村
理解が追いついていないのかポカンとして動かないこいつの腕を引き外に出る。
「ワンッ!!」
「お前は留守番だ」
ご主人、散歩ですか!?と言わんばかりのオビを宥め、魔力を練る。
靄のように漂う空気中の魔力をかき集め足場を作る。
異様に高い魔力濃度だからこそ出来る一番速くて一番楽な移動手段。
「しっかり掴まってろよ」
そう声をかけ小さな肩を支える。
足場が、動く。
さっきまでこいつが転がっていた直ぐ側の崖の上。直線距離にして500mと言ったところか。
糸で引かれているかのように足場が滑り加速しながら崖の上へと向かっていく。
「わぁぁぁぁぁっっ!!!」
速すぎて怖かったか、と目をやればとても楽しそうに辺りを見回していた。
「あんまり動き回ると落ちるぞ」
軽く声をかけるが気にもとめない様子で後ろをみたり下を覗き込んだりと忙しない。
そんなに喜んで貰えるのなら、また会うことがあればやってやっても良いかもしれない。
そんな事を考えていれば、直ぐに地面へと足場が降りる。
「〜〜〜〜〜っっっ!!!!もういっかい!もういっかい!!!!」
目一杯両手を伸ばし俺に抱きついて来る姿は可愛らしくも見えたが、跳ね回る頭にぽんと手を置き落ち着かせる。
「後でやってやるから、先に村まで行くぞ。親じゃなくても誰か心配してる奴は居るだろ」
「わかった……」
少し拗ねたのか唇を尖らせ頬を膨らませながらも大人しく手を引かれて着いてくる。
「で、村はどっちだ?」
崖の反対側へ顔を向ければ、そこは一面の森だった。こんな所で1人で星を見てたのだとすれば、やはり村の中ではかなりの騒ぎになっていてもおかしくないだろう。
「こっちだよ!ぼく、みちわかる!」
ついさっきまでのふくれっ面はどこへやら、足場が悪いのも気にせず俺の手を引き走り出す。
木の根はあるし倒木も少なくない。蔦が垂れてるところもあれば、枝や背の高い草で視界が覆われることもしばしば。
そんな場所を何の迷いもなく駆けていけるのはここで日常的に遊んでいて慣れているからなのか、それともまた別の理由があるのか……真相はわからないが、ともかく、思っていたよりも早く開けた場所が見えてきた。
「ここだよ!あっちがソンチョーさんのいえで、あれはぼくのオキニイリのばしょ!」
勢いよく止まったかと思えば、動物避けの柵の外から村の中を案内しだした。
最初の方はそうか、いい場所だなと相槌を打っていたが、「あっちはカイリキおじさんのいえで、こっちは……」と近所の家まで見えてる端から紹介しだした辺りで止めに入る。
「あー、ありがとう、続きは後で聞くから、先に村の入り口まで案内してくれねぇか?」
「わかった!」
色々紹介できたのが嬉しかったのか、心なしかさっきよりも声が弾んでいる。
いつの間にか手も離して随分と先から「こっちだよー!」と手を振っている。
直ぐ側には門らしきものが見える。
「あ、きょうはカイくんだ!」
知り合いだったのか、嬉しそうに駆けていく。
が、そのカイと呼ばれた少年の様子が少しおかしい。
あの距離で名前を呼ばれたにも関わらずこちらをチラリとも見ない。
俺より先に直ぐ側まで駆け寄ったあいつが何か話しかけているのに、返事どころか一瞥すらくれない。無視をしている、という表現はあっていないように感じる。
本当に、そこには何も無くてカイと言う少年には何も聞こえていない。そう言われたほうがしっくりくるほど少年はあいつを見ない。
余りに不気味な光景に面食らうが、立ち止まっていても仕方がないと、返事が無いことを気にもとめない様子で次々と話し続けるあいつのもとへと歩いた。