5-1. まるで邪教の信徒のようだな
この物語はフィクションです。
作中の人物・団体などの名称は全て架空のものであり、
特定の事件・事象とも一切関係はありません。
「サトウ様。ミルフィーユのこと、くれぐれもよろしくお願いしますぞ」
奴隷商の館前。
アッサラームがサトウの両手を握る。
「あぁ、はい。ところでミルフィーユちゃんはどこに?」
「ミルフィーユも乙女ですからなぁ。それなりに準備もあるのですよ」
ミルフィーユ(ケーキ屋さんの今年一三歳になる看板娘を自称するスキンヘッドの大男)。
そんな乙女の準備待ちをするこの時間はあまりにも不毛である。サトウも思わず「うるせーな」と漏らした。
「待たせたな、お二人さん」
サトウが初めて奴隷商の館に来たとき、扉横でタバコをふかしていた男だ。
恐らく用心棒兼従業員なのだろう。その男が館の裏から荷車を押して現れた。
その荷台にはミルフィーユが鎮座している。
「サトウ様。本日はミルフィーユをお買い上げいただき誠にありがとうございました。こちらの荷車はサービスとなります」
「サービス」
「えぇ。ミルフィーユは陽の光に晒されている状態では歩くことができませんからな」
「そんなこと聞いてないぞ」
「彼女が所属する教団の教義でして。陽の光に晒されている間は彼らのメッカに向けて祈り続けねばならんのです」
ミルフィーユは何やらブツブツ唱えながら土下座している。
彼女の土下座している方向がメッカなのだろうか。
「ちょ、あの、売買の書類にサインしたときにも言ったと思うんだけど。俺、冒険者でやっていくつもりなんだけど。こんなの連れて冒険できると思う?ねぇ?」
「当たり前でございましょう。当館史上最強の奴隷ですよ。ミルフィーユは」
それだけ言ってアッサラームは「では」と館の中に入り扉を締めた。
鍵の閉まる音。
用心棒の男は扉横の定位置に腰掛けると、もうタバコをふかし始めている。
「やれやれ、はぁ」
ため息をついたサトウは荷車を引いて歩き出す。
怪我も治ったことだし、改めて冒険者ギルドで何か仕事を探してみるつもりだ。
「ミルフィーユちゃんさ。さっきのどう思った?最後の方なんて追い払うみたいだったぜ」
「‥‥」
「絶対厄介払いされてるよ、君。きっと悪い奴隷商なんだろうな、あのオッサンな」
「‥‥」
「ちょっとぉ!?ミルフィーユちゃん、会話はしようよ!」
「‥‥」
荷台のミルフィーユは土下座したままだ。
ただ出発時とは向きが変わっているので、メッカに合わせてちゃんと体勢を変えているらしい。
陽の下だからいけないのかとサトウは荷車を、建物の影になっている路地まで引いていく。
「ミルフィーユちゃん!ここもう日陰だし一回お話しよう!」
「御主人様。良い奴隷商、悪い奴隷商、そんな人の勝手だぞ」
「何?何の話をし出した突然」
開口一番、道中のサトウの愚痴に対しミルフィーユは苦言を呈す。
サトウには特に響かなかったようだが、ミルフィーユは首を回しストレッチするとまた口を開いた。
「それで御主人様。お話とは何をするのかな。私の好きなスイーツのことだろうか。申し訳ないが教義によって甘味は禁止されているんだ」
「いや、あんたの好きなスイーツはどうでもいい。ていうか甘味禁止されてんの?ケーキ屋さんの今年一三歳になる看板娘なのに?」
「甘味を禁止されてる看板娘くらい居るさ。ほら、あの、虫歯とか、なったら嫌だろう」
「看板娘なら甘味たらふく食ったうえで綺麗な歯を維持しろよ」
「まったく、御主人様はまたも差別的な発言をするのか」
「これも差別的な扱いになるのか。生きづらすぎるだろ」
「当たり前だ。御主人様と今年一三歳になる私。世間はどちらに味方するかな」
俺だろ。
そう言いかけたサトウだが、先ほどの館でのトラブルを思い出す。
この異世界はとにかく日本人に厳しい。自分の常識で物事を考えてはいけないのだ。
「悪かったよ。この通り俺は何も知らないからさ。これからも色々と教えてくれると嬉しいな」
「任せたまへ。これからは私が御主人様を導こう」
「これから冒険者ギルドに戻ろうと思うんだけど、それでいいかな」
「あぁ、構わないが。そろそろ日もくれる。今日のところはギルドでパーティー登録をして宿を探すのはどうかな」
「冒険は明日からか」
「御主人様はさっきまで怪我人だったんだ。今日は早めに休むといいさ」
ミルフィーユからの進言に「分かった」と返事をするとサトウはまた荷車を引く。
彼の背後でまたメッカに向けた祈りの声が聞こえ始めた。お経みたいでちょっと怖いと思ったのは内緒だ。
最近、時が経つのが早すぎるな?もう2025年?
これじゃわたし、おばあちゃんになっちゃいますよ?
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