ぼく、ノア
少し遠くから声が聞こえた。
誰かを呼ぶ声。体も少し揺れている気がする。
「…………ん、……もうあさぁ?」
全然寝た気がしない。体もあちこち痛いし。
でも、まぶた越しに染みてくる光で夜が明けているのは分かる。
うすーく目を開ければ多すぎるくらいに入ってくる光と格闘しながら起き上がる。
しぱしぱと何回か目を瞬かせれば、視界が段々と慣れてきて周りの景色が見えてくる。
いつもの壁が見当たらない。
それどころか、壁のかわりに木が生えている。
「んぅ……??あれ、ここどこ?」
見慣れない場所に戸惑って、何か知っているものはないか目を彷徨わせると、見たことの無い人がいた。
凄く不思議そうに、びっくりしたみたいに、僕を見ているその人は凄く綺麗だった。
肩まであるサラサラの白い髪は上半分を後ろで結んでいて、目は宝石みたいにキラキラの金色で。
絵本に出てくる王子さま見たいな人。
村の人達とは全然違う感じがする不思議な人。
この人なら、って思った。
「おにいさん、だぁれ!?」
思わずぐいって顔を近づけちゃった。
そしたらその人はまたすっごくびっくりした見たいな顔をして返事をしてくれたんだ。
「俺、はルタス」
やっぱり。この人、僕にお返事してくれる!
「ルタスさん!ぼくのトモダチになって!!ぼくね、トモダチがほしいの!だからね、ルタスさんがぼくのトモダチになってよ!いいでしょ??いっしょにトランプしようよ!あとね、シーツもって!!あ、おいかけっこもしたい!!!」
「……………………は?」
嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい!!!!!!
僕のこと見てくれてる、僕の声聞いてくれてる、僕が触ったら反応してくれる!!!!
「ッッおい!!!お前ッ!大丈夫なのかよ!???」
突然、肩を掴まれた。
ルタスさんが凄く怖い顔で僕の目を真っ直ぐと見ている。
「んぇ?なにが???」
何のことだか分からなかった。
「お前、その血、怪我してんだろ!?んな動き回って大丈夫なのかよ!?」
その言葉に、目の前が真っ白になる。
「ッ!!…………………………………………みた?」
どうしよう、また、嫌われちゃう。
「見たって?怪我のことか?まだ見てねぇから心配してんだよ」
「ほんと??」
「本当」
……ッッ!!よかった!アレは見られてないみたい。
「よかったぁ!じゃあルタスさん、トモダチになって!!」
もう1回お願いする。
でも、アレは見てないみたいだけど、ルタスさんは“いいよ”とは言ってくれない。
少しヘコみそうになったとき。
ルタスさんが、“家に来ないか”って言ってくれたんだ。
誰かのお家にお呼ばれするのは初めてで緊張するけど、それ以上に嬉しくて、“行く!”って言った。
そして、それからは凄く長くて凄く短い一日だった。
ルタスさんのお家で出してもらったご飯はどれもとっても美味しくて、おかわりも出してもらっちゃった。
食器を片付けようとしたら座ってなって椅子に戻されて、オビってわんちゃんと遊んで待ってた。
そしたらルタスさんが戻ってきて僕にいっぱい質問してくれた。
僕には分からないことが多くてちゃんと答えられなかったのに、ルタスさんはずっと僕の言葉を聞いてくれたし、僕の村にも行ってみたいって言ってくるた。
崖の上に登る時は“魔法”も見せてくれた。
“魔力”って言うって教えてもらったもやーってしたやつがグッてなって四角い台みたいになったのに乗れば、ぐいーーーんって崖の上まですぐだった!
村に着いたら、ルタスさんは村長と難しい話を始めた。
しばらくの間は難しくってついて行けなくて、村長さんのお家の中を眺めてたけど、急にルタスさんが僕に2つ質問をしてくれた。
1つは、僕は“星霊”なのかって。
これは、僕には分からない。村長たちとおんなじだと思ってたけど、僕は違うのかな?
もう一つは、トーマ達以外に僕のことを見えてる人は居ないのかって。
こっちは、答えられた。
でも、昔僕にお返事してくれてた皆の名前をひとりひとり呼んでいったら、急にお返事してくれなくなった時を思い出して凄く悲しい気持ちになっちゃって気がついたら泣いてた。
ルタスさんがすっっっごく心配してくれて、帰りに魔法を見せてくれたから、すぐ元気になったけどね!
それから、ルタスさんは僕に“名前”をくれた。
「ノア」
ちょっと照れたみたいに、でもすっごく優しい声で呼んでくれた、僕の“名前”。
ずっっっっっっと昔に誰かから別の“名前”で呼ばれていた様な気もするけれど、何て呼ばれていたかも覚えていないし、誰が呼んでくれたのかも覚えてなかったから、僕にとってはこれが、本当の名前。
ルタスさんが名前の意味も教えてくれて、すっごく、すっごくすっごく、すっっっごく気に入っている。
「のあ……」
声に出してみる。
「ノア」
もう1回。
「ぼく、ノア」
くすぐったくてほっぺがゆるゆるになる。
「ぼく、ノア!」
何回でも。
「ぼく、ノアだよ!」
これで、友達に僕の名前も呼んでもらえる。
嬉しくて、くすぐったくて、わくわくして、そわそわして。
ルタスさんが用意してくれた暖かいお布団の中で何回も、何回も自己紹介の練習をしたんだ。