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黄泉の巫女  作者: 氷水
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緊急事態

 怪我をしているわけでもないのに、包帯を巻いていると変な気分になる。

 今着ているパジャマも布にしてはなんか透けているし。

 女子ってなんでこんな肌の露出が多い服を好むんだろ。

 そういう特性でも持っていんのかな。

 目のやり場に困る。

 女子は可愛いと思っているんだろうけど、男の目から見るとな。

 うん。

 おれの巫女服も肩露出していて、そこから見える肌が堪らないし。


「バリルさん。少しお時間を取らせてしまってもよろしいでしょうか?


 そうして妹と一緒に城から妹の家に戻ろうとしたら、おれだけテルミに呼び止められた。

 最初に出会ったころの声で。

 今も一瞬、ドキッとした自分を呪ってやりたい。

 ……多分、メイドさんとか人の目があるからやっているだけだろうけど。


「……なにか?」


 テルミは何かを思案しているのか天井を見上げる。

 そしておれの顔をまじまじと見つめ、「いっか」と小さく呟いた


「お休みなさい、バリルさん」


 何を伝えたかったの?

 テルミは女神の面を貼り付けた微笑で佇むだけ。

 これもしや察しろってことなのか?

 割と無茶ぶりが過ぎるぞ、それ。

 おれ、表情から物事を読み解くのできないんだぞ。

 本音で殴り合いが一番手っ取り早いから。


「何話してたの?」

「何も。いっかで終わった」

「……そう」


 なんだかな……。

 女子の会話は良く分からん。

 ……あれ? もしかしておれ、ネグリジェ姿で外歩かなきゃいけないの?

 流石にはずいので妹様に羽織るものを強請ったところ、軽いコートを貸してくれた。

 妹様曰はく、「確かに」とのこと。

 何だろうなぁ。

 今の身長といい、服のサイズといい、帰り道逸れないよう手を繋ぐことになったといい……。

 とことん、兄の威厳が無くなっていくような気がする。


  *  *  *


 妹の家に戻ってきたおれと妹。

 おれは靴を脱ぎ、借りていたコートを返す。

 妹は家のカギを閉め終えると神彩の宝玉に触れた。

 虚空から取り出したのはどうやら鉛筆のようだ。

 数にして約100本。

 妹はおれに向かって言ってくる。


「折らずに字を書けるようになったら物を持つ権利をあげる」

「それ何とか効果だよな? 確か」

「一文字くらい掠めよ。それでセーフだったら判定ゆるゆるってレベルじゃねぇから」


 確かに。

 さて、まずは一本。

 妹が鉛筆を放ってきた。

 鉛筆はおれの指に当たり、跳ね返りもせずにポキッと折れた。

 ……なぁこれ、おれ何にもしてないんだけど。

 おれの指は超高圧水流式のこぎりか何か?


「まずは触れるところからね」

「その時点で難しいんですがそれは」


 妹はジャラジャラと鉛筆の束を机の上にばらまいた。

 あっ、今笑ったぞ妹!

 おれを困らせて楽しいか妹!

 妹は机に向かい合うと、やり残した書類を取り出している。

 ……妹にできることならおれにできない道理はない。


 かくしておれは何本もの鉛筆を両断していく。

 何回やっても触れた時点で折れていくからだ。

 そんなおれの様子を面白がっているのか、時折妹は口角を少し上げて微笑んでいた。 書類を擦る音と何度目の鉛筆が折れる音、それからおれの四苦八苦する声だけが部屋中を支配する。

 時間は刻々と進んでいく。

 星光も届かない夜の帳は、ゆっくりとだけど確実に落ちていった。


 まさかその帳が、今まさに開こうとしていたのに気づかずに。


  *  *  *


 ……目が覚めてしまった。

 床についてから二時間くらいしか経っていないような気がする。

 下手すれば一時間くらい。

 吸血鬼としての特性だろうか。

 小睡眠なのに疲れが完全に取れている上、もう眠気すら感じない。

 昨日の夜も同じだったよなぁと感じつつ、とりあえず布団から抜け出た。

 暗視があるから照明いらず。

 おれは折れた鉛筆をすくいあげ、窓から空を見上げてみる。


「曇っているな」


 異世界に来てからずっと空を見上げているような気がする。

 空は不変でいてくれるからからか。

 違うな。

 同じ空なんてものはない。

 同じように見えてまるで違う。

 同じに見えるのは、本人が変わりたくないと思っているだけだ。

 物思いにふけるおれの手の中では、炭酸が弾けるように鉛筆が狂ったダンスを踊っていた。


 妹のくれた力の抑制ペンダントはちゃんと機能している。

 それでも効果が現れないのは、恐らく内側から溢れ出る濃密な呪力のせいかもしれない。

 よくあるバチバチとしたオーラが周囲を破壊するあれ。

 あれと同じで、呪力が無意識に物を破壊してしまう。

 そうとしか考えられない。

 じゃなきゃ、魔精霊の攻撃を打ち返せるわけがない。

 リーフのように、腕が触れた時点で起爆している。

 異世界で最強格の力を得たおれ、強すぎる力に大変困っている件について。

 ……なんてな。


 ベランダに一歩踏み出たおれは、空を覆う邪魔な雲を【風符】で全て吹き飛ばす。

 狂気に満ちた月明かりは窓の外から入り込み、部屋を銀色で浸食しようとする。


 さてと、それじゃ余った時間で練習を始めるか。

 今のおれに必要なのは、呪力を抑える訓練だからな。

 こういうのは練習あるのみだ。

 まずは内側に意識を向けてみよう。


 月の光を存分に浴びれる位置。

 おれは瞑想の形で座り込もうとしたとき、電話を鳴らす音が聞こえた。

 こんな夜遅くに誰だろうか。

 一応警戒しながらもおれは受話器を取ろうとして……すぐに妹を呼びに行く。

 妹はまだ仕事疲れかぐっすりと就寝中。

 そこを無理やり起こすわけだから罪悪感がある。

 けれどここは心を鬼にして!

 おれはベッドで普通の寝顔を浮かべている妹を揺らす。


「起きろ。おーい、妹さん? 起きて?」

「…………」

「おーい妹さん? なんか鳴ってますよ? おーい……」


 ダメだ。起きる気がしない。

 ……ちょっと心の中で好奇心が疼いた。

 好奇心の赴くままに、おれは妹の耳に口を近づける。

 普段聞いているASMRを意識しながらそっと囁く。


「起きて? お姉ちゃん」

「……なにー、バリルちゃん。……トイレ?」


 妹さんは眠り眼を擦りながらおれを見上げてくる。

 数回瞬き。

 次第にここが現実であると理解したのか、眠そうな目をそのままに妹はおれをジトッと見つめてくる。


「……何やってんの?」

「中々起きないからちょっといたずらで」

「そっ……。……電話? 普通に起こしてくんない? お礼は言っとくけど」


 妹は少し気だるげに身体を起こした。

 寝起きで判断力が鈍っている状態でも、鳴り響く電話に気づけるようだ。

 パジャマのまんま、電話の受話器を耳にあてがった。


「やっと繋がった! サクヤ! 聞こえますかサクヤ!」

「テルミ? 今何時だか分かってんの?」

「分かっているけど大変なの!」


 テルミは切羽詰まっているのか、言い訳はほどほどにして本題を告げた。


「簡潔に伝えます。魔精霊と妖精の群れが出現しました。その数1000匹以上。至急城に集合! これバリルちゃんにも伝えて!」

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