猫舌男の開運簿
■登場人物
〜凸凹コンビ〜
若い女性の鑑定人
『そうですかねぇ。いやぁ喧嘩にもならないや。』
感性と直感に鋭い。よく見ると美人らしい。
記憶力が乏しい。お胸が乏しい。
ある契約で鑑定見習いになった。
低賃金でこき使われている。
婚期を逃したおじさん
『うっそ〜。冗談ですぅ〜。ルックルックこんにちは。』
ハゲに悩んでいる。
昔はイケてたらしい。
昔の事柄において記憶力を発揮する。
髪の毛が乏しい。
結婚相談の依頼で鑑定事務所を訪れる。
L'Oiseau bleu
〜開運なんでも鑑定事務所。貴方のお目開き承ります〜
ママさん(モズ姉さん)
『メジロ君、いつものお願いねぇ。』
ピュアブラックな鑑定事務所のオーナー兼所長。
健康オタク。バツイチ。年齢性別不詳。
弱みを握っては個性豊かな鑑定人と契約している。
若い男性(メジロ君)
『誰がメガネじゃい!本体こちらですので!!ね!!!』
メガネが本体の鑑定人。
趣味はツッコミ。
マスコットキャラ(文鳥さん)
『ぴゃー。ぴゃぴゃ。』
皆んなに愛される招き鳥。
いつも寝ながら笑ってる。
たまに出かけたかと思えば客を連れて来る。
もしもあの女性に会うことができたなら、
僕は迷わず『お茶でもいかがですか?』と声を掛けるだろうか。
―――
「ああ素晴らしい!黒にゃんこさんはあちらです!」
「どこよ!?あんたいい加減すぎるんじゃないかい!?」
「言われたくないなぁ。ほら一緒に、おじさんも追いかけますよ。」
「おじさんって発言はNGだってぇ!」
再び彼女に出会うことが出来なかった僕は、2番目に魅力的な女性とお付き合いを始めた。
「彼が向かう先は決まっています。」
「分かってるけどさぁ。分かりたくないよなぁ。」
そして僕は結婚を控えている。
「いらっしゃいました。」
「いらっしゃいましたかぁ。」
控える予定だったのだ。
この瞬間までは。
―――
「――つまり、『サプライズプロポーズをプレゼントされたい』というご依頼ですねぇ。素晴らしいじゃないですかぁ。彼女さんは幸せものですねぇ。」
「改めて言葉にされると照れますねー。」
昔から褒められるとつい調子付いてしまう。
怪しげなお店の雰囲気に僕は少々気を張って警戒していたが、それも気にならなくなっていた。
『――開運なんでも鑑定事務所。貴方のお目開き承ります。』
よく分からない謳い文句と青い文鳥が並ぶ怪しげなお店。
貴重な休日の朝。まだカフェではモーニングの最中だろうか。僕はこの場所に足を踏み入れた後、もてなしの紅茶が冷めるのを待っている。僕は猫舌なのだ。
この世のあらゆる物を開運に導く仕事を知ってるか?
いつか同僚との世話話にくだらないと言った口が笑える話だ。
「おまかせ下さい。我々はサプライズ案件の実績も十分ございますよぉ。スケジュールのイメージはこちらでしょうかぁ。」
「それは頼もしい限りです。」
プラン料金も思いのほか良心的。談笑が進んだ僕は2杯目のストレートティーを喉に通した。目の前には質の良さそうな白砂糖とミルクが品良く置かれている。だがあいにく僕は蜂蜜派である。心惹かれたが、今回は純粋な紅茶の味をいただくことにした。再び高貴な香りが鼻口を包む。うむ、とても良い紅茶だ。実に良縁とはこのことかな。ひと通りプランが固まってきたところでそろそろお暇させていただくとしよう。
「今日はありがとうございました。紅茶もとても美味しかったです。」
「こちらこそお粗末さまですぅ。メジロ君いつもの持ってきてぇ。」
「お替わりに、頼まれごとをひとつ引き受けて貰えませんかぁ?」
無料の文言は甘い蜜だったわけで。もう正午を回るというのに今からお使いに行かなくてはならないらしい。さて、目的のカフェまでは汗が滲む距離である。若手をとうに過ぎた足腰には少し気が重いのだが、せっかくの休日だ。せめてベッドには安らかな気分で埋まりたいもの。
「それを言っちゃあ、なんとやら。」
したがって僕は『開運巡り』を始めることに決めた。自らの目的があって行動するのであって、決して誰かの足代わりではない。
この■時間後、僕は僕自身の決断に後悔する。見たくもない人生の節目を、この肌身に刻む羽目になるのだから。(続)
ーーー
「どこみてんのよ」
「いえ。素敵なお髪でしたので」
彼女の視線は目元を通り、眉間を抜けたその先に向けられている。まじまじ凝視されてはひと言いたくなるではないか。そこには僕の愛すべきチャームポイントがあった。注目したくなる気持ちも分からなくはないが、人の行手を阻むのはいただけない。さて、両手に持ったお盆には熱々のブラックコーヒーと蜂蜜を乗せてある。湯気がひと筋立ち上がり、2人の間をいっときほど遮った。
――あれから案外早く目的の喫茶店に到着した僕は、優雅な一服を決めようとしていたのだった。あと数歩進めばオアシスが、という折に彼女は現れたのだ。全くもって誰だね君は。コーヒーの香りが飛んでしまうじゃないか。
「お話しは伺っています。初めまして、神山と申します」
「え、あ、はあ。太宰です。どうも初めまして」
どうやら彼女が『例の人物』らしい、と僕は理解した。
右手を差し出されたもののこちらは両手が塞がっている。少しもたついた後、僕は歯切れ悪く短めの挨拶を済ませた。
「では早速ですが。今回のテーマは、『エキセントリック』になります」
「――はい?」
「仕事を進めるプロとしては、この貴重な手足を無駄に動かすわけにはいきません。物語の大枠を決めることは、仕事を最適化する上で欠かせないことでしょう」
「依頼主からいただいた資料からは、真っ赤に焼けた音があちらかしこに弾けていました。繊細なだけれどもただれる様な情熱。それはもう火傷しちゃうくらいに危なっかしく」
禅問答の匙がたった今僕に向けられた。
お分かりだろうか、そう口から漏らす彼女とは依然として目が合わない。ああ、彼女はきっと劇場型なのだ。さあ、間違いなく僕は今かなりの厄介ごとに足を突っ込みかけている訳だ。貴重な休日に素敵な夢枕が机上の空論に変わろうとしている。
「コーヒーと一緒にお話し伺っても?」
よろしければ、と僕は冷めかけのコーヒーに目配せし席へと促した。やはり、投げられた匙を放っておくのはいただけない。自身の紳士理論に基づき、場の力を借りる選択をした。コーヒーは実に偉大である。抽象的な話も丸く噛み砕いてしまえばこっちのものだろう。
「ご注文は?」
「ルシアンを一杯」
常に新しい教養を提供してくる『神山』。
ただのコーヒーでさえも寝耳に水を打ち込んでくる彼女に、僕は頭を悩ませる他なかった。