精霊、聖霊、星霊
「これ、カイ。やめなさい」
そう言って俺が馬鹿になるのを止めてくれたのは思わず身構えてしまう程の魔力量の老人だった。
俺なんかじゃあ足元にも及ばない、上位精霊の魔力にも等しいとさえ感じる。
こんな魔力量の人間が、いるわけがない。少なくとも、ここ数百年で出会った人間は例外なく俺よりも弱かった。そこにいるカイも、その母親もだ。
「あれ、驚かせたかね。」
「村長!なんで止めるんだよ!こいつ、めちゃくちゃ怪しんだぞ!!」
そんな、乱暴な口を聞いていいような人間じゃ、ない。
「あなたは……何者ですか」
「ついておいで。旅の精霊さん」
くしゃりと笑う村長はとても優しげだが、それ以上に恐ろしかった。笑顔だけでは相殺しきれない、魔力の圧。
威圧しているつもりはないのだろうが、これだけの魔力を正面から浴びれば自然と膝が笑い出す。
「俺も!」
「カイには少し早い話だ。トーマと一緒に家に帰っていなさい。そろそろ見張りも交代の時間だろう」
一緒に話を聞きたかったのか、村長が心配だったのか。ついて行くと言い出したカイを村長がなだめる。
「………………………わかった」
何か言いたそうではあったが、弟を抱きかかえ母親と共に大人しく村の奥へ消えていった。途中、何度か振り返ってはいたが。
「それで。歩けるかい?精霊さん」
「は、はい……」
「それなら、いい」
満足げに頷き歩き出す村長を、おかしな方向に曲がる足でなんとか追いかける。
幸いなのは、村長の家がすぐ側にあったことだろうか。無様に転ぶ前に部屋に上がることができた。
「そこにお座んなさい」そう言って出してくれた椅子に座れば、そのすぐ側の床にあいつもちょこんと座った。
やはり、俺以外にはこいつの姿は見えないのだろうか。
「あの……椅子をもう一つ、いただけませんか」
自分だけ椅子に座り子供を床に座らせている状況になんとも言い難い居心地の悪さを覚え、思わず頼む。
見えていない人間からすればかなりおかしな事を言っているように見えるはずだが、村長は快くもう一脚の椅子を俺の横に置いてくれた。
「さて、精霊さん。わたしの事を話す前に、その子について少し教えてくれんかね」
「見えているんですか!??」
椅子に座りなおしプラプラと足を動かしているそいつの方を向きそう言う村長に、そう返せば、ゆっくりと首を横に振って返された。
「姿は見えとらんよ。ただ、魔障壁じゃろう?魔力の動きが不自然じゃった。精霊さんの言動と合わせてみても、そこに誰か居るんじゃないか、と言う結論を出すのは難しくないさ」
「そう……でしたか」
朗らかに笑う姿は、魔力のことさえ無ければすぐにでも仲良くなれただろうなと思わせるものだ。
「俺も、こい……この子とは今朝会ったばかりで。詳しい事は何も分からないんです。ただ、両親やこの子の名前の事を聞いても分からないと答えるのに、この村の場所や村の人の名前は知っていて……」
「………………ほぉ、随分面白い子だ」
一通りこいつに関して知っていることを話せば、村長の目が興味深いものを見つけた研究者の様にすぅと細められる。
「やっぱり、星霊様かもしれないねぇ」
「星霊?星霊って、あの??」
人間の間ではお伽噺として聞かされるほど会うのが難しい“星霊”。
こいつが、その星霊?
「そうさね。星霊様は下界に降りるとき魔法で身を隠して、気に入った者にのみ姿を見せると言われているしの」
「だが、星霊にしてはおかしな点も多いのでは?」
「例えば?」
「まず、魔力量が圧倒的に少ない。周りに影響を与えるレベルどころか、固有魔力もほぼ感じない」
精霊、聖霊、星霊。魔霊と呼ばれる存在の中でも、俺達精霊や聖霊の魔法には出来ないことでも軽くやってのける、桁違いの存在。何処に行ってもそんな話を聞く。
そんな星霊がこんな微々たる魔力しか持っていないとは考えにくい。
「それに、俺には最初からこの子の姿が見えてました。気に入られるとか言う以前の話では?」
そう、こいつが倒れていた所を見つけたのはオビだし、俺にも最初から見えていた。
俺の事を気に入り姿を現した、というのは少し違うような気がする。
「確かに、不自然よの……」
そう言ったきり、村長は黙り込んでしまった。