有馬記念本番2
今日は朝日杯フューチュリティステークスですね。
私の本命はドルチェモア君です。
い、痛ってぇぇぇぇぇぇ!!
ちくしょう!スタート直前でどいつか立ち上がりやがったな!?スタートタイミングがずれてゲートに顔面思いっくそぶつけちまった。出血は・・・今んとこ無しか。歯も・・・無事。ぶつけたとこが後々腫れるかもしれんが、そんなことはどうでもいい!
「くっ!追えフクオ!」
わかってらぁ!俺の体のことは後回しだ!幸い、これは中山小回り2500m。俺が出遅れた時点でレースは速くてもミドルよりのスローになるのはほぼ確定した。馬群に追い付くのは問題ないだろう。
2500mあれば逆転の目はまだゼロじゃない!小数点以下の目だがな!このままなんの見せ場も無く終わりになんてさせてたまるか!
***
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
「あ、あら?⑮番ってヴェンデッタちゃんよね?なんでゲートから出なかったの?」
「何遊んでるの!早く追いかけなさい!」
「いや、楓。あれは別に遊んでる訳じゃないぞ」
馬主席では水嶋一家が出遅れたヴェンデッタを見て動揺していた。パッと見、娘へ冷静なツッコミをした父、穂高だったが、内心では予想外の出来事に一瞬頭が真っ白になった。その直後の娘の発言に思わずツッコミをいれたが、未だ脳内は混乱の極地にあった。
(で、出遅れ?ヴェンデッタが?ことスタートにかけては歴代のどの名馬にも優ると笠原先生から太鼓判を押されたヴェンデッタが?
勿論ヴェンデッタも出遅れしたことがない訳じゃない。京都2歳ステークスのときも出遅れはしている。だが、よりにもよってこのグランプリの舞台でスタートを失敗するなんて。
いや、寧ろだからこそ起こったのか?)
「貴方」
と、混乱しつつ自問自答していたら妻の美恵が話しかけてきた。
「・・・ん?あぁ、どうした?」
「これってヴェンデッタちゃん大ピンチってことですか?」
「・・・そうだな。ピンチ、大ピンチだ。普段先頭を走るヴェンデッタが最後方からとなると、一般的にはほぼ負けみたいなものだ。
特に今回は日本最高峰のレース有馬記念、ここから追い上げて勝つなんてことがあれば、怪物だよ」
美恵の質問により冷静になった穂高はそう答える。
「そう・・・ヴェンデッタちゃんは怪物なの?」
「怪物だろうと普通の馬だろうとヴェンデッタが私たちの大切な馬であることは変わらないよ」
「そう、そうですよね」
「でも願わくば、一発逆転を願っている自分もいるんだ」
「それは仕方ないわ。ヴェンデッタちゃんはこれまでたくさん貴方の夢を叶えてくれたんですもの。今回もと考えるのは当然だわ」
自分の身勝手な願いを窘めるでもなく、同意してくれる理解のある妻に内心感謝しながら、目の前を走り抜け第1コーナーを最後方で曲がっていくヴェンデッタを穂高は見送った。
***
『15万の大観衆からどよめき!波乱の幕開けとなりました今年の有馬記念!
しかし先はまだ長い、これはグランプリ。2500m小回り中山コースです。先行したのは②番ユーコン、赤井 悠成が行きます。二番手についているのが⑤番アクアメアリーその外から⑨番ラヴズフォーチュン、⑪番ホープシーク2頭のオークス馬が並走。
その後ろ牝馬を見ながら⑬番カノンディバティと⑭番エリアントスが外外を回ってオレンジの帽子2頭。最内には白い帽子、小さな身体の①番クインレンゲ。最軽量グランプリ制覇を狙います。
丁度中団に中山巧者⑫番リゾルート、④番マインドタッチ池子、頼れる男です。外には⑩番グランギニョル、その後ろに今年のダービー馬⑥番ドミナートル、⑧番ダンシングウィナー、クレール・ルメートルは何処で仕掛けるのか?
そこから2馬身差⑦番フトウフクツ、③番ユメウタ天皇賞(秋)の鬼脚を発揮できるか?
そしてなんといっても注目は、凱旋門賞馬、これがラストラン一番人気⑯番ロードケラウノスは後ろから2頭目谷 新手綱をガッチリ押さえて。一番後ろから出遅れた⑮番ヴェンデッタ、鞍上横川 崇はここからどう巻き返していくのか。
さぁまずは 1周目のスタンド前です。②番ユーコン菊花賞馬先頭。二番手に⑨番ラヴズフォーチュン、⑪番ホープシーク新旧オークス馬。四番手に⑬番カノンディバティ名手福田 洋一です。内に⑤番アクアメモリー短期免許最終日アーノルド・テイラー。⑭番エリアントス、①クインレンゲ最内を進みます。
1000m通過63秒7といったところ。かなりゆったりとした流れになっております。今年の有馬記念です。
***
予想通り大分遅い流れになったのか、出遅れのロスは1周目の直線までに化け物の後ろに追い付くくらいには挽回できた。相応のスタミナを消費したが、まだまだ脚は残っている。
顔の痛みは忘れた。そう思い込むことにした。ははは、後がこえー。
さて、追い付いたら次は仕掛けどころか。府中と違って中山の直線は310mしかない。その為、府中のときよりももっと早い段階でレースが動くはず。俺が動くとしたらその前だ。他と一緒に動き出しても勝つ見込みはない。
となれば残り1000mくらいから動き出す感じか?でも俺がこう考えるってことは
「フクオ」
はいはい。
「行くぞ」
ですよねー!知ってた!俺の鞍上はいつかの京都で2歳馬に800mスパートさせる男だもんな。ぶっちゃけ崇としても苦肉の策なんだろう。元々のプランが残り500mどころかレース開始1秒で壊滅しているわけで。
後でちゃんと謝るから、頼むぞ相棒。どうか俺を導いてくれ!
崇の合図を受けて最後尾から押し上げにかかる。いつも追われる立場だから他の馬を抜いていくのは不思議な気持ちだ。この行動で他の相手が慌ててくれれば御の字だが、流石に向こうも俺らが博打に出たと理解しているんだろう。平然と見送りやがって。こっちの不利は変わらずか。
ん?なんか歓声が大きくなったが何があった?あれ、後ろからなんか見たくないものが・・・
***
『さぁ、各馬が2コーナーに入ってきました。先頭は②番ユーコン一馬身のリード、⑨番ラヴズフォーチュン、⑪番ホープシーク。その後ろからは⑬番カノンディバティが続く。⑭番エリアントス少々かかり気味か?⑤番アクアメアリー少し下げました。その後ろ①番クインレンゲ。
④番マインドタッチ、⑫番リゾルート、少し順位を押し上げて悲願のGⅠへ⑧番ダンシングウィナー、⑩番グランギニョル。ここにいた今年のダービー馬⑥番ドミナートル。
そして行った行った行った!⑮番ヴェンデッタ、横川 崇の左鞭が一発、二発入って行った行った。⑮番ヴェンデッタ上がっていった!
しかしその後ろから⑮番ヴェンデッタを追うようにもう一頭上がっていく!⑯番ロードケラウノスだ!かかったのか!?それとも作戦通りか谷 新!?外目から上位人気馬二頭がレースを動かす!
⑯番ロードケラウノスが⑮番ヴェンデッタを交わして先団に取り付こうとしている。各馬一気にペースが上がる。⑮番ヴェンデッタが追いすがる!
前を行くケラウノス!追うヴェンデッタ!いったいどうなるんだ!今年の有馬記念!?』
***
『最悪だ!』と⑯番ロードケラウノスに鞍上谷 新は内心毒づいた。
ヴェンデッタがあの状況から巻き返すなら手段は限られている。そして予想通りのロングスパート。それを見送った後、異変が起きた。突如ハミがかかり、ペースをあげるケラウノス。いや、理由ははっきりしている。前を走るあの馬だ。自身の真横から押し上げていった標的を見て掛かってしまったのだろう。
抑えようにもがっちりハミを噛んだ状態で前向きになっているケラウノスを無理に抑えるのは下策に感じる。そもそもケラウノスにとって2500mはギリギリの距離だ。折り合いを欠いて尚、余裕が残っているとは思えない。
とはいえ、このまま行かせてケラウノスが最後まで持つはずもない。しかもここは中山。最後の坂もある。
期せずしてだろうが、結果的にヴェンデッタにとって有利な展開になりかかっている。ケラウノスが動いたことで、ヴェンデッタを見送った他の馬も動き出した。全体のペースも上がるだろう。
そうなればこのレース、ヴェンデッタの出遅れによってほぼ確定していた瞬発力勝負からスタミナ勝負の消耗戦となるだろう。
(こんなことならいつも通り逃げてくれた方が万倍楽だったわ!)
谷 新は怨嗟の声を心の中で叫び、ここから非常に難しい騎乗を求められるのであった。
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『さぁ3コーナーカーブ。先頭は②番ユーコンだが馬群が固まっていく!そして外からは⑯番ロードケラウノスが早くも先頭に立つ勢いだ。⑨番ラヴズフォーチュン、⑬番カノンディバティ早めに行った!
ロードケラウノスに引っ張られるように、⑧番ダンシングウィナー、⑥番ドミナートル、⑦番フトウフクツと後方勢も押し上げてくる。600のハロン棒を通過。
ここで早くもロードケラウノスピンクの帽子が先頭だ!その後ろにヴェンデッタ。ラヴズフォーチュン、カノンディバティ追走!ロードケラウノス堂々先頭!ドミナートルは外に持ち出している!ダンシングウィナーも来ているぞ!
残り400mを切りました!先頭世界王者ロードケラウノス、ヴェンデッタが追う!ダンシングウィナーが3番手に上がってきている!最内ラヴズフォーチュン粘っている!ドミナートル!ドミナートル!ラスト200!外の方からはフトウフクツもやってきている!
ロードケラウノス先頭!しかしジワジワ外からヴェンデッタ!もう一度内からダンシング!ダンシング来ている!
しかしケラウノスとヴェンデッタ!ピンクの帽子2頭!並んだまま!並んだままゴールイン!
世界王者か!日本総大将か!グランプリ三連覇か、秋古馬三冠か!?
2年に及ぶ2頭の戦い、その最終決戦の行方は写真判定となります。
解説は東方スポーツの武藤 康宏さんです。ものすごいレースでしたね』
『すごいレースでしたね。出遅れた時点でヴェンデッタはもう駄目だと思ったんですが、横川 崇騎手が巧く乗りましたね。
ロードケラウノスがヴェンデッタを追いかけたことによって全体のペースが乱れ、息を入れられなかった馬が多く、最後の直線で伸びきれなかったというラッキーもありましたが、誰よりもタフなレースを繰り広げた2頭には頭が下がります』
『ありがとうございます。1着、2着写真判定です。確定までお手持ちの勝馬投票券はお捨てにならないようお願いします』
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「なんであの子はこんなギリギリのレースばっかりなのよ。応援するこっちの身にもなりなさいよ・・・」
「いや、姉さん。一番大変なのはヴェンデッタだからね?」
馬主席では応援に力が入りすぎ、疲れたように椅子に座る楓に冷静にツッコミを入れる弟の雄大の姿があった。
「ヴェンデッタちゃん凄かったですねぇ。貴方の馬は十分怪物でしたよ」
「怪物か。自分で言っといてなんだが、もっと別の呼ばれ方の方がいいかな」
「そうよ!何よ怪物って。あの子は氷砂糖好きなうちの末っ子よ!」
「でもそう言われてもしょうがないくらいヴェンデッタは頑張っているよ。だって現役馬の重賞勝利数第2位だもん」
「言われてみればそうだな」
ちなみに現役最多重賞勝利馬は勿論ロードケラウノスで8勝(海外重賞含む)だ。
「水嶋さん」
「稲本さん」
と、家族と話していたらロードケラウノス馬主、稲本 匡がやってきた。
「願わくば辛勝ではなく完勝で有終の美といきたかったですが、やはり最後までケラウノスの壁となったのはヴェンデッタでしたね」
ナチュラルに己が勝ったと煽ってくるこの人をひっぱたいても許されるんじゃないかと本気で考えた穂高だったが、流石に理性が勝った。
「こちらとしても現役最強を写真判定ではない、はっきりとした勝利で示した上でそちらの引退を見送りたかったですね」
「ははは」
「ふふふ」
「またやってるわ」
「先にヴェンデッタのところに行かない?」
「流石にお父さんを置いてきぼりには出来ないわ。貴方、ヴェンデッタちゃんとこに行きますよ」
「あぁ、すまない。それでは稲本さん。また」
「えぇ。失礼しました」
そう挨拶を交わし、自身の同行者と共に移動を始める稲本を見送った上で水嶋一家もヴェンデッタのもとへと向かっていった。
***
「大丈夫かフクオ!少し顔が腫れているか?」
「スタート直前でゲートに顔面をぶつけまして。あの状態からよくぞ伸びてくれました。フクオには本当に感謝ですよ」
痛ててて。兄ちゃん触んないで!ゴール後一気に痛みが強くなったわ。それでどうだ?勝てたんか?
「崇、よくやってくれた」
「いえ先生。スタートうまく出せずすいません。フクオにはかなり無理をさせてしまいました」
「それはしょうがねぇや。正直、出遅れた瞬間は頭の中真っ白になったが、そこからあそこまで持ってきたことはこっちが礼を言いたいくらいだ」
そこらへんはマジですまなかった。気が急いていたことや緊張でゲートに体当たりしてしまったが、崇も焦っただろう。俺のことは気にするな。疲労感は半端ないが、骨も無事だ。多分。
そうこうしていたら装備が外され崇は後検量に、俺は結果が出るまで歩いて待つことになった。ロードケラウノスと一緒に。滅茶苦茶怖いんですけど。こいつなんでこんな俺を睨むんだ?
助けてパイセン。あなたのなんも考えてなさそうなクリクリお目目が恋しいわ。
む!?この歓声、結果が出たのか!?ど、どうなった!結果は、結果は―――
結果を焦らしてみる悪巧み。これっきりなので許してください。
本日18時に次話投稿予定です。




