもなる。ゴブリンとセットで現れることさえなければ、この魔物こそ初心者向けだと言えるだろう。
サトウとミルフィーユが魔物討伐の反省や、元の生活に戻ったら何をするか話している間に、馬車はすでに街なかを走っていた。
この妖精、かわいい。
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