ワンコと、魔力研究馬鹿
馬車に揺られながら、レオの研究施設に向かう。
空腹をまぎらすために、前の席にすわるミハイルの髪をわしゃわしゃ撫でることにした。
わしゃわしゃわしゃ〜……。ああ、癒される〜。しかも良い香りがするわ。なんのシャンプー使ってるのかしら。
「シアちゃんて、本当に僕の髪好きだよね〜」
「ええ、大好きよ!」
「だっ、だいす」
「だって、フワフワで柔らかくて、ワンコみたいなんだもの。お父様が犬嫌いだから飼えないけど、私、動物のなかで一番ワンコが好きなの」
「なら、僕がシアちゃんのペットになって、ずっと一緒にいてあげる〜! わんっわんっ」
「ふふっ、ミハイルは人間なのよ。それに、ずっと一緒にいれるわけないでしょ。貴方にも婚約者がいて、いずれその人と結婚するわけだし……」
「ええ〜! やだ〜!」
「たとえ離れたとしても、貴方とレオとは、ずっとずっと友達よ!」
「と、友達……」
何故かミハイルがしょんぼりする。変な子ね。
ああ、やっと着いたみたい。
巨大で頑丈な塀に囲まれた広大な敷地。ここが幼馴染み、レオンハルトの研究所。私と同い年なのに、魔力研究の第一人者なんて本当にすごい。だけど、研究にしか興味のない変わり者なのよね。研究馬鹿。
門の前には、ベルのかわりに大きな水晶玉が置いてある。これはレオの作った特注アイテムで、魔力判別機能? がついている。
あらかじめ私とミハイルの魔力が記憶されていて、手を翳すと自動で門が開くようになっていた。便利!
中に入ると、黒髪黒目、黒縁メガネをかけた白衣姿のレオが出迎えにきてくれた。
「あっ、レオ! 久しぶり!」
「久しぶりだなシア。……お前、ちょっと太ったか?」
「女性に対しての言い方! 私が現在進行形で気にしてることを……まあ、でも話が早いわ。さっそくだけど、先日ダンジョンで入手したアイテムを使わせてほしいの!」
「解析中だ」
「いいからっ、私の将来がかかってるのよ!」
「将来? ……む、わかった。ついてこい」
「良かったね〜、シアちゃん」
「ええ、ありがとうレオ」
そうね。なんだかんだで幼馴染みの二人は私に優しい。レオも私の大食い体質を軽蔑することは無かったし。私、友達に恵まれて幸せだわ。
「ところで、あのアイテムが、何故お前の将来にかかわるんだ?」
私は三日後の夜会のことを説明した。
もし夜会で失敗するようなことがあれば、お父様が悲しむだけでなく、私の将来も胃袋も平安ではいられないから……ということを力説した。
「ふむ……お前の胃袋のことは置いておいて、」
「そこは置いておかないで! 一食でも抜いたら、倒れてしまうくらい深刻な問題だわ!」
「そうじゃない。胃袋のことを抜きにして、そんなに着飾ることが大事かと問いたいんだ。大事なのは外見ではなく中身だろう。厳密には魔力だ。……シア、お前の魔力は一級品だ。それだけでお前には価値がある。お前は素晴らしい存在だ!」
「あ、りがとう? え、それって褒めてるのよね?」
「無論だ。魔力とは個性だからな」
「僕も! どんな見た目でもシアちゃんは可愛いと思う。好き〜」
「ふふっ、二人とも、さすが私の幼馴染みね」
ミハイルとレオ。二人といると取り繕わなくてもいいから楽だわ。私も二人のことが大好きよ。ただレオの価値観のすべてが「魔力」に集約する点だけは理解できないけれど。
「この部屋だ。貴重な実験道具があるから、無闇やたらに触れたりするなよ」
「わかったわ!」
白い手袋をつけたレオが、慎重な手つきで正方形の小さな箱を持ってきて机の上に置いた。
そういえばダンジョンで見つけたアイテムって、初めて見るわね。ダンジョンのなかには魔物がいて、倒したあとに皮や牙を持ち帰って換金するのが一般的。だからアイテムを見つけるのは、すごく珍しいこと。
「これが、体脂肪を魔力に変換するアイテムだ」
レオが、ぱかりと蓋を開ける。
覗くとそこには、女性ものの可愛らしい王冠が入っていた。小ぶりで青い宝石が嵌めてある。
「これは、どうやって使うの?」
「単純だ。頭に装着して魔法を使うだけだ」
「もしかしてレオ、試したの?」
「無論だ。実験は大切だからな」
「…………」
「…………」
私はミハイルと顔を見合わせたあと、堪えきれず吹き出した。
「レオが、ティアラを……、ぷっ、くくっ、あははは!」
「あはははっ、レオ可愛い〜!」
レオが仏頂面で赤面している。耳まで真っ赤だわ。
笑っちゃ駄目だと分かっているのに、ティアラを頭につけたレオを想像したらおかしくて……。ああ、お腹が痛いわ。
「笑うな! あくまで研究の為にしたんだからな。それより見ろ! これが成果だ!」
勢いよく白衣の前をはだけたレオが、中に着ていたシャツを捲りあげる。あら……
「レオ、研究ばかりしてるのに、すごい腹筋ね」
「健全な研究のためには健全な肉体が必要だからな。ではなく、注目すべきは俺のウエストだ」
レオが穿いていたズボンのウエスト部分をつまむ。
「俺の体型は基本変わらん。しかし、このアイテムを装着して魔法を使ったところ、どうやら本当に体脂肪が減ったらしい。ズボンが緩くなってしまった」
「すごいわ! これなら確実に楽して痩せられるわね! それじゃあ、さっそく試してみましょう!」
「待て。実験のためには環境に配慮する必要がある。地下に行くぞ」
私たちは地下室に行くことにした。