アースレイまでの道中
魔族の国、アースレイ。
その土地はクロステイルと隣接しており、山や川、海といった敵の進行を防ぐ地形の無い開けた場所にある。
それでもアースレイが六魔王以外のプレイヤー達から国防出来ているのには理由がある。
魔道具に関してだけでいえば他の追随を許さないほどの技術を有しているからだ。
アースレイは多くの不当な扱いをされてきた生産職が集まってできている。
今でこそ他国と交渉を応じられるほどの技術力を有している技術者たちが、当時不当な扱いをされてきた理由については知らない。
噂によれば、その多くが魔族だからだと言われている。
魔族って本当に早熟型と大器晩成型がはっきりとしているからな。
吸血鬼とか植物系とかスライムとか。
掲示板とかでは本当に苦労するし、これで満足にゲームできるかクソ運営って叩かれていたのを今でも覚えている。
しかしそんな魔族だからこそ魔道具の発展及び技術の向上を成し遂げたともいえる。
昔は魔族についての理解が深く無かった時代だからなぁ……。
さて、そんなアースレイなのだけど隣接しているとはいえ、クロステイルからは割と遠い。
馬車で移動するのが普通の距離感であるのだけど……。
おれは妹の服の裾をだらだらと掴んで歩いていた。
「あー、なんかもう疲れた」
体力的には問題なし。
歩くたびに足裏が痛くなるとか、走りすぎて足が棒になっているかのような感覚になっているとかじゃない。
ただ何となく疲れたっていう幻気を感じているのである。
いうなれば好きなゲームとはいえ、何時間もおんなじ作業を賽の河原みたいに延々とやらされているかのような感覚だ。
妹はおれの仮病をばっさりと切り捨てる。
「だらしな」
「そうは言うけどまだ魂と肉体が完全に定着していないんだよ」
確かにハルピュイア戦の時とか胸揉んである程度身体の意識と動かし方を同調させてはいたけど。
まだまだ全力を出し切れていない感というか、力の2%も引き出せていないというか。
体力的には全然問題ないのに相変わらず精神だけが疲れているというか不思議な気分を味わっている。
リーフが疑問の表情を浮かべて指を立てた。
「なんで馬車とか用意しなかったのさ」
「私とあ……ラナちゃんなら行けっかなって」
いや疲れるから。
そんな都道府県跨ぐ程度の距離じゃないから。
そもそも普通の馬車でも軽く数週間はかかる距離だから。
いや、おれたちの歩く速度は一週間くらいかかる道のりを一日で進めるほど速いものだけど。
「じゃあ私のせいってことかな……」
「いや、リーフは悪くない。本当に悪いのはおれの方だよ」
そう言っておれはリーフをフォローする。
リーフが悪いわけではないのは本当の話だから。
ゲームだと飛んでいたのと時間加速、ワープ機能があったので一分くらいで行けたのになぁ……。
おれはそれにしたってと天上でめっちゃ良い笑顔を浮かべる白い丸を憎々し気に見つめる。
「早く落ちてくんねぇかな、あれ」
「うわぁ……吸血鬼らしい発言。私的には肉体より精神が疲れるの方がわけ分からないよ」
「妖怪はあんまり肉体とか傷つけられても平気なんだよ。多少身体の動きとか悪くなるけど。精神的に攻撃されたり、心の底から敗北を認めると妖怪としてはもう消滅と同義なんだよ」
「初めて聞いた。肉体を攻撃されても精神が屈しなければ大丈夫なんて。噓ー」
「嘘だからな」
吸血鬼は妖怪だけどゲームじゃ魔族系列なんだからそんな設定あるわけない。
肉体を殺されたら普通に死ぬわ。
リーフ、フードで隠れて良く見えないけどむくれている気がする。
女の子に変な軽口を叩ける程度には消耗しているんだよ。
妹が胡乱気な目でこちらを見てくる。
「そんな疲れてんなら式神でも出せばいいっしょ。陰陽道」
「あっ……」
なんで考えつかなかったんだろうという表情を晒すおれ。
いや本当に疲れすぎていて考えていなかった。
さっそくと懐から意気揚々と式神を取り出すおれの肩に妹は手を置いてくる。
「……待った、乗れる式神なに持ってる」
「確かに! ラナほどの実力者ならなんの式神を連れているのか気になるかな」
食い気味に反応する妹とリーフ。
妹はともかく、リーフもそんなに気になるのかとおれは二人の質問にひとつづつ指を前に折って答えていく。
「……雷獣とアゲハ蝶、それからカラスと火車猫」
使役して鍛えてはいるけどどうかなぁ……。
アクルみたいに謀反とか起こされたら勝てるかどうか。
擬人の方だから問題ないと思いたい。
妹はひとつ「ふーん」と言葉を漏らして続けてくる。
「とりま呼んでみて」
「そんじゃ、出でよ雷獣っと」
おれは黒き式神を作成して天に掲げた。
雲一つない太陽の独壇場が如き青い空。
しかしなんの脈略も無く空の一部が霧のような赤い雲に覆われていき、突如としてズドン! っと腹に響くほどの黒雷が轟いた。
黒雷から現れ出でるは五メートルを優に超すイタチと竜を合わせたかのような四脚の獣。
弾ける疾雷を纏い雪のように輝く白銀の毛並み。
半面、その表皮はこれでもかと闇の中で生まれたかのような黒一色で染め上げられていた。
溢れんばかりの猛攻を宿す獣は理性を携えた赤い瞳でおれたちを見下ろしてくる。
ほとんど時間差なく現れた雷獣にリーフは震驚の声を上げた。
「きみはつくづく私の常識を砕くね」
「なら今のうちに慣れときなさい。この子はそういうことするから」
「……そうだね、これよりももっと六魔王は」
妹が口だけにやけた状態でこっちを見ている気がする。
やめろ、おれをあんなクズ共と一緒にするな。
我先に乗ろうとする妹を止め、おれは雷獣の頭を撫でながら質問する。
「上に乗せてくれないか? できれば電気の放出とか止めてほしいんだけど」
雷獣の電気には毒が含まれている。
それもなんの力も無い一般人が受けると廃人になるほどの毒が……。
いや普通呼ぶものじゃないな、うん。
明らか襲撃しに行っているような物じゃん。雷獣でとつりに行くとか。
しかしおれの心配は杞憂だったようで、雷獣の逆立った毛が自然と落ちていく。
どうやら電気の放出を止められるようで、もう大丈夫だと訴えるかのように「ゴロォ」と低い唸り声をあげた。
おれはジャンプして雷獣の身体に跨り、リーフと妹もどうかと手を伸ばして誘ってみる。
妹は即決で、リーフは少し膝を笑わせながらも恐る恐るといった様子で雷獣に乗り込んだ。




